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5.何をしに来たの?


 小物類は腰のポシェットに放り込んで、かさばる銃は腰の後ろに差して。

 嫌になる程に、そういうカッコイイ映画みたいなしぐさが様になるカメリアが、明るい色の私の服を着ているのはやっぱりどこか違和感が強かったのだけど、腰回りの物騒な品々を厚手のセーターで被い隠してしまえば、そこには私とそっくりな一人の女の子しか居なかった。

 こうして見たら、やっぱり私なんだよなぁ……。と、変に納得していたら、適当に髪型をいじって度の入っていない伊達眼鏡をかけたカメリアに笑われてしまった。


「そんなに変?」

「ううん。やっぱり私なんだなぁって、今更ながらに、ね」


 玄関の郵便受けの上あたりに磁石か何かで張り付いていたらしい黒い箱のような物……。あれがウッディー・ノッカーなのかな? それをあっさりとはがしてポケットにしまいこんだカメリアは、私を先導するようにしてマンションのエスカレータに向かっていた。


「鍵はかけた?」

「うん。大丈夫」


 そういえば、なんでカメリアって鍵をあけて入って来なかったんだろう。……彼女の世界の技術力なら、いくらカードキータイプの鍵といっても簡単に開けられそうなものなのに。


「旧式のシリンダータイプか、磁力式のヤツ程度なら道具があるから大丈夫なんだけど、さすがにカードキーになるとね……。手持ちの道具だけじゃどうにもならないし、その気になれば、自分から開けてみたくなる気にもさせられるから……」


 持ち込める道具のサイズと数に制限がある以上は、ある程度以上は自分で工夫なり何なりしてどうにかするしかないってことなのかもしれない。道具の現地調達も同じ。通貨なしに道具を現地調達するのって実は大変なんだとか。


「通貨の現地調達……」

「平たく言えばカツアゲ。金持ってそうな人を狙って、チョチョイっとね……」


 お金持ってそうなオジサンを二人きりになれる場所に誘い込んで、力ずくでお金を巻き上げるって感じの手口らしい。……う~ん。あんまり人と同じ顔でムチャしないで欲しいんだけどなぁ……。まあ、格闘技の訓練とか普通に受けてそうだし、銃だって持ち込んでいる以上は、そのへんは"その気"になればどうとでもってことなんだと思う。……それに、カメリアってかなり強そうだから、素手でもどうにでもできそうではあるんだけどね。


「異世界探索って仕事も楽じゃないみたいね」

「ホント。楽な仕事ってないよ……。嫌なことばっかりしなきゃいけないしさ……。かといって、存在自体が機密の塊みたいなモンだから、今更辞める訳にもいかないしさぁ……」


 向こうの世界の国家事業レベルの仕事に従事している以上は、カメリアの立場って実はスパイ映画とかに出てくるような秘密情報員とかのレベルなんじゃないかって気がする。……つまり、辞めたくても辞められないような、頭の中の情報がすごく重要って類の人間で……。映画とかでは、そういう立場の人が仕事を辞める時には、往々にして……。


「好きでこの仕事始めたわけじゃないのに、辞めるに辞められない立場に追いやられた上で、変な訓練を何年も受けさせられたし、しまいにゃ一人で頑張ってこいって放り出されるしで……。ロクなもんじゃないわ」

「やめればいいのに」

「ほんと、そう思うんだけどね……。辞めるなら、記憶の消去、存在の抹消、死亡の認定。……この三つのうちから、好きなのを選べって言われても……。ねぇ?」


 記憶は消えても監視がつくらしいし、その他の選択肢は死亡確定だしで、結局は死ぬまで危険な仕事に従事するか、組織内の男性と職場結婚とかして現役を引退して内勤に転向して後輩を指導する立場に立つか程度の選択肢しかないんだそうだ。


「この仕事についたの、後悔してる?」

「どうかな……。運は悪かったと思う。でも、ツバキに会えたのはうれしかったけどね」


 最後の言葉はうれしそう。でも表情は逆だった。すごく辛そうな……。今にも泣き出しそうな顔をしていた。……なんで? 今の会話で、なんでそんな顔にならなきゃいけないの? なんで、カメリアはこんな顔をしてるの? 会話と表情が全然合ってない……?


「も、もう、会うことも、ないと、思う、けど……」


 言葉がワナワナとなってしまったせいか、カメリアは口をギュッとかみ締めて、涙があふれ出しそうになるのを我慢してる風だった。


 ……何かが変だった。なんだろう、この強烈な違和感。

 カメリアはなぜ、こんなに辛そうな顔をしているんだろう。部屋に無理やり入り込んできて、私のことを無理やり抑えこんで、黙らせて。身の上話じゃないけど、自分の世界のこととか昔話とか、UFOとかの話を延々として……。

 カメリアは、ここに、何をしに来たの? 本当は、何が目的だったの? その首輪は何?

