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8.世界は救われる


 真夜中にやってきた女が、朝を迎える前に死んだ。

 結局の所、この話は、そういう話だったのかもしれない。

 時間にしてみれば、ほんの数時間。……わずか、四時間程度の。

 そんな、お話だった。


 カメリアは死んだ。

 私を殺そうとして、殺された。

 無我夢中でつかんだ銃での反撃にあって……。


 ……殺したのは、私。

 自分で自分を殺そうとして、殺そうとした自分の反撃にあって殺された。

 そんな訳のわからない事件であり、ありえない内容の事件であって……。

 それでも、それは紛れもなく殺人で。……私は間違いなく人殺しだった。


 ……あの後のことは、正直、記憶がぼんやりしていて細かくは覚えていない。

 カメリアの死体は、時間切れと同時に爆発した首輪によって奇麗に焼かれてしまった。

 それは、どんな理屈なのかさえ細かくは分からなかったけど。

 私の目の前で、カメリアの死体は青白い光に包まれて、燃え尽きていった。

 青白い光の中で、チリも残さないで燃え尽きてしまった。


 それを見届けた私は、しばらくは動けなかった。

 頭の中身がしびれたみたいになって何も考えたくなくなっていたんだと思う。

 ……それでも、朝日は昇ってきた。

 そのいつもと変わらない光を浴びて、私は泣いていたのだと思う。

 それを自覚して、少しは私も正気に戻ったのかもしれない。

 その場に一人残されていた血まみれの私は、重い体を引きずるようにして自宅に帰った。

 ……幸いというべきか。それとも不幸中の幸いというべきなのか。

 私は誰にも会わなかったし、警察官に問い詰められる事もなかった。

 ……本当に、運が良かったのだと思う。


 自宅に帰った私は、お風呂に入って全身残った傷跡……。

 あちこちに残る引っかき傷とか青あざとか、そういった今朝の痕跡ごと洗い流した。

 傷口にお湯がしみるのに顔をしかめながらも、どうにかこうにかお風呂を終えて。

 下着姿のままでリビングに戻って、ようやくそこで一息つけたと思った。

 ……でも、そこにはカメリアの黒い服が残されていた。

 私を殺したことを忘れるなって言われてるみたいだった。


 ──でも……。きっと、彼女は許してくる。そんな気がする。だって……。


 おぼろげな記憶の中で。黒くかすんだ視界の中で。

 ……酸欠でもうろうとなっていた私だったけれど、あの時……。

 彼女の口元だけは、やけにはっきりと見えていた。

 ……あれは、二度目の引き金を引いた時のことだった思う。


 ──彼女、笑ってた……。


 それで良いんだよって。

 アナタがやったことは悪くないんだよって。

 そう言ってくれてた気がした。

 そうでなかったら、あんな顔で笑えなかったと思うから。

 ……もちろん、それを私のやったことに対する免罪符になんてするつもりはない。

 私は、この手でカメリアを殺した。……自分の意志で殺してしまった。

 殺したかったかどうかは分からないけど、かなり明確な殺意をもって引き金を引いた。

 ……死にたくなかった。殺されたくなかった。だから、殺した。

 そのことを忘れるつもりはないし、そのことをごまかしたりするつもりもなかった。

 これは許される行為だったなどと言ったり、甘えた事を考えるつもりもなかった。

 それでも……。私は生き延びた。死なずに、生き延びてしまった。

 だったら……。後はせいぜい精一杯生きる以外に何ができるのよ。

 ……単なる開き直り? 居直り? 自己欺まん? 醜いごまかし? 責任放棄?

