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7.結末は唐突に


 ──ピピッ。


 カメリアの首元からアラーム音が鳴った。

 きっと残り時間がもう少ないですよって意味の警告音だったんだと思う。

 それを聞いたカメリアは目をつむって、わずかにうつむきながら、私に声をかけてきた。


「なぜ、私が、この世界に来たのか。それをアナタは理解したわね?」

「ええ」


 どうやって来たか、どういう理由で来たかも理解できていた。


「なぜ、私が、こんなことをしなくちゃいけなかったのかも理解したのよね?」

「ええ」


 究極的に言ってしまえば、それが仕事だったから。でも……。


「なら、私に、もう時間が残されてない事も理解できてるのね」


 首元から引っ張りだされた首輪のデジタル計は、赤くなった数字で"00:10"と表示されて点滅表示されていた。


「ツバキ」

「なに?」

「アナタ、一つ勘違いしてるわ」

「え?」


 勘違い?


「私の仕事は、まだ、終わってない」


 すっとカメリアが手を伸ばしてくる。……え? いつのまに、そんな位置に立ってたの? ぐっと襟元をつかまれたと思ったら、あっというまに固い地面に押し倒されていた。背中が痛い。じんじんする。……というか、いつ倒されたのかも理解できない状態で、気がついたらカメリアが私のおなかの上に座る姿勢で馬乗りになっていた。……なにこれ? 何がおきているの?


「謝らないといけないわね」


 ぐっと喉が締め付けられる。それをやってるのはカメリア。私の上に馬乗りになって、両手で首をしめてくる。ゆっくりと、じわじわと締め付けてくるようにして。私は、そんなカメリアの手に爪を立てながら必死に引き離そうと抵抗するけど、まるで子どもと大人くらいに力の差があって、私の首をしめてくる腕は外れそうもない……。


「許してなんて言わない。ゴメンなんて言うつもりもない。恨んでくれて良い……」


 カメリアはぽつりぽつりと……。つぶやくようにして、私に言葉をかけてくる。


「……不思議に思わなかった? なんで、私がアナタにいろんな事を……。教えてちゃいけないはずのことまでペらペらしゃべっていたのか。なんで、アナタにいろんな機密のはずの情報まで教えていたのか……」


 首にかけられる圧力に必死に耐えながら暴れる私の上で、カメリアはまったく危なげなく話しかけてくるし、その腕も私の首を絞め付け続けていた。


「……理解しておいて欲しかったの。なぜ、自分が殺されなければならないのかを。……なぜ、私がアナタを殺さないといけなかったのかを。……今のアナタならきっと分かるはずよ。私がなぜ、こんなまねをするのかも、なぜアナタがこんな目にあうのかも。……冥土の土産ってヤツよ。……殺す相手だから、何をしゃべっても許される。つまりは、そういうことだったの。そのかわり、しゃべってしまったら、その話を聞いた人を確実に殺すことが義務化されてしまうのだけど……」


 その表情がわずかにゆがむ。


「……怖いわ。アナタが死んだらどうなるのか……」


 位相が十分にずれていれば彼女は生き残る。位相がずれてなかったら……死ぬ事になる。私を殺したことで、私の世界に近い位相をもつ世界の"私"は死ぬ事になるから。


「正直、こんなことしたくない。自分の手で自分と同じ顔をした女を殺せなんて嫌過ぎるよね……。それに、半分くらい弾の入ったリボルバーでロシアンルーレットとか、正気の沙汰じゃないわ」


 でも、せめてもの思いやりとして、痛くない状態にした上で奇麗に殺してあげる。だから、はやく気を失って……。そんな彼女の言葉を聞きながら、私は必死に両手で彼女の腕をつかんだり、引っかいたり、体を殴ったり、足に爪を立てたりしたけど、カメリアはまったく動じない。……駄目。このままだと死んじゃう。殺されちゃう。


 ──嫌だ。死にたくない。嫌だ! 死にたくない! 嫌だ!! 死にたくない!!


 そんなとき、体をかぶせるようにしてカメリアが私の耳元で小さくささやく。


 ──ごめんね。


 それは謝罪の言葉。意識がもうろうとなった私は、そのことも理解できないままに必死に両手を動かしていて……。その瞬間、何か硬いモノをつかんでいた。それを無我夢中でつかんで、引き抜いたのを覚えている。


 ボシュ!


 多分、それは無意識の行動。

 私の酸欠状態に陥って機能停止寸前にまで追いやられていたでき損ないの脳みそがしでかした最後の抵抗。知識と記憶が最善の方法を無自覚のままに選択させていたのだと思う。

 ……私の脳は、その瞬間に、きっと手の届く位置に『武器』があることを覚えていたのだ。

 私の右腕は、首をしめながら覆いかぶさってきたカメリアの背中をたたくようにして、その腰の後ろにあった固いものをつかんでいた。……必死だった。引き抜きながら、半ば無意識のうちに引き金を引いてしまっていた。……生き延びるためだった。生きるために、これまで、これほどの努力をした事はなかったように思う。……そんな気がする。意識をうしなったら死ぬ、殺される。それが分かっていたから。だから、必死に耐えながら、いろいろと悪あがきをしていた。

 引っかいて、たたいて、殴って。……最後には腰の後ろに差してあった武器を……。DNA認証付きとか言っていた銃をつかんで、引き金を引いてしまっていた。


 ボシュ!


