召喚士されし者 100・それぞれの物語
戻ってきたぜ!待たせたな!・・・いや、待たせたのか?誰か待っていたのか?ん?幻覚かな?
はい、と言う訳ではえんたです。
この1週間体調の野郎が下降しっぱしで参りました。どうもこの時期は体がヘタってしょうがないです(泣)
今回の話は後で書き直すかも?
的な、うん、まぁ、納得言ってるようなないような・・・・いや、まぁ、投稿した時点でまぁ、いっかな?とは思っているですけどね?うん。
今回はユミス、ロイド、第三者さん視点でおおくりいたします。
では。
「ここが・・・」
警備隊に連れられたその場所は、竜の谷付近に位置する峡谷の一つだった。
「はい、ユミス師範。足跡はここで途切れております。もし、この峡谷に落ちたとすれば、まず助からないかと・・・残念ですが。」
警備隊の男は眉を下げる。
「普通ならね・・・。」
そう、普通ならまず助からない高さだ。
だが、落ちたと思われる彼女は普通では無い。普通なんて言葉を鼻で笑ってしまうような人なのだ。
峡谷の正確な深さは分からないが、恐らく数百メートルはあるだろう。その上、峡谷の底を流れる濁流は激しく、無事に着水出来たとしても溺れるのが関の山だ。
だから、ほぼ助からない筈なのだ。
普通、ならば。
「どう、なさいますか?仮にもこの街を救ってくれた恩人。責めてご遺体だけでも捜索を━━━」
「入らないよ。きっと生きてるから。」
「は?い、いえ、それは」
「それに、そう言うのはあの子の仕事だから。私達は私達がやらなきゃいけない事をやるよ。警備隊の━━━何だっけ?」
「はっ!警備隊第3隊ビギン・タタールです!ユミス師範!」
そのビギンの言葉に、私はまだ慣れないでいる。思わず返事を躊躇ってしまう程に。
でも、そうも言って入られない。
「ビギン・タタール!直ぐに生存者の捜索を再開して、いや、しなさい!まだ、スタンピードの呼び掛けに応えたギルドメンバーの大半が死体すら発見されていないのだから、最後まで望みを捨てずに探しなさい!一人でも多く助けるのよ!」
今はお飾りでもいい。
街の為には拳竜を動かす名前が、拳竜の持つ力が必要なのだ。
でもいつかは、本当の意味でそう呼ばれるように成りたいと思う。
せめて、次ユーキに会えるその時までに。
「━━━よし!いくわよ!」
「はい!!」
◇━◇
ユーキが俺達の前から消えて一週間がたった。
街はまだ終わりのない喧騒に包まれていてどいつもこいつも辛気臭い顔で通りを行き交っている。
そして、その中に、やはりアイツの顔は無かった。
「━━━ロイド、いましたか?」
不意に足元から声が掛けられた。
視線を落として見れば、包帯でぐるんぐるん巻きにされたラーゴがいた。
「いねぇなー。どこほっつき歩いてんだかなぁ。」
屋根の上に寝そべり、空を見上げる。
今日もアホみたいに青空だ。
けれど、やっぱりアイツの姿は無い。
「空にはいましたか?」
「いないみたいだなぁ。」
「ユーキさんなら、突拍子もなく現れそうですけどね。空からでも地面からでも。」
「かもな。」
俺は空に浮かぶ雲を眺めながら、あの男の言葉を思い出した。
「なぁ、ラーゴ。」
「ん?」
「俺な、英雄らしぞ?」
「・・・何それ?」
「さぁな。でも、そうなんだとよ。俺はそうは思わねんだけどな。」
「そっか。そうなのかもしれないね。」
「俺、ずっとそう言うもんに憧れてたけどよ。なんか違うんだよな。言われてから、ずっと、なんか違うってよ。」
あの時、確かにあの男は言った。
俺に向かって、英雄だと。
けれど、例えあいつがそう認めたとしても、俺はそうは思わなかった、と言うより思えなかった。
「本当の英雄なら。きっと、おちび一人に任せたりしなかったんじゃねぇかなってよ。そう、思うんだよな。」
背負わせたのだ。
結果はどうあれ、幼い子供に。
