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4.疑問と問答と焦燥


 カメリアは自分は巨大な資本が投入される世界規模の組織の事業、いわゆる公共事業みたいなものによって世界の壁を乗りこえてやってきたと言ってた。はっきりと、そう名言している訳ではないが、これまでの話を総括すると、そういった話の内容になるのだと思う。そして、彼女はめったに自分たちが地上に降りないとも言っていた。わざわざ、そんなリスクをおかしてまで危険な目に会っていいほど自分たちの命は軽くなかったし、任務だって安くはないということなのだろうし、下手にこっちの世界の偉い人たちに自分たちのやってることを知られたらいろいろと面倒な事になるとでも考えているのかもしれないって思っていたのだけど……。


「カメリアの話って、すっごく大きな矛盾があるよね」

「矛盾って?」

「世界をこえるためには"すごく大きな力"が必要になるんじゃなかったの?」

「そうよ。そのせいで誰でも彼でも送り込めるって訳じゃない。私一人をこうして送り込むだけでも滅茶苦茶お金かかってるんだから」


 私たちがスペースプレインで宇宙に旅行に行くのにかかる費用の数倍のコストを投入して毎回、UFOこと彼らの言う観測機とやらを自分たちとは異なる時間軸、こちらの世界に……。時間の壁をこえた場所にあるらしい私たちの世界に送り込んでいる。そう説明を受けたからこそ、なお疑問に感じられたのかもしれない。


「だから、カメリアの説明に疑問に感じたの。……世界をこえるのには膨大な出力が必要で、それを絞り出せる高性能のエンジンを積んだ観測機でないと元の世界に帰れない。だから観測機が必要で、それに乗らないと行ったり来たりはできないはずなのに」


 チラリと視線を向ける先には薄く笑みを浮かべたカメリア。その首をにらむようにして。


「世界の壁をこえるには、すごく高出力のエンジンとかが必要になるんじゃなかったの?」

「……そうね」

「だったら、観測機なしで世界の壁をこえる事ができるとは到底思えない」


 カメリアの首、そこにはまっている首輪を指さしながら。


「さっき、その首輪はひも付きだって言ってたよね? それが0になったら強制的に連れ戻されるんだって……。だから、観測機に乗って来てないって」


 話を聞いた時に、最初はビーコン……。定期的に信号を送ってる無線標識みたいな物なのかなって思った。向こうの世界から、こっちの世界のカメリアの位置を探るGPSみたな物で、時間がきたら「ここにいるよ!」って向こうに信号を送って、その位置に"穴"をあけて向こう側に無理やり連れ戻すみたいな……。

 多分、そんな仕組みの機械なり道具なんじゃないかって……。そう、のんきに考えていたんだけど。でも、よくよく考えてみたら、それっておかしいって事に気がついた。


「世界の壁をこえて信号を送るのって、多分ものすごい出力が必要なんじゃないの? それにしては、ちょっとサイズが小さすぎるんじゃないかって思ったの。いくらなんでも、そのサイズで世界の壁をこえて信号を送れるほどの出力は無理なんじゃないかって。……それにわざわざカウントダウンをし続ける意味も分からなかった」


 わざわざカウントダウンなんてしなくても、あらかじめ何時何分に帰還するって予定が最初から決まっているんだから、その時刻になったら自動的に作動して位置を知らせれば済むんじゃないのって……。なぜ、こんな風にわざわざ残り時間を外部に対してアピールし続ているのかって……。こんなの、まるで「残り時間を誰かに見せつけてる」みたいじゃないかって。


