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6.もう一度教えて


 あなたは誰なの?

 そんな数時間前にも口にした問いにカメリアは苦笑混じりに答えてくれた。


「私は、私よ。アナタがアナタであるように」


 あの時には言葉の意味が分からなかった。でも、今なら少しは分かる。分かる気がする。


「不思議の国のアリスに、そんなひねくれた答え方をする生意気な猫が居た気がする」

「そうだったかしら。……まあ良いわ」


 カメリアの目の力が増した気がする。重要な言葉だから、聞き逃すなというようにして。


「私の名前はツバキ。……アナタと同じ顔を持ち、同じ名前を親から与えられた存在。こことは少しだけ違う歴史を歩んだ別の世界、となりの時間軸からやってきた"もう一人の私"よ」


 今の私の知識レベルにあわせた自己紹介。あの時には意味の分からなかった言葉が、今はこんなにすんなりと理解できる。


「どういう意味なのか、今度はもう少し詳しく教えてくれる?」

「ええ、いいわよ」


 私たちは同じ"位相"を持つ同一人物。だから、同じ顔をしているのだし、同じ名前を親から与えられた。両親の名前も同じなら、友だちの名前だって同じ。……なぜか? それを彼女たちの世界の言葉で説明するのなら「"位相"が類似値を示しているから」とでもなるのだと思う。


「私たちが似ているのは位相が近いから。こことは別の時間軸、別の歴史を歩んだ世界で生まれたツバキが私であり、この世界の時間軸、この世界の歴史の中で生まれたのがアナタ。だから私たちは二人とも、同じ存在……。同じ位相をもつ、同じ存在。二人ともツバキなのよ」


 あの時にはただの電波な会話だったのにね。……今ではなぜかよく分かる気がするわ。


「"位相"が重なっている部分があるから私たち二人はそっくりなんであって、完全には重なっていないから、こんな風に別々の存在で居られる。……だから、こうして二人が同時に、この世界で別々の存在として個別に存在し続ける事ができているって意味よね?」

「ええ。その理解で合っているわ」


 そう、ここまでは教えてもらえた。ここまでは間違いなく、正しいはずだった。でも、私にはまだ教えてもらえていないことがあるんだと思う。


「"位相"が違いすぎる世界の話もしてくれたよね?」

「人間が生まれて来なかった、あるいは居なくなってしまった世界を見つけた時の話ね」

「その世界はアナタたちにとってはいろいろと都合が良かったんでしょうけど、"位相"が違いすぎる弊害って何かなかったの?」

「もちろん、あったわ」


 元の世界との違い。それは歩んできた歴史の違い。分岐点となる出来事から枝分かれして、全く異なる歴史を歩みだした世界、それは可能性の世界。歴史の分岐によって生まれた差異。それは時間と供に広がっていきながら決定的な違いとなっていく。それが"位相のズレ"と呼ばれているモノの正体だった。

 人類の発生の有無なんていうとてつもなく大きな歴史の違いを分岐点にした位相のズレは、やっぱりというべきかすさまじいものだったらしく、地下資源の在り処などにもいろいろと影響を与えてしまっていたのだそうだ。

 端的に言えば、油田の位置が全然異なっていたり、地下資源の分布図が全く異なっていたりと、下手したら大陸の形すらも一部違うといったありさまで、大まかにしか頼りにならない地図を頼りに、もう一度最初から情報を集め直さなきゃいけないっていったありさまで、表面上はそっくりなのに、その中身は全くの別世界に近い状態だったらしい。


「そこは私たちに与えられた最上級のフロンティアでありながらも、その世界はもっとも人的、あるいは時間的なリソースを無駄食いする厄介極まりない世界でもあったの。かといって、まったくの手づかずの状態な貴重な資源の山を前にして、それを無駄に手間暇がかかるからなんていう下らない理由から手放すという選択肢はとれるはずがないのよね。……結果、大赤字になりながらも開発していくしかないって状態に陥ったらしいわ。いろいろな意味でドツボにハマったって感じだったらしいわね」


 その世界に高度な知的生命体による文明のような物が存在しなかったことで、異世界人は何から何まで全て自分たちの手でやらねばならなかったということなのだろう。つまり、端的に言ってしまえば、先住民がいなかったせいで必要以上に初期投資などのコストがかかってしまって、うまみが薄くなってしまったということなんだと思う。


「程度の良し悪しもあるのね」

「そういうことね。何事もほどほどが肝要ってことなんだと思うわ」


 その世界が見つかるまでは「現地人が邪魔だなー」とか「何、勝手に俺たちの資源を無駄遣いしてくれてんだよ」ってみんな好き勝手に文句を言ってたのに、いざ現地人が一切いない理想の世界が見つかったら、今度は何から何まで自分の手でやらなくちゃいけなくなって、こんなのやってられっかーって最後にはサジを投げるんだもの。皆んな、自分勝手すぎるよね。