おちびは規格外に強いし、はっきり言って化物だ。
だが、子供だ。
本当なら守られるべき子供なのだ。
少なくとも、おちびと同い年であった頃。
俺はこんな大きな事を任された事は無かった。
「力がどうとか、じゃなくて。俺はやっぱり、あの時━━━」
「ロイドは間違ってないと思うよ。」
俺の言葉を遮ってラーゴが声を掛けてきた。
「あの時は、それ以外打つ手が無かった。僕なんて屋敷で匿われてたんだよ?最前線で闘ってたロイドが気に病むことないよ。」
そうなんだろう。
それは、そう、間違ってはいなかった。
「でもな、それでも、俺はそう言う大人に成りたく無かったんだよ。おちびは、ほっとくと何処までもいっちまう。あいつ自身も気づかないくらい無理しながら、なんでも無いような顔してよ。」
だから、助けが必要だった筈なんだ。
それは些細な助力だったかも知れないが、それでも必要だった筈だ。
「初めて会った頃は、そんな事欠片も思わなかったぜ?俺、あいつほっぽって逃げたもんな。でも、今はよ、今は違うんだ。」
せめて、あいつの側で、あいつの行く先を見ていたかった━━━━、あ。
「成る程な・・・・シェイリアが言ってたのは、これか。ははっ。たく、側にいるのも大変だ。」
いつか、あいつの起こす珍事に巻き込まれて死ぬと思っていた。
だが実際はどうだ?そうなる前にあっさりと振るい落とされてしまっているじゃないか。
「英雄・・・・・ねぇ。」
必要なのかも知れないな。
ただ、側にいる為にも。
「頑張らにゃ━━━」
「ロイドっーーーー!!!!!」
「きゅおーーー!!」
出し掛けた言葉が、女の声と甲高い鳴き声に遮られた。
結構いいタイミングに、僅かにイラッとしてしまう。
「・・・・・なんだよ、シェイリア。」
声主に向かって不躾な言葉を掛ける。
シェイリアは肩に毛玉を装着した状態で、いつの間にかラーゴの側に来ていた。俺の不躾さに対して気に止める様子もなく、大きく口を開いた。
「いつまでそんな所にいるんですか!行きますよ!!」
「何処に?」
「復興作業の手伝いですよ!早く!!」
「きゅおー!」
驚いた。
シェイリアは俺と同じようにおちびを探しているのだとばかり思っていたのだ。
「おま、おちびは良いのか?」
「ユーキ様は任せると、そう言ったんですよ!聞いて無かったんですか!?」
「はぁ!?・・・・いや、まぁ、それは聞いたな。でもそれが?」
「私は、ユーキ様に任されたんです。留守を、です!何処へ何をしに行ったのかは知りませんが、その内帰って来ます。ほら、ユーキ様はそう言う人じゃないですか!嫌な事は死んでもやりませんし、お腹が減ったら帰って来ますよ!死ぬなんてもっての他です!普段は抜けてる所もありますけど、ちゃっかりしてますから。いきなり帰ってきて、その汚い顎髭、今度こそ悪戯で剃られるかもしれませよ!!」
「いや、犬とか猫じゃねんだからよ。シェイリ・・・ふぉっぷ!?」
言いたいことを言い切ったシェイリアは、俺のいる屋根の所まであっというまに駆け上がってきた。
そして、俺の話を録に聞かず、首根っこを持って飛んだ。
言い様のない浮遊感が俺の股下を過る。
思わず「ヒュェ」と変な声をあげてしまった。シェイリアの肩にしがみついていたであろう毛玉も「きゅぉっ」と悲鳴のような声をあげる。
当然と言えば当然なのだが、体勢を整えられなかった俺を待っていたのは尻に走る悶絶物の衝撃だった。
「こふっぉっ!!?」
「ひぇっ!!」
俺の断末魔とラーゴの情けない声があがる。
傍目から見ても相当痛そうに見えたのだろう。そのとおり、死ぬほど痛い。
だが、シェイリアはそんな痛みに悶絶する俺に構う事なく次の言葉を発する。
「行きますよ!!」
「きゅおっ!」
「ま、まてぇっ!」
ガガガガガガガ。
