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9.後日談


 あれから何事もなく数ヶ月が経過しようとしている。

 今日もおだやかな朝はいつものように訪れ、テレビのニュース番組は何ら異常事態の到来を告げてはいなかった。

 少なくとも、この世界における"終わりの始まり"は無事に回避されたと見て良いんだと思う。


「……アナタの望んだ通りの結果になったよ」


 彼女は英雄になりそこねた。

 自らが望んだ通りの結果に……。

 彼女の望んだ通りの結果だけがあった。

 元の世界では狙い通りに、任務失敗扱いの側に加えられたのかもしれない。

 そして、この世界は……。

 一人の女の犠牲によって守られたことを知らないままに……。

 ただ、今日も穏やかで平和な時間の中で。

 昨日と何ら変わらない今日がまた始まろうとしている。

 ……今日という日が、彼女の犠牲と勇気によって守れた事を。

 命がけで守りぬかれた事を誰一人として知らないままに……。

 今日も平穏で平和な時間の始まりを迎える事ができたのだと思う。


 ──ありがとう、カメリア。


 彼女のやったこと、やろうとした事を知っているのは、この世界には私一人しかいない。

 誰が何を犠牲にして、この結果を勝ち取ってくれたのかを知っているのも私一人だけだ。

 だから、せめて彼女のために祈ろうと思う。

 そして、彼女の願い通りに……。

 この世界を残してくれた彼女の思いに、その願いに少しでも応える事ができるように。

 ……私は、一日でも長く生きていきたいと思っている。


 ──あっ。いたっ。


 椅子から立ち上がった拍子にズキッと鋭い痛みが走った。

 痛みの発生源である脇腹を抑えつつ、私はどうにかこうにか今日も着替えて仕事へと向かう。

 痛みはするけど出血や外傷もないし、押さえても痛む訳でもない。ただ、左の脇腹という場所がどうしても気になったので、念のために病院で診察してもらったのだけど……。

 そこには特に異常な症状は見当たらなかった。


 こういった現象は、一般的には幻痛とかいうらしい。

 ……幻痛。幻の痛み。原因のはっきりしない正体不明の痛み。

 ありもしない傷やケガの痛みを感じてしまうといった症状で、体の一部を欠損した人などがまれに存在しなくなった場所の痛みを訴える事があったりするそうだ。

 他にも、そもそも存在しない部位(たとえば頭の先にある"なにか"とか、指の先にある"何か"など)の痛みを感じるなど、その症状は人によってさまざまらしいのだけど。

 痛覚の異常動作、脳の誤認などいろいろなケースがあるらしいけど、その中にはトラウマなどが原因になる事もかなりの確率であるらしい……。

 たとえば、ひどいケガをした人が完治した後にも痛みを感じ続けるなどだ。

 私の場合も、多分……。トラウマが痛みの原因なのだろうと思う。

 場所からもそれが想像がつくし、そこに痛みが走る度に、私はあの日の事を思い出しているから……。

 もしかすると、私の中の無意識が……。

 深層意識下の罪悪感というヤツが、私にあの日の事を忘れるなって。

 そう、痛みを感じさせながら言ってるのかもしれない。

 これがお前の罪に対する罰だって。

 これからは、この痛みに耐えながら生きていけって。

 ……最近では、そう思うようになっている。


「……ハァ」


 ひどい痛みが走った後には、よくズクズクと体の芯のあたりにまで走る"熱さ"や鈍い"痛み"が心拍に合わせて感じられる時間が続く。

 最初の頃こそ、急に襲い掛かってくる幻痛に脂汗を浮かべながら苦しむ私の姿は、それこそ変なものを見るような目で見られていたのだけど、最近では、周囲もある程度は私の奇行にも慣れてきてくれたみたいで、私が苦しんでいる姿を見ても「ああ、アレね……」って感じで、それを察してくれるようになってきているんだと思う。……本当に、ありがたい話だと思う。


「……大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です」

「そう。……辛かったら、いつでも言ってね」

「……はい。ありがとうございます」


 あの日から、私はいろいろな事に感謝するということを覚えた。

 今日という日を無事に生きていられること。

 私たちの世界が、まだ終わりの始まりを迎えていないこと。

 そして、私の周囲の人たちから向けられる関心や思いにも……。

 きっと、私は前よりも前向きで謙虚な人間になれたのではないかって気がしている。


 ──がんばって。


 どこからかカメリアの声が聞こえた気がした。


「……うん、頑張る」


 ……それはきっと幻聴。

 でも、きっと彼女も励ましてくれていると思うから。

 だから、私は今日も生きていく。

 ……何かが大きく変わった訳じゃないけど。

 それでも今日という日を必死に生きてみたいと思う。


 それが、この世界を救ってくれた"英雄"への恩返しになると信じているから。



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