 そんなカメリアの笑い話にも、やっぱり何かしらのヒントは隠されていたんだと思う。……現地人、か。カメリアの世界では、私たち異世界で暮らす人類のことを現地人という言い方をしていて、結構、邪魔に感じていたり……。多分、ううん、ほぼ確実に見下していたりするって事よね。

 ……さてっと。そんなことよりも……。そろそろ、一番肝心な質問にいくとしよう。


「カメリア」

「なに?」


 もう、彼女も何を聞かれるのかは予測しているんだと思う。硬い笑みを浮かべる彼女と向かい合いながら。私は、はっきりと、その問いを口にする。


「位相について、もうちょっと突っ込んだ質問していい?」

「どうぞ」

「位相がズレ過ぎてるといろいろと面倒くさい事になって都合が悪いことが多いから、程よくズレてると位のほうがいろいろと都合がいいってことは理解できた。……できた気がする」

「そう。……それで?」

「逆の場合は、どうなの? 位相のズレが小さすぎた場合には、どんなデメリットがあるの?」


 その質問にカメリアは何も答えなかった。答えられないって事は答えたくないってことなんだと思う。あるいは、答える事ができないってこと。……つまり、それが答えだったんだと思う。


 ──ついに核心にたどり着いた。


 そんな実感が。根拠は薄くても不思議と確信のようなものがあった。カメリアの不思議な言葉の数々も、意味のわからなかった行動も、もしかすると……。いや、間違いないはず。それを確かめるために、彼女は、世界の壁をこえてきたんだ。


「答えられないってことは、これって重要な事だったってことよね」

「……そうかもしれないわね」


 どちらとも取れる緩やかな否定混じりの肯定。でも、答えるまでの間が、全てを物語っていた。


「アナタは多分、それを確認するために私に……。この世界にいる、もう一人の自分に会いに来る必要があった。……たぶん、直接接触することが……。何か事情があって、自分の手で私に触れる必要があった。……それがアナタの任務の正体だったんじゃない?」


 その目的は、多分だけど、私と会って……直接体に触れることだけだった。それで、何かを確認しようとしていたんだと思う。……たぶん、その方法でしか位相の違いの大きさが十分かどうかを確認することができなかったんじゃないのかな。そんな私の言葉を聞いたカメリアは、口元に大きな苦笑を浮かべながら、両手を上げて降参のポーズをとって見せていた。


「よく、この短時間で、そこまでたどりつけたわね」

「散々ヒントを出しておいて、そんなこと言うの?」

「まあ、いろいろと示唆はしてたけど……。でも、答えにたどり着くのが予想より大分早かったわ」


 すっと手を胸の前で組んで、口の笑みを片頬だけのものに変えながら。……たしか、両腕を胸の前で組むポーズって、相手に対して強い警戒心とか敵対心を抱いた時だったっけ……?


「でも、やっぱり駄目。アナタ、頭の回転は悪くないみたいだけど……。馬鹿ね」

「馬鹿は余計よ」

「いいえ、馬鹿よ。……ホントに馬鹿。私と同じで、本質的な部分でお馬鹿ちゃんだわ」


 口元の笑みを大きくしながら。


「そこまで分かったなら、黙っていれば良かったのに」

「このまま帰したら、何か大きな問題が起きる気がしたから……」


 カメリアは、私がさっき指摘した彼女の狙いが私との直接的な接触だって部分については否定も肯定もしなかった。それはつまり、私の指摘通りって意味なんだと思う。そして、そこまで分ったなら、そこから先の展開をある程度予測することもできる。

 位相が程よく違っているのを確認できたら、きっとカメリアの世界の人たちは、こっちの世界への進出なり干渉を本格化させるんだと思う。……私の予想が正しかったら、多分、こっちの世界の資源とかを目当てに、植民地化するために侵略を開始するはず……。


「大きな問題、ね。……良い勘をしてるわ」


 でも、これを直接彼女に聞くことはできない。リスクを犯しながら、少しずつ少しずつ情報をリークしてくれたカメリアの本当の狙いを……。彼女が何を思って、こんな危なっかしい綱渡りみたいなまねをしていたのか、それを察しなきゃいけない。それを察したなら、彼女の本当の思惑も見えてくる事になるはずだから。……だから、彼女は、多分……。


「やっぱり。……何か問題が起きるのね」

「起きないわ。この程度のことで何か起きるわけがないでしょ。……たとえ、それが本当だったとしても、それについては詳しく教えてあげる事はできないんだけどね」


 カメリアは、暗に『そうだ』と認めながらも表面上、言葉上では強い口調で否定してみせる。……彼女の立場上、今の私の言葉は否定するしかない。だけど、私に変な勘違いをして欲しくなかったから。一番肝心な部分を……。このままカメリアを元の世界に帰したら、私たちの世界にとって取り返しのつかない事態になるってことを私に再認識させるために……。その部分だけは勘違いするなと伝えるために、カメリアはぎりぎりのラインをわずかに踏みこえて、本当のことを口にするという冒険に出るしかなかったのかもしれない。