首根っこを掴まれ俺は、駆け出すシェイリアに引きずられていく。石畳が一切の遠慮なく、俺の尻に言い知れぬダメージを与えてくる。もはや発狂するレベルである。
「ちょっ、お、おふぅっ!?しぇ、シェイリアさん!?」
「帰って来ます。」
制止を求めようとした俺の言葉に、シェイリアはポツリと返事をした。引きずられている俺には表情は伺い知れないが、声は少しだけ震えている気がした。
「まだ、たくさん言いたい事があるです。まだ、たくさんしてあげたい事があるんです。」
「お、おう。そ、そうだな!うん、ちょ」
「それに、まだ、━━━━━さよならは言われてません!!」
ガガガガガガガ。
引きずられていく音だけが響き、音もなく尻が悲鳴をあげる。
「そう、だな━━━━。ああ。」
「わかったなら行きますよ!ロイド!」
そうだな。
取り合えずは、やれる事からやっていくか。
難しい事考えるのは後にして━━━
「━━━━いや、でもな?そろそろ尻が限界だからな!?お前、引きずるのは止めろぉぉーー!!」
「きゅおおーーーー!」
「きゅおおーー!じゃねぇっ!!」
◇━◇
アスラ国の王都[シュランド]。
アスラ国中央に位置しており、政治、経済、文化の中心地であるこの地は、人工50万を越える近隣諸国内でも最大規模の都市である。また、国教である[アース教]の聖域の一つ[ウェルナード大聖堂]を有しており、巡礼地としても多くの者に認知されている。
また、建国以来の歴史を持つこの都市は、歴史的な建築物が数多く在る。中でも、黒耀の王城[ガレンエテネル宮殿]、四大精霊を模した四塔からなる学舎の祖[ウェリデクラーワ校舎]、歴史上最も血が流れたとされる黄土の外壁に囲まれた[サングイス闘技場]などが有名である。
先に述べた建築物以外でも、名だたる物が幾つもあるのだが今回は割愛しよう。
そんな王都シュランドに、近年稀に見る数の人々が集まっていた。
王城から都市正門まで伸びたメインストリートは、道中央に開かれた馬車3台分のスペースを残し、犇めきあう人々と熱気で溢れかえっており、大通りに接する路地は詰め込まれたように建てられた屋台と、それを求め行き交う人々で混雑しきっていた。
元々歴史的価値の高い街並みは観光名所としても人気のある王都。故に人で賑わう事は可笑しくは無い。だが、これ程までに盛況な様子は特別な理由が無ければ起きるものでは無い。
この日王都に集まった人々の殆どがとある理由からこの地やって来ていた。それは、長らく離宮にて病床に伏していた王女ルミリアの快気を祝う凱旋パレードが目的であった。
賑わう人々の声を遮るように歓声が響いた。
声をあげたのは正門付近にいた者達だ。
馬車三台分開かれた通りの真ん中に現れたのは、白銀の鎧に包まれた騎士達と一台の馬車だった。
馬車は丁寧に漆塗りされた高級感溢れる黒耀に染められ、磨きこまれた黄金の装飾が太陽のように輝き、馬車を引く二頭の馬は毛並みの美しい精強な白馬だった。
儀礼剣を掲げる騎士達に人々の歓声があがる。
そして、その騎士達に前後を守られた馬車が目の前を通る時、歓声はより一層大きな物へと成る。
「姫様!」
誰かが、そう声をあげる。
それに釣られてか、そこらかしこから「姫」と「姫様」と声があがる。
鳴り止まぬ歓声の中、馬車は大通りをゆっくりと進んだ。集まった民衆にその存在を見せつけるかのように。
そうしてゆっくりと進んだ結果、王城に着く頃にはすっかり太陽が登りきってしまっていた。
王城前の広場に辿り着いた馬車を出迎えたのは大通りと同様、いや、それ以上の人々。歓声もさる事ながら、その場に集まった熱気はそれまで以上の物があった。
それもその筈。
この場に集まった人々は、馬車の人物がここに戻る事を誰よりも待ち望んだ者達なのだから。
大歓声とも呼ぶべき人々の声に応えるよう、馬車の扉がゆっくりと開いた。
そこから従者の男が一人、颯爽と降りてくる。