 いろんなことを聞いた気がする。……でも、カメリアはあまり本当のことを教えてはくれていない。確かめた訳じゃないけど、そんな気がする。カメリアは、わざとらしくウソをついているようにしか見えなかった。


 ──なぜ、ウソをつくの?


 そう、そこをもう一度考えなきゃいけないって。そんな気がする。


「……私に会いに来たんだよね?」

「コッチの世界にも私がいるんだって思ったら、どうしても見てみたかったから……。だから、目的は達成。何の心残りもなく帰れるわ」


 カメリアは言っていた。自分がやってることは国家事業……。星や国をあげてのレベルの巨大事業の最前線な大仕事なんだって。その目的は何だった……? たしか、近くて遠い"異世界"。自分たちの世界とほとんど同じだけど、過去に歴史が枝分かれして別々の時間軸を歩くようになった"自分たちの世界と似ているけど違う世界"の探索。たしか、そう言っていた。それが、カメリアの仕事であって、その仕事の中の任務で、カメリアはこっちの世界の私……。こっちの世界の自分に会いに来た……?


 ──私に会うのが目的だって言ってたはず……?


 いや、まった。よくよく考えてみたら他の目的って何も言ってない気がする。何かのついで来たのかとずっと思ってたんだけど、よく思い出してみても主目的が何かなんて言ってなかった。言う必要がなかったって事なのかもしれないけど、それでも何かのついでに来たって風じゃなかった。そんな風に言ってない気がする。


 ──私に会うこと『だけ』が目的だった……?


 信じられないけど、もしかすると……。いや、その可能性はあった。でも、なぜ? なぜ、私だったんだろう……。なんで、カメリアは私なんかに会わないといけなかったの……?


 ──私に会って、"何か"を確かめるのが目的だった……?


 唐突に浮かんだ発想。ずっと、何かのついでに会いに来たと思ってた。別の仕事のついでに、最後の余った残り時間を有意義に使うために、こっちの世界の私に会ってみたかったんじゃないかって。……でも、それはおかしかった。何か……。そう、違和感があった。

 カメリアって、なにげにハードな世界で生きてるみたいなんだよね。それこそ、裏切ったりしたら即殺される、みたいな。私から見たら冗談にしか思えないような、ハードボイルド小説じみた世界に。そんな信じられないくらい厳しいルールのある世界で生きてる子なんじゃないかって気がする。それくらいすさまじい費用がかかる仕事に従事してるってことなのかもしれない……?


 ──そんな子が、仕事中に、こんな余計なまねをする……?


「……なに?」


 そんなこと、するはず、ない!?


「……ううん、なんでもない」


 カメリアはちゃんと教えてくれてたはず。彼女たちの世界のUFO、観測機ってヤツがそうそう地上に降りてこないのは、撃墜を警戒している以上、高度を下手に下げるのが一番のリスクだからって。ちゃんとデータをもって帰る事が一番の目的な以上、余計なリスクは何一つ犯せないし、安全性を犠牲にする行為を自発的に取るはずがない。そう考えているはずなのに。

 それなのに……。そんな命がけのハードな仕事の真っ最中に、こんな余計なまねとかしてる暇があるはずがない。……そんな甘っちょろいことを考える事自体が許されるような雰囲気の仕事じゃないはずだった。でも、そうなると……。


 ──これも仕事の内だった?


 少なくとも、そうとしか思えない。

 カメリアは私に会って"何か"を確かめる事が仕事だったんだと思う。ここまではほぼ間違いないはず。主目的の有無は抜きにしても……。彼女には、何か目的があったはずだった。……そして、今、何を確認したのかまでは分からないけど、仕事が終わったから、制限時間内にお迎えが来る場所なり、待ち合わせの場所なりに向かっている?


 ──多分、そうなんだろうと思うんだけど……。


 一つだけ確かな事がある。それは多分、彼女は最初から全て予定どおりのスケジュールで動いているってこと。根拠はあるのかといえば……。一応は、ある。

 カメリアは最近、私の行動を観察していたらしい。確か、そんな風な事を言っていた。UFOを見たことあるよね、昨日の夜って。……あれは多分、別の意味もあったんだと思う。

 ずっと私のことを観察していた。少なくとも、昨日の夜に観察対象だった私に逆に気付かれるまで、ここ最近の私の行動パターンをずっと調べていたって事なんだと思う。つまり、今夜、カメリアが私の部屋を来訪したのは偶然でも何でもなく、入念な下調べの上での行動だという可能性が高い。そして、あの時……。カメリアは、自分の腕時計で今の時間を確認していた。

