七夕ビール
「今日って何の日か知ってる?」
「紗良の誕生日」
夜の公園で一組の男女がベンチに座って話をしている。二人ともまだ若く、大学生のカップルと見るのが妥当だろう。が、彼らの間に恋愛感情は存在しない。仲のいい幼馴染。それが二人の間柄だった。
「五十パーセント正解。今日は七夕でもあるんだよ」
「知ってるよ。一応お前の誕生日を優先してやったんじゃないか」
紗良の隣に座る秋は笑いながら言った。紗良はベンチから腰を上げ、そのままブランコに飛び乗った。
「懐かしいよね。十五年前は、このブランコにどっちが乗るかで秋と喧嘩してたのに」
「誕生日が来たからって、一気に老け込みすぎじゃないか?」
悪戯っぽく言う秋に、紗良は地面にあった石つぶてを彼に投げた。それは曲線を描いて、秋に当たる前に落ちた。
「私ももう二十歳かぁ。何か、早いような、遅いような。秋は二十歳になった時どんな気持ちだった?」
「俺だって二ヶ月前になったばっかりなんだから、そんな変わらないよ。俺もう成人なんだな、って。酒が飲めるぜって感じ」
「秋、私とお酒飲んでくれる?」
「当たり前だろ。何なら今買ってきてもいいぜ」
「じゃあ、買ってきて」
「マジで?」
「うん。何か、飲みたい気分」
「わかったよ、買ってくる」
秋は紗良を公園に残して、近くのコンビニへ駆け足で出かけた。彼はコンビニで缶ビールを二本買って、それを持って公園に戻った。紗良はブランコから降りて、滑り台の上から秋に手を振っていた。
「秋もおいでよ。ここで一緒に飲もう」
秋は幅の狭い滑り台の階段を上った。十五年前は両手で柵を掴んで落ちないように上っていたのに。そこまで考えて、秋は人しれず笑った。紗良のことを老け込んだなんて言えない。
「お待たせ」
「ありがとう」
紗良がプルトップに指をかけて蓋を開けると、プシュと炭酸が抜ける音がして、ビールが指にかかった。
「わ! 秋、缶振ったでしょ!」
「走って来たからな。よし、俺は慎重に開けよう」
「裏切り者!」
「頭脳プレーと言え」
二人は笑って、蓋の開いた缶を打ち鳴らした。
「乾杯」
「乾杯。誕生日おめでとう、紗良」
「ありがと、秋」
ビールを喉へ流すと、独特の苦味が口の中に広がった。
「苦い」
顔をしかめて紗良が言う。
「まだまだ子供だな。これが美味いと思えたら本当の大人なんだよ」
「何、大人ぶっちゃって」
「俺、大人だもん」
二人はひとしきり笑ってビールを飲んだ。中身が半分くらいになった時、不意に真剣な顔をして紗良が言った。
「私ね、今日告白されたんだ、大学の先輩に」
紗良は下を向いて続ける。
「私も先輩のことは好き。だから、告白オーケーしたの。でも……付き合っちゃったら、秋と今みたいに会うこともできなくなっちゃうのかな、と思って。ごめんね、秋」
「おめでとう」
突然の祝いの言葉に、紗良は顔を上げた。そこには、ずっと見続けてきた幼馴染の顔が変わらずあった。
「お前な、謝るなよ。お前は俺の幼馴染。お前が幸せになれば、俺は嬉しい」
「……ありがとう、秋」
「幸せになれよ。悩んだら、俺に相談すればいいから。男心ってのも、女からすると結構難しいからな。俺なら力になれる」
胸を張る秋に、紗良は笑って再びビールを飲んだ。
「やっぱり苦い」
「今日は付き合うぜ」
今日だけは朝まで付き合って欲しい。そんな紗良の心がわかっているかのように、秋は言った。紗良は力強く頷いて、ビールを天高く掲げた。
「二人の幸せに、乾杯!」