険しい顔つきの男は一度辺りを見渡すと、片膝をつき頭を下げた。
人々は次の光景に向けて息を飲む。
カツン。
硬質な音が響き、馬車の中から一人の少女が現れた。
少女の肌は絹のように白く艶やかで、僅かに憐憫の色を含ませた色香漂う瞳は翡翠の様に美しい緑に染まっている。
そして豪華でありながらも派手になりすぎない純白のドレスが、少女の繊細さをより際だ出せており、十にも満たない少女とは思えない危うい美しさがそこにあった。
少女は毛先だけが血のように真っ赤に染まったプラチナブロンドの髪を揺らし、ゆっくりと馬車に備え付けられた階段を降りていく。
だが歓声は上がらなかった。
その光景を待ち望んでいた者達すら、掛けられる言葉が無かった。
それほど迄に、その光景は侵しがたい神聖さを醸し出していたのだ。天上より遣わされた天使では無いのか、数多の人が心の中で呟いてしまうほどに。
声すら上げぬ民衆を前に従者が一瞥し、大きく口を開く。
「王女殿下の御前である、頭が高い!!」
その声に弾けるように動き出す人々。
貴族らしき者達は一瞬はっとした顔をしたが、何事も無かったかのように恭しく頭を垂れる。対して騎士や民衆達はとっさの事に慌てふためきながらバラバラと頭を垂れていった。
数多の頭が垂れ下がるその中、従者である男を連れだって歩く少女の姿は実に堂々とした物であり、少女がただの少女でない事を何よりも物語っていた。
少女の後ろ姿が王城へと消えていくと、人々の張りつめていた緊張の糸が切れ大きな溜息が溢れていく。
殆どの者がその堂々たる背中に王国の明るい未来を見たが、一部の者はそうでは無かった。
ジョルジオ・バドラクト候爵。
王女ルミリアとは数える程度の交流しか無かったが、心から彼女を傾倒している人物の一人だ。
元々は、ルミリアの母親である王妃に熱をあげていたのだが、ある出来事が切っ掛けに、自分の子供より幼いルミリアに婚約を迫る程入れ込むようになった。真性のロリコン侯爵である。
そんな王女ルミリアに入れ込んでいたジョルジオだったが、今日の少女の姿には疑問を覚えていた。
少女の消え去った城門を眺めながらジョルジオは考察する。だが、その考察は一行に終わることはなかった。疑問は違和感となり、違和感は不信感へと繋がっていった。
最後に口から出た結論とも呼ぶべき答えは、自分の見たものを否定してしまう言葉だった。
「━━━━━あれは、誰だ?」
ジョルジオが一つの答えを出した頃。
城内のとある部屋の一室で、二つの影がベッドの上にあった。一つは息を切らしながらベッドに腰掛け、もう一つはか細い呼吸音を漏らしながら横たわる。暗闇が支配するそこは熱気が充満しており、ベッドへ腰掛けていた影はタオルへと手を伸ばした。
「陛下。」
突然、余りにも場違いとも言える平坦な声がその部屋に響いた。
すると荘厳なベッドに腰掛けていた影の一つが、汗を拭っていた手を止め緩慢な動きと共に声に振り返る。陛下と呼ばれたその影は、鍛え抜かれた大柄な体をした獣のような男だった。
男は獅子の如き獰猛さが宿る顔に笑みを浮かべ、自らに声を掛けた老齢の紳士然とした男を見つめる。
陛下と呼ばれた男にとって、そこにその男がいる事は然して珍しくもない事である為、何事もなく側に放り投げてあった煙管に手を伸ばした。
「きたか。」
「はい。ルミリア様が御登城なさいました。御仕度下さいませ。」
「ルミリア、か。待たせておけ。直ぐに行く。」
「左様で、御座いますか。」
陛下と呼ばれた男の言葉に、紳士然とした男が顔をしかめる。その表情に陛下と呼ばれた男は嬉しそうに口元を吊り上げた。
「なんだ、言いたい事があれば言うが良い。許す。」
「では、一言だけお許しを。漸くお帰りになられた御息女を放って、この惨状とは些か頭痛がします。もう少しお控えになられては如何ですか、この色情魔のエロ陛下━━━━と、失礼致しました。少々言葉が過ぎました。」