 ふんっ。なんとでも好きな言葉で表現しなさいよ。


 カサッ。


 カメリアの黒い服をクローゼットにしまおうと持ち上げた時のことだった。

 畳まれていた服の間にでも挟んであったのか、そこから手紙が滑り落ちてきた。

 ……それは、奇麗なクリーム色の便箋に入ったそこそこの厚みのある封筒だった。

 表面を見たら、宛名は『もう一人の私へ』となっていた。

 こんな場所に手紙を隠すような人物には一人しか心当たりがなかった。

 カメリア……。もうひとりの私だった。

 その事に何となく背中を押された気分になったのだと思う。

 中にどんなひどい言葉が残されているのか。……それを確かめるのはもちろん怖かった。

 そんな気持ちを感じながらも、それでも私は振るえる指先で手紙を開いていた。


 ──この手紙をアナタが読んでいるということは、私は無事に目的を達成できたということなんだと思う。


 そんな言葉から始まる手紙は、カメリアからのある種の告白だった。

 そこにはカメリアが話したくても話せなかったいろいろなことが書き連ねてあった。

 自分がどういった理由から、こっちの世界に送り込まれたのか。

 そして、この世界で"何"をするように命じられていたのか。

 ……ついでにいえば、なぜ"私"だったのかも書いてあった。


 ──結局はいろいろと都合が良かったってことなのかなぁ……。


 思わず、口からタメ息が漏れた。

 カメリアの手紙の中身は、ある程度は私が想像していた通りの内容だった。

 彼女がコッチにやってきた本来の目的は『植民地化の可否についての最終判定』の為だった。

 つまり、彼女は自分たちの世界との位相のズレの大きさを最終確認するためにやってきた。だから、カメリアは危険を犯してでも世界の壁をこえただけでなく、この世界にわざわざ降り立って、もう一人の自分に……。私に、直接会いに来なければならなかった。そして、私に直接触れる事で位相のズレが最低限の数値として確保されていることを確認しなきゃいけなかったらしい。

 ……ちなみに私は、この時まで気がついてなかったのだけど、この最初の接触の時に、位相のズレが必要最低限確保されてなかった場合に、どういった現象が起こっていたかというと……。


 ──しゃれになってないわね……。


 一応は、それも書いてあったのだけど……。その場合には、なんと私とカメリアが混ざり合って一体化してしまったり、中途半端に混ざり合ったりしてひどいことになったり、あるいは……お互いが、消滅してしまうケースも想定されていたらしい。……まさか、そんな危険な事に巻き込まれていたとは、さすがに想定外だった。


「さりげなく何回も命の危険にさらされてたのね……」


 巻き込まれた立場の私は、言うまでもなく迷惑極まりない話だった。でも、カメリアの側も、もしかすると、私のせいで迷惑をこうむっていたのかもしれない。

 私がターゲットとして選ばれたのは半分は偶然で、もう半分は必然だったらしい。つまり、特定の条件を満たす人物のリストからランダムに選ばれたのが私だったという訳だ。

 そんな風に私がターゲットに選ばれてしまったせいで、カメリアは拉致同然に選出されて、強制的に地獄の訓練を受ける事を強いられた上に、こんな命がけの任務につく羽目になったそうだ。

 私が選ばれてしまった原因はいくつかあったらしいけれど、一番大きな理由は『世界にとっての重要度、あるいは希少価値が極端に少ない、あるいはほぼ0であること』。そして『社会から孤立している』ことだったのだそうだ。

 ……簡単にいえば、両親がすでに死んでいて天涯孤独の身の上であったこと。そして都市部での気楽な一人暮らしだった上に、生来の引っ込み思案な性格のせいで人付き合いが苦手で、交友関係がひどく狭くて……。それこそ今日、いきなり行方不明になってもいくらでも代えが効くような、ある日急に居なくなったからといっても特別に騒ぎ立てられる事も少ないだろう人物をあえて抽出して、その人たちから選んでいたらしい。


 ──カメリアの側には、私を恨む理由は、一応はあったってことか。


 私に何ら積極的な責任はなかったとは思うけれど、私が選ばれてしまったせいでカメリアはひどい目にあってしまったのは事実だった。

 そういう意味では消極的な責任くらいは確実にあったんだと思う。

 少なくとも私が彼氏の一人でも作って、その人と仲良く暮らしていれば、カメリアもこんな目にあうこともなかっただろうし、危険な仕事を押し付けられることもなかったのだろうから……。

 ほんの数年前までは、私同様に、ごく普通の女の子だったはずなのに。

 そんな子が、ほんの数年間の時間で全身鍛えあげられたプロの潜入工作員みたいになるまでには、どれほどの筆舌に尽くしがたい苦労と体験があったのか察して余りあったから……。だから、道義的な意味でも責任を感じていたのかもしれない。


 ──彼らの世界にとっては二度目の大航海時代だったのかなぁ……。


 そんな彼らの世界の事業は私が考えていた通りの代物だった。

 すなわち『侵略行為』。

 それこそが彼らの事業の偽りのない正体であり実体でもあったのだと思う。

 征服しても問題なさそうな異世界、異なる歴史を歩んだ位相が十分にズレた世界を探しだしたなら、そこを自分たちの土地として支配下に置き、植民地として人的資源、物的資源の両方を手に入れる。

