(三)天使の使徒:心の鏡
「要するに、その記憶封じを解除する必要があるという訳ですよ。アムナルタファ」
言うなり、青の天使が指をパチンと鳴らした。
青の天使に呼応して、俺の目の前に、フワッと白いタコのような生物が現れた。ウネウネと蠢く10本の足の裏、吸盤が水色の光を帯びている。その頭上には、天使と同じく白い輪のようなものが見て取れた。
ということは、精霊……? しかも固有種だ。
さすが天使と言うべきだろうか。普段、目にするのは量産型の精霊プリズムばかりで、固有種はめったにお目にかかれない。
「日向ナツトくん、これからキミの記憶の映像化を行います。その際、ガフィレフの記憶封じに映像化を邪魔されるでしょう。解除にはやや痛みを伴いますが、死に至ることはありません。下手に抗えば解除ロックに手間取り、記憶封じの自爆機能を作動させてしまう可能性があります」
「自爆機能が作動したなら、少年の記憶どころか、生命の保証すらしかねるな」
「そうならないよう、ご協力をよろしくお願いしますよ」
どこか手続き的な口調で青の天使が言う。
「では始めましょう。アムナルタファ、念のため、各機能の制圧を」
青の天使の言葉に、白いタコが10本の足を大きく広げながら俺の頭上へと舞い上がる。ハッとして身構えるが、正直、どうしようもない。
精霊はすぐさま、何か歌声のような音を発し始めた。甲高い柔らかな音で、「ルァ〜ア〜〜ア〜〜〜……」と心地よく響いてくる。まるで森の奥に降り注ぐ、柔らかな陽光を浴びているかのようだ。
しかしそんな心地よい感覚も束の間、耳の奥で「ピピピピピ」という電子音が聞こえてきたかと思うと、体中の筋肉がこわばっていく!
……身体が……勝手に動いている?!
動かしている感覚がないのに、両手の指がカクカクと妙な動きを始め、腰から下がガクガクと震える。まるで、操り人形にでもなったかのような感覚だ!
「アムナルタファ、制御が完了しましたら右手を上に」
青の天使の言葉に、俺の右手が勝手にスイっと上がる。抵抗しようにも、俺の意志をまるで受け付ける気配が無い! 俺は精霊に身体を乗っ取られた!?
記憶を探るのに、本当にこんなことが必要なのか? 不安が頭をよぎり、全身に鳥肌が立つ思いがした。
「よろしい、アムナルタファ。では、『マウリニオの鏡』を展開します」
青の天使が何かを引っ張り下ろすようにグッと握り拳を下げると、上から真っ黒な板が6枚、ドンと音を立てて降りてきた。それは俺と精霊を囲うようにして立ち並ぶ。
即席の狭い部屋に閉じ込められた、といったところか。明かりは遮られ、俺達は完全な暗闇に覆われた。
「この『マウリニオの鏡』は、心を映し出します。短期記憶の映像化も可能で、キミの封じられた記憶を解除すれば、ミストの中で何が起こったかをこの鏡に映し出すことができるでしょう……」
青の天使の言葉が終わらない内に、前方の闇の中に何かが見えた。それは見慣れた女性の後ろ姿へと結像し始める。
「(あれは……)」
……アンナ様だ。
2つの『グラヴィティストーン』を操り、雑魚敵を一掃している。その傍らでは、シスター・アンジェが寄り添うようにして補助魔法を繰り出していた。
気づくと、俺は見慣れた『モンスタースレイヤーGロワイヤル』のプレイ画面の真ん中に立っていた。
次々に襲いかかってくるモンスターを、華麗な連携技でアンナ様が葬り去っていく。
「……これはなんでしょうか?」
青の天使の不思議そうな声が聴こえる。
「ハハハッ、『モンスレ』か! 少年、なかなかテクニカルじゃないか」
「ご存知なのですか、アーレル?」
「ああ、この世界の人間の娯楽さ。PCのオンライン版を楽しませてもらってる」
「軽々しく人間と関わり合いを持たぬように、という我々の原則をお忘れですか?」
「……甚だ遺憾……」
「堅苦しいことを言うな、ビイェル、ジール。コミュニケーションは一切取ってない。俺のコードネームは『沈黙の暴れ牛』だ」
青の天使の溜息が聞こえた気がした。
「それよりビイェル、これはどういうことだ? 少年はミストの中で、『モンスレ』をしていたとでも?」
「いえ……ふむ……どうやら少年は、『念芯』をお持ちのようですね。そのせいでしょう」
ニュークリアスってなんだ? またしても初耳の言葉が出てきた。
「『念芯』だと? こんな少年がか?」
「ええ、間違いありません。日向ナツトくんのグァルディオール反応が……弱プラスですか。そのことも、影響しているようですね」
「グァルディオール反応弱プラス……フンッ、なるほどな」
「ガフィレフの記憶封じに辿り着く前に、このような邪魔立てが待ち受けているとは……」
「どうする、ビイェル? 反抗の可能性が無きにしもあらずだ」
「……まあ、心配するほどでもないでしょう。彼はすでにアムナルタファの制御下にあります。よほどのモノでなければそうそう打ち破れませんよ」
「フン、ならいいんだが。短期記憶の映像化にも支障なしか?」
「ええ、記憶系統への制御を強めれば良いだけです。アムナルタファ、念芯へのバイパスを遮断し、短期記憶へのルートを強調して下さい」
青の天使の命令に、俺の頭上にいる精霊がまた歌声をあげる。その音が響くと、頭の中で波のようなものが蠢くのを感じた。
「ぐえほっ……!」
目が飛び出すかと思うほどのひどい吐き気が突き上げてくる。呻き声ともつかない酷い声をあげ、胸を抑えようともがくが、言うことを聞かない身体とのギャップが余計に気持ち悪さを加速させる。
周囲の景色がぐにゃりと歪に曲がって、自分がどういう格好をしているのかもわからなくなる。まるで地獄の海に突き落とされたような気分だ。
抑えきれない違和感に身悶えながらも、歪な視界の端っこで、なんとなく周囲の状況を把握する。
天使が『マウリニオの鏡』と呼んだ6枚の壁には、ゼノリスの金髪の男と女の人が言い合いを繰り広げてる様子が映し出されていた。
「良いですね、アムナルタファ。感度も良好、そのまま記憶を遡りましょう」
頭の中でモゾモゾと波が動くたび、映像は巻き戻されるように移り変わっていく。
そして、俺が金髪の男に蹴り起こされる前にまで巻き戻った時だった。
突然、あの重苦しい鐘の音が響き渡った。
「ぐあああああああああっ!!!」
今までとは違って、鼓膜が弾け飛ぶかと思うような大音量! 強烈な頭痛が突き上げて、思わず絶叫する。
『マウリニオの鏡』は砂嵐のような光景に変わり、そしてあの大蛇が大口を開けて「シャーーーッ!」と吠えていた。
「おいでなすったか」
「フフフ、毎度毎度、同じ手を……ガフィレフも飽きないものですね」
「……笑止……」
大蛇は何度も何度も、俺に襲いかかるように突進してくる。そのたびに、ひどい頭痛が襲い掛かってくる。その衝撃で頭蓋骨が突き破られて、頭が破裂するかに思えた────!