「そこまで考えた時に少しひっかかったの。この表示は、果たして"誰"に対して"残り時間"を見せつけてるんだろうって……」


 デジタル表示の時間は"01:35"。カメリアに残された時間は、もう二時間を切っている。


「まだるっこしいのは嫌い。……ツバキ、あなたの考えをストレートに聞かせて」


 さあ、正念場だ。……ゴクリをつばを飲んで。はっきりと言葉で疑問を口にする。


「その首輪、本当は爆弾なんじゃないの?」


 そう、私の出した疑念と結論を伝えた。


「……どうして、そう思ったの?」

「いくらなんでもネックレスにしては武骨過ぎるでしょう? ……ビーコンとかGPSなら、腕輪とか足輪とかでも良かったんじゃないの?」

「その位置だとケガや事故で破損したり喪失する可能性があるわね」


 それに手首や足首だと最悪、その気になったら物理的に切り離すことができる。その理屈も言われてみれば確かにそうなんだけど……。それに、首につけておけば壊れたりなくしたりはしづらいだろうって理屈も一応は筋が通ってる気がするけど……。でも、やっぱり、何か無理がある気がする。


「なんで首輪なのかって理由は他にもあるの。一定以上の質量とサイズが必ず必要になるし、形状は必ずリング状って技術的な制限もあったから……。それに捨てられたら困るって問題が根本にあったから、服の方に機能を仕込むって訳にも行かなかったのよ」


 人権などを無視した手段を使っても良いなら体内に……。それこそ、初期の頃は心臓の部分に大きなリングを埋め込んでいたから、その方法もないわけではないらしいのだけど……。

 さすがに、そこまでは今の時代では世論というヤツが許さなかったそうだし、被験者の肉体的なダメージと後遺症が無視できないレベルで残ってしまうなどの理由から廃止されるに至って、いろいろと実験と検証を重ねていった結果、良くも悪くも昔ながらの方法に……。はるかな古来からあった負の遺産、奴隷制度があった時代から存在していたらしい逃亡防止策の実績に基いて、この首輪による方法に最終的には落ち着いたのだそうだ。


「先人に学べなんてよく言うけどさ。まさか何百年も前の悪知恵が今の時代に役に立つなんて誰も思ってなかったでしょうね」


 そう言いながら、カメリアは首輪を指でつまみながら苦笑を浮かべる。


「このサイズでなんで世界の壁をこえて通信できるだけの出力を出せるのかって部分は、まあ……。未来人の技術提供による品だからとしか言いようがないんだけどね……」

「……首に付けさせる理由って、そこなら簡単には外せないからってこと?」

「まあ、そういうことなんでしょうね。実際問題としてバッテリー代わりに使われてる物質が結構危ない代物だから、無理やり外すようなムチャなまねしたら、かなり危ない事になると思うわ。でも、時間がきたら爆発なんてしない。そう簡単に壊れるような代物でもないから、そういう部分ではあまり心配はいらないかな。……まあ、そんな訳でこういうデザインの首輪にせざるを得なかった訳なんだけど、おかげで残り時間とか見づらいのなんのって。手鏡とかいるのよ? 不便でしょうがないわ」


 そう笑うカメリアの姿からは悲壮感など欠片も感じられないのだけど。……でも、本当にそうなの? その位置なら簡単に致命傷を与える事ができるからじゃないの……?


「大体、首に爆弾なんか巻いてて、残り時間もあと少しなのよ? それなのに、こんなに平然としていられるはずがないでしょ?」


 まあ、そうなんだけど……。でも、どうしても納得ができない私が居る。


「ツバキって、私が死ぬこと前提でこっちに来たと思ってたんだ?」

「わからない。でも、たった一人でコッチ側に……。異世界に飛び込む事になるカメリアに何が何でも目的を達成させたいって思ったら……。与えた仕事への絶対の強制力を与えようって思ったら、どういう方法が一番確実なんだろうって思ったの。そうしたら、自然とそういう答えにたどり着いちゃったの」


 それを達成できないと死ぬ。だから死ぬ気で頑張れ。……自分でも怖い考え方だと思うけど。


「もし、ツバキが私と同じ立場になるとしたら、そこまでされないと必死になって目的を達成しなくちゃって気持ちにならないだろうって?」


 どうだろう。むしろカメリアに首輪をつけさせた人たちの思いじゃないのかな……。首輪を外したくないと思わせたい。外すことに恐怖心を感じさせたい。あとは、必死になって頑張らせたい。何が何でも帰ってくるという気持ちにさせたいかな? そういった気持ちを無理やり、カメリアの中に埋め込みたい。そういう時に、一番確実な方法はなんだろうって考えたんだと思う。