 それは、そういった類の『事業』であり、カメリア自身も口にしていたように宇宙の惑星開発なんかよりもはるかにコストが安い上にうまみも大きいといった内容だった。

 そんな世界で白羽の矢を立てられたカメリアは間違いなく不幸だったんだと思う。……でも、それだけでもなかったことも、ある程度は想像がついてしまっていた。


 ──きっと、彼女は英雄だったんだろうと思う。


 異世界へ渡って、そこで命がけの冒険を行う。それは、ありふれた英雄物語の中でも、最も人気があるだろう王道ともいえるパターンのヒーロ像だった。

 自分たちにとっての新しい新天地、あるいは侵略可能な新世界を見つけ出し、それを命がけで自分たちにもたらしてくれる誇らしい存在。

 そんな人物が英雄扱いされないはずがなかったのだろう。


 新しい世界への水先案内人。

 新しい世界を切り開く役目を負った存在。

 それはきっと、世界中の人々から称賛と祝福を一身に受けて旅立っていくはずだった。

 彼女は世界中の人々の期待を背に受けながら、私に会いに来ていたはずだった。

 ……自らの行いに、何一つ間違いがないものと信じ込んで、危険を顧みず、時に自らの命すらもチップとして差し出しながら……。危険な賭けを何度も何度も一人っきりでくぐり抜けて。……その手で異世界の自分に触れるだけでない。隠し持った銃で撃ち殺す事さえして、その世界に手を出しても危険がないことを証明してみせるのだ。そんな人物は、間違いなく英雄扱いされるだろうし、それに相応しい働きをしていたのだから、そうでなければおかしかったのだろうと思う。


 ……でも、それを押し付けられた人は、そんな自分の役目をどう感じていたのだろう?

 自分の命を何度も何度も危険にさらして、生きるか死ぬかの賭けに何度も挑む事を強要されて。

 ……きっと気分はよくなかったのだろうと思う。

 あるいは栄誉、チャンスと思う人も多かったのかもしれないけれど。

 ……カメリアは少なくとも喜んではいなかった。


 首につけられた時限爆弾。

 この爆弾の意味をカメリアは正確に理解していたのだと思う。

 時間以内に目的を達成して帰還することができれば英雄として扱われる。

 でも、なにか一つでもミスをして帰還できなれば証拠隠滅として焼き殺されて……。

 尊い犠牲の名の元に、無理やり目的を達成させられる。


 ……彼らにしてみれば、死ぬのはどっちでも良かったのだ。

 とりあえず接触さえ果たしてくれて、位相のズレが最低限確保されているのを確認できれば。

 いや、それすらも実際には省略可能なプロセスだったのかもしれない。

 ターゲットさえ決めてしまえば、あとは私が死んでも良いし、カメリアが死んでも良かったのだと思う。とりあえず、どちらかが死にさえすれば死の影響範囲の確認という目的は一応は達成されるはずなのだから……。では、なぜわざわざカメリアに、あんなことをさせていたのか?


 ──私は免罪符。


 カメリアは、そうはっきりと書いていた。

 異世界とはいえ自分たちの世界と大差ない姿をした世界なのだ。

 そこに無理やり攻め入るだけでなく支配下において植民地化する。

 それは口でいうほどには簡単ではないし、当然のようにさまざまな問題が噴出する事になる。

 その問題の中でも一番厄介だったのは、実のところ自分たちの心……。罪悪感なのだそうだ。


 ちょっと考えてみれば分かるが自分の親兄弟や恋人や妻、子どもたちと同じ顔をした人間が苦しんだり死んで行ったりする姿を見ていて心穏やかで居られる人間は少ないだろう。

 少なくとも、カメリアは自分の知らない、もうひとつの世界で生活している自分のよく知る人たちの顔や、その生活空間の中で、その事実に思い至り、この人たちを苦しめる切っ掛けとなっていいのかという部分で思い悩んでいた。


 ──なぜ私を殺すだけで済まさないのか?


 その真実を探ったりするのは、彼女たちの世界ではタブー視されていたのだと思う。

 カメリアは自分なりの考えを、手紙に記していた。

 単純にカメリアを自分たちの世界で殺すだけでも、その影響を確認できるような事を、なぜわざわざ面倒な手間暇をかけてまで異世界に送り込んで、そこで危険な行為をさせた上で帰ってこさせようとするのか?