「はっはっはっ!構わん、事実だからな。それよりお前も使ってみんか?中々悪くない。ちと華奢過ぎるでもないがな」
「いいえ、結構で御座います。私は亡き妻に操を立てておりますので。」
「堅い男だ。つまらん生き方をしてると直ぐに老いぼれるぞ、ヘイトス。いや?もう十分爺だったな!はははっ!!」
そう言って笑うと、男は煙管に刻み煙草を詰め火を点した。
噎せ返る汗の臭いに包まれた部屋の中、静かに紫煙が立ち上ぼる。
「陛下。今日はその辺りでお止めになった方が宜しいかと。」
諌めるようにヘイトスと呼ばれた男が言う。
「なんだ?情でも湧いたか?それとも気が変わったか?」
「そうでは有りません。これ以上は"ソレ"が耐えられません。仮にも子爵令嬢だった御方です。輿入れからそうも経たない内にお亡くなりなるのは、問題でしょう。」
ヘイトスの言う通り、男の側にあるソレは人と呼ぶには憚られる状態だった。男はヘイトスの言葉に少し考える素振りをした後、ピクリともしないソレから視線を煙管に向けベッドから降りた。
「よい御判断で。陛下。」
「式典が終わり次第戻る。代わりを用意しておけ」
「今日は随分と昂っておられますな。」
「まぁな。ルミリアの名を聞くとあれの事を思い出して、どうしてもたぎってな。戦争でもあれば気も紛れるが、そうそう無いからな。巨人族の馬鹿共が撤退なんぞしなければ、こんなに退屈しなかったろうに・・・まったく使えん奴等だ」
「お戯れを、陛下。しかし、あの件も妙な決着をしたものですな。巨人達は何に躓いたのか・・・白馬でないとすれば、あの辺境に大した戦力はなかったように思いますが」
「何でも構わん。大方、昼寝をしていた竜の逆鱗にでも触れたのだろうさ━━━━ヘイトス、ルミリアに変わりはないか?」
煙管を吹かしながら男が尋ねると、ヘイトスは目を細め懐かしげに「ええ」と口にした。
「髪色以外はお変わりなく・・・いえ、あの頃より大きく大人の女性に成られたかと。ルミリア様はよく王妃様に似ておられますから、さぞ社交界を賑わすお人になるでしょうな。」
「あれを外に出すつもりはないぞ。あれは、俺のだ。」
「陛下、お戯れを。」
「勘違いするなヘイトス。あれを女だとは思わん。誰が好き好んであんな化け物に手を出すか。」
男は煙管を咥えるとポールハンガーに掛けてあったガウンを羽織り、閉ざされていた扉を開いた。
差し込んだ光が部屋を照らす。
暗闇に支配された部屋には目を覆いたくなる程の光景が広がっていた。噎せ返る鉄と汗の臭い。部屋の至る所に染み付いた赤。幾つもの無惨に転がる生気のないソレ。
部屋の前で控えていた護衛の騎士達は、僅かに覗いた部屋の惨状に小さく悲鳴をあげてしまいそうになるが、なんとか耐えきり臣下の礼をとる。
男はそんな騎士を軽くあしらい、城門が見下ろせる窓へと歩みを進める。そして眼下に騎士を連れだって歩く少女を見つけると、嬉しそうに笑み浮かべた。
「聖女セレスティア、か。大層な名前を付けられたものだ。まぁいい。アスラ久遠の繁栄の為に、精々その血を流してくれ。化け物。」
バルディオス・ロードラン・アスラ。
アスラ国で最も恐れられ最も偉大とされる、淫虐暴戻にして賢闘無双の絶対王である男は、傲岸不遜な笑みを浮かべたまま歩き出した。
この日、王女ルミリアは"セレスティア"という洗礼名を与えられ、アースの使徒として教会から大々的に発表された。
神暦の紅王ベルティーアの生まれ変わりとして、"聖女"の二つ名と共に。
この出来事は後に周辺各国で大きな波紋を呼ぶ事になり、それを切っ掛けに世界は次の段階へと静かに動き出していく事になるのだが、今それを知る者は誰一人としていなかった。
世界は誰に気づかれる事も無く、物語の歯車を回していく。
音も無く、ゆっくりと、そして確実に。




