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ホテル惺明館のお客様

作者: 真乃晴花


 ホテル惺明館は、ハーヴァナイト王国の王城にほど近い場所に建っている高級ホテルだ。

 私、アレグロ・フォンカータはこの惺明館のオーナーである。小さな宿屋から始めて、高級の名が相応しいホテルにまでなった。三階建てというさほど高くはない建物だが、その分部屋数を少なくすることで行き届いたサービスをもってお客様をもてなすことができる。私はそれが自分でもとても気に入っている。一階にはフロント、ロビー、会議室、会食堂があり、ロビーからは三階の天井が見える吹き抜け仕様。つるされた巨大なシャンデリアはまばゆく輝き、その光はロビーをほどよく照らしている。二階には五部屋、三階には三部屋の計八部屋。どの部屋も最高級の家具をもって飾っている。

 ただ、宿泊料金もそれなりに頂いているため、泊まられるお客様は限られている。八部屋のすべてが空いているという日も少なくはない。

 そんな暇な日に、少し変わったお客様が来館した。

 長い黒髪を天の川のごとく垂らした、美しいひとだった。そのひとの後ろには、また整った顔の従者と思しき男性がふたり、真面目な顔をしていた。ここまでは別になんもおかしくはなかった。

「いらっしゃいませ。ようこそ惺明館へ」

「ひと月ほど、利用したいのだけど、空いているかしら?」

「長期のご滞在ですか」

「ええ、外務長官に謁見に参ったのですけれど、不在なのですって。戻るのに、長ければそれくらいかかりますから」

「そうでしたか。部屋はどこでも空いております」

「よかった」

「お手数ではございますが、こちらにご記帳を」

 私はカウンター上の宿帳を示し、羽ペンを勧めた。

 その美しいひとはペンと取ると、慣れた手つきで淀みなく文字を連ねていく。だが、そこで何やら悩み始めた。見れば、貴人には必ずある苗字が書かれていない。文字は「クウリン」と読める。どこか古い名前だと感じた。そして、何に悩んでいるかと言えば、華印という、家紋や個人を特定するのに王族や貴族が使用する印を押す段階でだった。持っていれば、悩む必要はないはずだ。

「なにか、お悩みで?」

 私が声をかけると、そのひとは困ったような顔でありながらも、朝露がこぼれたような瑞々しい微笑を向けた。

「いえ、どちらを押したら良いものか、悩んでしまって」

 見れば、手にはふたつの華印が乗っている。ひとつはコインほどの、普通の大きさのもの。もうひとつは、私がこれまで見た華印の中では最上の類に値するほど大きいもの。

 どちらをとは言えず、それぞれがどういったものなのかを考えていると、そのひとは「ふたつとも押してしまえばいいか」と軽く言って、蝋を垂らし、大きい方から押した。

 押されたものを確認すると、大きい方は見たこともないマークだった。炎のような柄が縁取ってあり、真ん中の文字らしきものはまったく読めなかった。小さい方は雪の家紋だった。この紋は実際には初めて見るものであったが、知っていた。

「ルジーザ王国の方でありましょうか?」

 訊くと、また困ったような顔を見せた。

「ええと、今はリナールの人間なのですけれど、もしかしたら、まだルジーザにも戸籍が残っているかも」

 よく分からないことを言うと、その美しいひとは旅券をカウンターへ置いた。

 旅券は透明度の高いクリスタルの四角柱型で、旅券の中でもグレードの高いものだった。彫られた文字を読むと、確かに聖地リナールの代表の名と、記帳された名前と同じものが記してあった。

「確かに」

 私は不思議に思いながらも、その旅券を返した。

 つまり、リナールにおいては華印を必要としない地位にいるということになる。しかし、ルジーザ王国に戸籍があるかは不明。大きい方の華印はどこのものか不明。したがって、そのひとの身位が不明ということになる。

 しかし、立ち居振る舞いは今までお会いしたお客様のどの方よりも優雅で、服は暗い色のローブに包まれて伺えないが、容姿も静なる美でひなびたところなど、小指の爪の先ほどもない。

「あの、それと、御代なのですけれど、現金の持ち合わせがなくて、代品では駄目でしょうか?」

 正直、私はこの時どきりとした。

 主に貴金属類をもって代品とすることが可能だが、中には盗品があったりするのも事実だ。

「そうですか。代品とは、どのような?」

 平常心を装って、にこやかに伺ってみる。

 すると、カウンターにはごろんごろんと、まる裸の石が二十ほども置かれ、私は目を瞠った。どれもが透明度が高く、ムラがないカラージュエリーのように見えた。しかも、大きい。一番小さいものでも飴玉より大きい。一番大きいものに至っては、手のひらほどもある。

 残念ながら、私は鑑定眼を備えておらず、本物かどうか分からない。

「この大きいのを」

「は」

 私は思わず、疑うような声を上げていた。示された石は一番大きいものだったからだ。

 だが、そのひとは気にした様子もなく続けた。

「鑑定書がありませんから、こちらも」

 言って差し出されたのは裸の宝石ではなく、高級そうなケースに仕舞われ、透き通った海の緑のような、しかし濃い色のブローチ、もしくはタイピンと思われるものだった。それも、大きい。

「失礼致します」

 私はそのケースごと受け取ると、その飾りを手袋をした手でそっとつまんで裏側見た。

 その裏側に彫られた文字を読んで、私は心底驚いた。そこには、このハーヴァナイト王国の南に位置するヴェニア王国の先代国王の名前が刻まれていたからだ。それだけではなく、宿帳に記された名前と同じものが送った相手として連ねてあった。

 私の全身から汗が吹き出る。

「できれば、この全部の石を鑑定に出して頂きたいのですけれど。それで、ちゃんと金額を示してお支払い致します」

「ええ、そ、れは可能でございますが」

「では、よろしくお願い致します」

「あの、では、預かり証を作りますので、少々お時間を頂けないでしょうか」

 ホテルマンらしからぬ態度で伺いをたてると、そのひとは一瞬小首をかしげると、あっさりと笑って言った。

「必要ありません」

 その、想定外の答えに私は盛大に狼狽え、預かった緑の飾りを持ったまま右往左往してしまった。必要ないと言うのならば、速やかに部屋に案内しなくてはならない。だが、大小の色とりどりの石がカウンターの上に未だ無造作に置かれていた。

 焦る私に不快そうな態度も見せずに、むしろ、それをなだめようとするかのように「ああ、あと」とその人は新たな要望を口にした。



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