 回収の時間を気にしていた可能性もあるけど、それでも残り時間を気にするよりも今の時間の方を気にしていたってことは、やっぱり何かしら予定が最初から組まれていたって意味もあったんだと思う。つまり、彼女は最初からタイムスケジュール通りの行動をとっていた可能性が高い。

 ……そうだとした場合に、やっぱりカメリアの行動には変な部分が多かった。絶対に会わなきゃきゃいけない相手に無理やり部屋に侵入すうようなまねまでして会ったのに、ただ話を聞かせて、おしゃべりして、何もせずに帰ろうとしているなんて……。


 ──何もせずに? ……ううん、もう済んでるんだと思う。


 根拠は薄いし、ただの直感だけど、そんな気がする。


 ──でも、何をしたかったの? 何を確かめなくちゃいけなかったの?


 分からない。でも、きっとカメリアはヒントを私にくれている。そんな気がする。彼女はいろいろと私に教えてくれた。でも、それはよくよく考えたら変だった。なぜ、そんなことをわざわざ私に教えたの? カメリアは何をしたくて私にいろんなことを教えたんだろう?


 ──何かを伝えようとしていた?


 唐突に思いつく。連想ゲームのように、いろんなカメリアの言葉が……。その言葉の端々から見え隠れする冷たい"何か"。言葉ではうまく表現がしづらいのだけれど、何か違和感みたいなものを私はずっと感じていたはずだった。


 ──何かを感じ取ってほしい。


 そう、訴えていたんじゃないかって気がする。……ずっと不思議だった。カメリアは何のためにこんな話をしているんだろうって。まるで質問には答えてくれなかったけど、時間内にどうしてもひと通りの話をしとかなきゃいけないって風に。ずっと、カメリアは私が興味を持ってようと、持ってなかろうと、一方的にしゃべって、話を聞かせていた。

 逆にいえば、それは絶対に聞いておかなければいけない内容だったのかも。あるいは……何かを伝えようとしていたのか。だとすると、あの話の中にカメリアは本当に伝えたい言葉やキーワード、ヒントを混ぜたり隠したりして教えてくれているはずだった。

 ……思いださなきゃ。カメリアは自分のことを何って言っていた?


『私の名前は長谷川椿。アナタと同じ名前で、同じ顔した"別人"よ』


 そう。確か、こんな感じのあいさつだった。その後、UFOとかの話をして……。……ん? その前に確かカメリアって……。


『いきなり変な事聞くけど、ツバキってUFOを見たことあるわよね?』

『……ないわ』

『いいえ、あるわ。というか、あるじゃない。つい数日前の夜十時過ぎに』

『……確かに会社の帰りに見たわ。……でも、なんで、そんなことを知ってるの?』

『だって、アレって、私がツバキのこと"みてた"からだもの』


 そう確か、UFOから私のことを見てたって言ってた。だから、私の部屋の位置とかも分かったんだって納得してたけど。……でも、あのとき見ていて、今、こうしてカメリアが私に会いに来るのが仕事だったのだとすると。


「……いい天気ね」


 雲のほとんどない夜空は朝が近いせいか、全体的に群青色に変わりつつあった。……よくよく目をこらしてみると、空にはまだ明るい一等星が瞬いているようにも見えるし、そんな中で視線を横に向けると、そこには同じように空を見上げてくれているカメリアが居て。……そのぼんやりしているようで、さりげなくただ一点だけを見つめている視線を追ってみた先には、群青色の空にまるでインクの玉を落としたかのようなポツンとした黒い点があった。


 ──あれが観測機。もしかすると向こう側からの"のぞき穴"なのかもしれないけど。……たしか、カメリアは言ってたはず。自分たちの前に現れた未来人は黒塗りの"船"に乗ってたって。


 空の黒い染みの意味を。私たちの……。主としてカメリアの置かれている状況というものを、私はほぼ間違いなくつかんだんだと思う。そして、ずっと感じていた違和感の正体が、私の中で解決した気がした。

 やっぱり、あのサイズで世界の壁をこえて通信なんてできるはずがなかったんだ。でも、通信機とかの機能はしっかりと備えていたんだと思う。つまり……。


 ──この会話は向こう側に筒抜けになっている。


 背筋がゾゾッと冷えた気がした。実際、どの程度、向こう側に情報が漏れているのかは分からない。だけど、会話内容とかは残さず向こう側に伝わっていると考えておくべきだった。


 ──感じ取って。


 何気なく向けられた視線は、その表情ほどには笑ってなくて。


「……アナタは、誰なの?」


 私は数時間前と同じ同じ質問を口にしていた。



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