 ……端的にいってしまえば、それはひどく無駄な行為だと思えたのだと思う。

 その疑問は私にも理解できていた。

 位相の近い世界のどこかで"私"が死ねば、その影響で近日中にこの世界の私も死ぬ事になる。

 端的にいってしまえば、カメリアが殺された結果、私が何らかの理由で死ねば、それで位相が近い可能性が極めて高いことが確認できるということなのだから。

 ……そりゃあ、他の世界からの横やり的な影響も考慮に入れれば、一番確実なのはやっぱり目の前で殺してみる事なのだろうとは思うけどね。

 殺した直後に影響が出て自分も巻き込まれて死ぬようなら、位相の差はそこまで大きくない事が確認できるといった方法のほうが、より確実な確証を得られるという理屈も、まあ理解できるのかもしれないれど……。


 ──英雄が必要とされているいうことなのだと思う。


 結局は、そういうことなのだろう。

 人々の心に免罪符を与えるために英雄が必要とされていたのだ。

 自分たちのやろうとしていることの正当化のために。

 やろうとしてることが人の道に外れている事から目を背けるために。

 何よりも罪悪感を高揚感にすり替えるためにも……。

 自分たちのやっていることが正しいことであるという思いを得たいがゆえに。

 ……だから、わざわざ面倒くさい方法を選んででも英雄を作り出す必要があったのだろう。

 カメリアは、そう結論付けていた。

 ……その上で、カメリアは、そういったどこかの誰かにだけ都合の良い偽りの英雄になることを拒絶したのだと思う。


 ──この世界を救いたい。何の罪もないアナタたちに降りかかろうとしている災厄から……。


 厳しい監視の目が光る中で、カメリアはそれを実行してのけた。

 ものすごく少ない確率に……。それこそほんの数%程度あるかないかの確率に賭けて。

 カメリアは、そのために、自分の命を捨てたのだと思う。

 自分の首輪の監視能力の限界がどこまであるのか。

 自分の体のモニタリング程度が限界なのではないのか。

 ……そんなあやふやな可能性、ごくわずかな確率に賭けて……。


 ……そうやって……。わざと、私に、殺された。


 それが戦闘訓練を受けていたカメリアがド素人の女を殺すのに、あんなに手間取っていた理由であり、そんな負けるはずがない相手に反撃されて殺されるという大失態を犯した出来事の正体だったのだと思う。


 カメリアの手紙には書いてあった。

 彼女が把握していた監視内容としては自分の座標情報……。いわゆるGPS機能と、生存確認用に用意された心拍などを監視しているモニタリング機能。そして首輪による盗聴機能に加えて、銃などの火器類の使用状況の監視などだけだった。

 その程度の監視だけしか行われていないのだとしたら、銃を使ったことで彼女の心拍などが停止すれば……。それしか分からないのだとすれば、それは私がカメリアを殺したのか、それともカメリアが私を殺した結果、自滅してしまったのかは判断がつかないだろう、と。

 ……そう、彼女は考えたのだと思う。


 ──そして、彼女は賭けに勝った。


 それはさりげない盲点……。

 普通に考えたらありえない結果のためにあえて可能性から除外されていた。

 そんな例外的な要素というヤツでもあったのかもしれない。

 常識的に考えれば、かなり本格的な戦闘訓練を積んでいるカメリアが非力なド素人でしかない私なんかに負けるはずがないし、私程度の女を殺すのに変に手間取るとも考えにくい。

 ましてや、カメリアは無事に任務を終わらせて元の世界に帰還すれば、そこでは新しい世界を見つけ出した『英雄』として扱われる事になるのだ。

 そんな人物が、わざと殺されようとするだなどと考える者は普通は居ないだろう。

 ……つまり、彼女は、そんな常識と意識の穴を突いて、この世界を救ったのだと思う。


 私を殺した結果、自分も死ぬことになった。

 そんな結果を……。データを演出することで、この世界は不適合な位相を持つ世界だったと判定させるのが……。誤認させるのが本当の目的だったんだと思う。

 そんな作戦で最大の被害を被るのは、言うまでもなくカメリア本人だった。

 何しろ、目的を達成するためには自分が死ななければならなかったのだから……。


 ──確実ではないのだけれど、ほぼアナタが影響をうけて死ぬことはないと思う。


 そもそもの話として、成功確率の低い世界に、何年も時間と資金を消費しながら育て上げた人物を無駄に送り込むはずがない。

 そんな理由から事前調査はかなりのレベルで進んでいるはずだった。

 それこそ八割から九割近くの確率で位相は安全なくらいずれているはずだった。つまり、カメリアが私を殺しても死ぬ確率は0ではないにせよ、かなり低かったということなのだと思う。