 二度目は意識して引き金を引いていた。その衝撃によって、カメリアは完全に力尽きたのだと思う。力が抜けかけていた喉をしめつける指から完全に力が抜けていって、体が私の上にゆっくりと覆いかぶさってきた。……その腰のあたりから熱い液体がじわじわと私の体の上に広がっていくのを感じながら、私は、その体勢のままで荒い呼吸を繰り返していた。


 ──生き残った。


 ゼエゼエと、まるで自分の呼吸音だとは信じられないような音を聞きながら。私は鉛のように重くなった体を無理やり動かすようにして、カメリアの体の下からはい出して。まるで動かない、細かく振るえてまともに動かない手足を無理やり動かしながら、私は近くの壁にはい寄ると、そこに背を預けるようにして地面に座り込んでいた。


 ──なんで……。


 カメリアは何をしていたのだろう。

 ……分からない。でも、カメリアは何かをしたがっていた。

 彼女は、何か特殊な目的をもっていたはずだった。

 私は、それを『この世界を不適格扱いにして救う』だと思っていたし、その考えに賛同していたから彼女に協力していた。……それは正しかったはずだし、彼女だって、こっちの気持ちに気がついて、私に合わせるようにして振る舞っていたはずだった。

 ……でも、結果は、これだった。


 ──わけわかんない。


 私は殺されかけた。だから、殺した。

 私は、私が生き残るために、もう一人の私を……。

 彼女を……。もう一人の自分を。……自分自身を、撃ち殺してしまった。


 ──カメリアを、殺した。


 その事実が今更ながらに私の上に重くのしかかってくる。

 ……果たしてこれは殺人になるのだろうか。

 正当防衛を主張したいけれど、正直、うまく説明できる自信はなかった。

 ……自分を殺したことは殺人罪に問われるのだろうか。

 いや、そんなことよりも、ここに私の死体があることが一番の問題だった。

 ……しかも、死体の下には銃だって転がっている。

 私とカメリア、同一人物の指紋がたっぷりついた銃が……。


 ──こんなの、どうしたらいいの……?


 ハァハァと荒い息を整えようと必死に呼吸を繰り返している体は、今更ながらに恐怖心から細かく震えていた。それは腕も同じだったし、足も同じだった。全身が、まるでおかしな病気にかかったように激しく、そして細かく震えていた。


 ──怖かった。どうしようもなく、怖かった。


 目の前に『死』というものが、ここまでリアルに迫ってきたことはなかった。

 これまでの人生の中で、これほどの経験はなかったように思う。

 ……私は人を殺した。

 この手で明確な殺意をもって。銃を使って、カメリアを殺した。

 一度目は無意識だった。……でも、二度目は半ば意識した状態で引き金を引いた。

 その自覚があるから……。

 自分が死にたくないからって理由で殺したことを、自分が一番よく分かっていたから。

 ……だから、怖かったんだと思う。


 正当防衛の文字が頭の中を駆け巡る。

 過剰防衛の文字も思い浮かんでくる。

 他にも殺人、自殺、致死傷害罪、自首、逃走、高飛び、引っ越し……。

 次から次へと、いろいろと思い浮かんでくる。

 人間という生き物は、随分とズルくて、意地汚くて、性根が腐っていて、面の皮だって分厚いようで……。こうして何とか無事に生き延びたらしいと理解したなら、次にはどうやって、この人殺しの罪から逃れるかなんて馬鹿なことを考え始めている。

 この手で人を殺したのは確実なのに。

 それが自分自身かどうかなんて関係ないはずなのに。

 それなのに、私は……。

 どうやって彼女を殺したことから逃げようかなんて、下らない上に汚い事を考えている。

 ……本当に、本当に、なんって馬鹿な女なんだろうって思う。


 ピッ。


 そんな時、私の耳に、電子音が聞こえた。


 ピッ。


 また。


 ピッ。……ピッ。……ピッ。


 ……何の音だろう。

 脳の一部がしびれて動かなくなったような感覚だった。

 ぼんやりと、あかね色に染まりつつあった朝の空を眺めながら。

 そんな私がなんとなく目を死体に向けたのは、その音の出処がどこなのか分かっていたからなのかもしれない。


 ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。ピーーーーーッ。


 変な電子音を立てていた首輪は、最後に甲高い音を立てて。


 ボシュン!


 ……目を焼いたのは、青白い光だった。

 まるでカメラのフラッシュを使ったような感覚で。

 ほんの一瞬の光りが、カメリアの死体をすっぽりと包み込んだと思ったら……。

 奇麗さっぱり、そこから何もかもが消えてしまっていた。

 それを見届けた私は……。


「……やっぱり、爆弾だったんじゃない」


 コツンと頭を壁にぶつけながら。

 私は、また目を空に向けていた。



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