(三)天使の使徒:反抗!
あの子のことを天使に知られるわけにはいかない────!
守らなければならない、なんとしても!
強い想いが心の底から沸き上がってくる。そしてシスター・アンジェのその姿に重なって、少女の言葉が脳裏に蘇る。
『こんなところを天使様に見つかっては大変ですから────』
守りたいという想いが胸の奥でギュンと渦巻いて、頭上に向かってドンと音を立てて溢れ出す! 瞬間、頭上に居た白いタコが悲鳴をあげて床へ落下してきた。
この感覚、あの時と全く同じだ!! 胸の混沌創が煌々と赤い光を放ち、頭上で渦巻いたドス黒いモノが、この世のすべてを恨むかのような叫び声を上げる。
「これは!!?」
「混沌を呼び出しただと!!?」
天使たちの驚愕の声を尻目に、俺は拳を高々と突き上げる!
心の奥底でひとつのイメージが煌めいた瞬間、渾身の力を込めて拳を床に叩きつけた!
「ランブリングアースウェイブッ!!!!!!!」
床が激しく波打って、全周囲に轟音が駆け抜ける! 強風が、俺を取り囲んでいた『マウリニオの鏡』もろとも机や椅子を巻き上げて、部屋の中をめちゃめちゃに引っ掻き回していく。あちらこちらで部屋の壁や天井に物がぶつかる衝突音が怒号のように鳴り響いた。
発動時間と射程範囲が短いものの、近づく者を薙ぎ払い吹っ飛ばす、アンナ様の強力な防御魔法だ。部屋の中は、一瞬にして瓦礫の山と化した。
拳と片膝をついた姿勢で、肩を大きく揺らして荒い息を吐く。まさに全身全霊、すべてを叩きつけたせいか押し寄せてくる疲労感が半端ない。
すでに嵐は収まり、静かな薄暗がりが辺りを支配していた。どうやら、この部屋にも小さな窓があったらしい。
「……アムナルタファの制御下にありながら、悪魔術を使われるとは思ってもみませんでした」
すぐ近くで天使たちの声が聴こえる。視線を巡らすと、手に手に武器を構えて、俺を見下ろしていた。
あの状況下で傷一つついていないなんて……。
「まさか反抗に遭うとはな! ビイェルらしくない手落ちだぞ」
「……侮れん……」
「ええ、想定外に強力な念芯だったようですね。その把握が足りなかったことは認めましょう。こんなことなら、先に混沌創を塞いでおくべきでした。ただ、そうなると……」
「……記憶劣化……」
「そうです。その可能性がありましたから。ですが、それも含めて、事を焦った結果と言わざるを得ません」
「フンッ、まあいい」
両手に剣を手にした赤の天使が、スッと剣を交差して、俺の喉元に突きつける。
「元気なのは良いことだ。だが我々への反抗は認められない」
気づけば、左斜め後ろからこめかみに銃を押し当てる緑の天使、右斜後ろから二叉の鉾を首筋に当てる青の天使。完全に包囲されたといったところだろう。もう一度、混沌を呼び出す素振りでも見せようものなら、瞬時に俺の首が飛びそうだ。
精霊魔術による拘束を跳ね除けたとはいえ、全身が重く、立ち上がることさえままならない。
とてもじゃないがこれ以上反撃できる状況ではなかった。
「ともかく、悪魔の情報だけは引き出させてもらいますよ」
青の天使が指を鳴らすと、白いタコの精霊が静かに近づいてくる。
ダメだ……再び、この身体を制御下に置かれたなら、必ずあの少女の姿が『マウリニオの鏡』に映し出されるだろう。
俺は……俺はあの子を、みすみす見殺しにしてしまって良いのか……!?
蘇った記憶の奥底、光に満ち溢れた空間に、あの少女の影がゆっくりと浮かんでくる。
やわらかな眼差し、小さく微笑んだ時の口元、魔物に立ち向かう時の凛とした立ち姿。
あの時、あの場所に彼女がいなければ、俺はここにいることすら叶わなかったろう。
危機的状況に差し伸べられた、一筋の柔らかな光────。
────少女の全身が、記憶の奥底からその姿を現そうとした、その時。
俺の脳裏に、大口を開けて突進してくる大蛇の姿が映った! 大蛇の牙が深々と俺の頭に突き刺さり、細くうねる肢体が俺の身体に巻き付いてくる!
そして、俺の頭の奥から、「ドン!!」と音を立てて衝撃が走った。
「しまった!!!」
「なんだ!? どうした!?」
「……ヌ!……」
慌てる天使たちの姿が赤く染まり、ぐんにゃりと視界が溶けていく。ゴツンと頭が床を打つ音が響いて、俺はピクリとも動けなくなった。
何が、起こったんだ……?
視界が徐々に暗くなっていく。ああ、またあの暗闇に引き戻されるのか……。
さっきまで鮮明に思い起こされていた優しい記憶も、衝撃音と共に弾け飛んでしまったようだ……。