 そういった意味でも、彼女が作られた英雄の役割を演じる事だけを求められていると感じてしまったのは仕方なかったのだろう。


 手紙で真実を打ち明けられた時、私の脳裏に浮かんだのは"茶番"の二文字だった。

 そんな事のために殺されてそうになってたのかと憤る気持ち、そしてこんな役目を強要されていたカメリアに対する同情も若干はあったのかもしれない。


 ──あの時のゴメンって、そういう意味だったのかな。


 こんな茶番につきあわせてゴメンって意味だったのかもしれない。

 それに、自分を殺させる羽目になっての意味でのゴメンだったのかもしれないし、それとも怖い目にあわせてしまってゴメンの意味だったのかもしれない。

 あるいは、かなり低い確率だったとはいえ、こんな手のこんだ自殺……。私の手で殺させた時に、私も巻き込んでしまう可能性が少しだけとはいえあったことも含んで、それを謝っていたのかもしれない……?

 今となってはカメリアにしか本意は分からないにせよ、いろいろと考えさせられた言葉だった。


 ──誰だって……。誰だって、死ぬのは、怖いよ。


 何も知らない人なら、きっとなんで自殺しなかったのかって言うと思う。

 カメリアに自殺すれば良かっただけじゃないのかって……。

 そんな心のない言葉を言い放つかもしれない。

 なんでわざわざ私を殺そうとして反対に殺される必要があったのかって……。


「怖かったんだよね……」


 ポツリと口から言葉が漏れる。

 カメリアが時々見せていた本当の気持ち。

 唐突に情緒不安定な様子を見せる姿。

 ……あれが、本当のカメリアの姿だったんじゃないかって思う。

 きっと、怖くて怖くて仕方なかったんじゃないかな。


 ……でも、そんなの当たり前だよ。

 誰だって死ぬのは怖いに決まってる。

 よっぽどのことがない限り、死にたいなんて早々思うはずがないんだから。

 ましてや、カメリアは本来なら元の世界で英雄扱いされるはずだったんだから。

 それを私たちの世界のために全部捨てるだけじゃない。元の世界の人たちから向けられる期待とか信頼とかも全部裏切って、たった一人で全部をひっくり返そうとしていたんだから。

 自分の決断とか判断に自信をなくしても仕方なかっただろうし、こんな裏切り行為をして大丈夫なのかどうかを、ずっと悩み続けていたんだろうって思う。それに、自分が裏切ろうとしていることが何時ばれるかと怖がってもいたんじゃないかって思う。


 はっきりいって、あの瞬間……。私の首をしめていた瞬間でさえ、まだカメリアは迷い続けていたんだと思う。

 仲間や故郷の人たちを裏切って良いのか。

 こんな事で本当に死んで良いのか。

 こんな愚かなまねをして誰が喜んでくれるのかって……。

 ずっと、ずっと悩んでいて、苦しみながら私の前に立ったんだと思うし、気持ちの整理がつかないままに、任務通りに私を殺そうとしていたんだと思う。

 ……だけど、私を殺してしまったら全てに決着がついてしまう。

 それを認識していたから、私の事を本気で殺せなかったし、あんなふうに変に手加減したり、私にいろいろな道具の在り処をあらかじめ教えておいたり使い方を簡単にレクチャーしたりしていたんじゃないかって思う。


 ──私に最後の決断をさせてしまってゴメンって意味だったの……?


 口元に笑みが浮かぶ。

 あの瞬間、カメリアはどういう結果になっても良いと思っていたんだと思う。

 私が諦めて殺される事を受け入れてしまうなら、自分を導く運命の示す通りに血塗られた英雄となって、この世界を攻め滅ぼす切っ掛けに……。侵略者を導く"終わりの始まり"となろうと思っていたのかもしれない。

 逆に、必死の抵抗の果てに私が反撃に転じて殺されそうになったなら……。それを受け入れようって思っていたんじゃないかって……。

 そう、感じられて仕方がない。


 だから、彼女は笑いながら死んでいけたんじゃないかって……。そう、思うから。



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