 ──大丈夫、分かってるから。


 私は目に力を込めて、これ以上カメリアがムチャなまねをしなくて良いと伝えようとする。それはきっと彼女にも伝わったのだと思う。小さくタメ息をつきながら肩の力を抜くと、カメリアは強張った体をほぐすようにして肩を大きく上下に動かして見せていた。


「……曖昧ね」

「まあね」

「私、お馬鹿ちゃんだから、どっちなのかはっきり教えてくれない?」

「さっきちゃんと教えたでしょ? 問題ないって。……私が問題ないって言ってるんだから、信じなさいよ」

「む~」


 互いに、誰かが聞いてる事を前提にした上での会話。必然としてさっきの言葉で私が勘違いを起こしているというポーズを取る必要があった。


「……機密保持上の何とかってヤツ?」

「そんな感じかな」


 それじゃあ……。と、ここで引く姿勢を見せながら。


「その件についてはもう根掘り葉掘り聞いたりしないから、代わりに位相のズレについての方を詳しく教えてもらえる?」


 その私の言葉に頬の笑みが深くなる。……どうやら彼女の望んだ方向に話を変える事ができたみたいね。


「位相が一定値以上ずれていない場合のデメリットだけど……。私たちの経験則上の教訓では、いろいろと互いの世界同士が過干渉を起こすことが確認されてるわ」


 シンクロニシティ、共鳴現象、あるいは連動作用現象……。位相のズレが少ない異世界で起こった出来事は、類似した世界に影響をまき散らかしながら可能性を収束させる事が確認されている。……それは偶然の必然として、他の時間軸をもつ世界が連動するようにして、その出来事に巻き込まれていく事を意味しているのだそうだ。


「たとえば、この世界で第三次世界大戦が発生して、核攻撃によって世界が滅びたなら……」


 その影響が他の世界にもおよぶのだとすると……。


「何らかの『偶然の結果』として、類似した時間軸の世界、位相の近い世界は巻き込まれて、同じように人類が滅びることになるわ。……戦争で死ぬことになるのか、それともエボラなどの凶悪な致死性の高い伝染病が広がっていくのかは分からないけれど」


 その影響から逃れる事は基本的にはできないのだそうだ。


「……これまで不思議に思ったことはない? なぜ人はある日、いきなり突然死するのかって。……ある日、いきなり心臓に問題が起きて死んだり、ある日、いきなり意識を失って亡くなったり、ある日、いきなり事故に巻き込まれて死んだり、テロに巻き込まれて死んだり、流れ弾にあたって死んだり、食あたりで死んだり……」


 これまで、その偶然の結果を運命論の世界に答えを委ねられていたのだけれど。


「違うのよ。……ほんとうの偶然で死ぬ確率なんて、本来は、そんなに高いものじゃないの。人がなぜ、ある日、いきなり死んだりするような目にあうのか。……答えは簡単だったのよ」

「……位相が近い異世界に生きていた自分が死んだから?」

「理解したようね」


 位相がわずかなズレしかもってなかった場合には、世界は位相のズレを何らかの偶然の結果によって強制的に補正し、枝分かれして分裂していた可能性の世界を元の一つの流れに……元通りの一つの世界に収束させようとするのだそうだ。

 彼女たちの世界では、それは可能性の補正力と呼ばれているらしい。つまるところ、どこかの可能性で分岐した世界で私が死んだら、類似した位相の世界でも私が死んで、新しい分岐が起きないようにしているのだろうし、それによって類似した世界を元通りの世界に戻そうとする力が働いているということなのだと思う。

 そんな訳の分からない仕組みを分ったような分からないような感じで悩んでいた私だったが、物すごく簡単な思考モデルとしてカメリアが教えてくれたのは『今日のオヤツ』という物だった。


「ママが今日のオヤツとしてケーキを用意してあったとして、アナタは、それを食べる可能性があるのと同じだけ食べない可能性がある。食べた場合と食べなかった場合で世界が分岐するのは分かるわよね?」


 まあ、存在するのと、存在しないの二つに分かれるわけだから……。


「世界は、その分岐によって枝分かれした世界を元に戻そうとするの。……どうするか? 簡単よ。そのケーキをママが食べちゃえば良いの」


 その結果、ママと私の摂取カロリーに差は残るものの世界は再び一つに戻るべく収束を始めるのだそうだ。


「摂取カロリーの差はどうなるの?」

「体が自然に消費カロリーを調整してごまかしにかかるか、もっとストレートにケーキを食べた人は晩ご飯を無意識のうちに減らすんでしょうね」


 つまりは、そういう微調整によって世界の分岐が無限大化しないように抑制されているということで、その調整力や補正力によって世界をまたいで人の生き死になどまで調整されているということなのかもしれない。

 それは可能性が無限に広がる事を防ぐためのシステムなのではないかと彼女たちの世界では考えられているらしい。


「その補正力にとらわれたくないなら、どうすればいいと思う?」


 補正力の届かない世界にだけ手を出すようにすれば良い。つまりは、そいうことなのだろう。



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