「何が何でも目的を達成させる。最悪でも予定時間までに絶対に回収地点まで帰ってこさせる。そういう行動を絶対に取らせようって思ったら……。あとは、失敗を前提に考えておかないとって思ったら……」

「だから、首に爆弾、か。……ふーん。なるほどねぇ。……まあ、なかなか面白いし、意外に良い手だとは思ったけどね。……人権とか、倫理とか、人道的見地とかいう面倒くさいアレコレとか、そういったのを全部見ないふりをしたら、だけどね」


 自分でもひどいことを言ってるという自覚はあった。向こうの世界の人たちを危険視しすぎてるって自覚も、一応はあった。……でも、あのサイズで世界の壁をこえて通信させる事ができるって言われてもイマイチ信ぴょう性がなかったし、あのサイズでも、ものすごく頑丈な爆弾を作れますって……。タイマーをつけておいて、任務失敗時には自動的に証拠が……。首から上が吹っ飛んで証拠が隠滅されますって言われたら。……その程度なら、まだある程度は納得できるって気がしたから。


 多分、それくらいなら私たちの世界でもできるだろうからって理由なんだと思う。それに万が一、任務に失敗した時に爆弾付きの首輪をつけさせておけば万が一、コッチ側の人たちに捕まった時とかに情報の流出が最低限で済むってことなのかなって……。実際には、そんな変なことまで妄想していたんだけどね。……まあ、情報の流出って意味だと、本来は私にも情報は流しちゃいけないはずなんだけど。でも、私とカメリアの両方がそろっていれば話に多少は信ぴょう性が出てくるのかもしれないけど、私一人だけなら何を口走っても単なる妄想として処理されるだろうから……。


「だいたい残り二時間を切ってるのに、これが本当は爆弾じゃないかとか言われてもねぇ……」


 そう、一番の問題はそこ。残り時間がわずかなのに、カメリアは落ち着きすぎてる。こんな強引なまねしてまで私の部屋に不法侵入してきたのに……。それなのに、私に会いに来たって言ってたけど、それだけが目的なはずがないと思うんだけど……。でも……。


 ──本当に、それだけが目的だったの?


 わからない。分からないけど、案外、これだけは本当のことなんじゃないかって気がしてる。

 今のカメリアは焦ったりするそぶりを何も見せてない。首輪のタイマーを見る限りでは、残り時間は刻一刻と減り続けているはずなのに……。もう二時間を切りそうなのに。……それなのに、こんなに落ち着き払ってる。まるで急ぐ理由なんて何もないって風に。それはつまり……。


 ──もう、何も急ぐ必要がない。


 つまり、そういうことなんだろうと思う。……彼女の様子を見る限り、本当に目的を達したのかもしれない。何をしたかったのかは最後まで良く分からなかったけど。


「さてっと。そろそろ頃合いかな」


 なんだかんだで二時間半くらいかな、私の部屋でのんびりとくつろいでいたカメリアは、そろそろ次の行動に移ろうとしていた。……首輪の残り時間は二時間を下回っている。帰るにせよ、何をするにせよ、そろそろ残り時間が心もとなくなる頃ということだったのかもしれない。

 ガタッと音をあげて席を立った彼女を前に、私はなぜか猛烈に嫌な予感と焦り……。焦燥感みたいなモノを感じていた。何と言えばいいのだろう。……そう、このままカメリアを帰したら何かとんでもないことが起きるような。そんなものすごく悪い予感がしていたんだと思う。


「……送ってく」

「えー」


 私のその言葉に、カメリアはなぜか露骨に嫌そうな顔をした。


「見送ってくれるのはありがたいんだけど、また変装し直すのって正直、面倒なんだけど……」


 そういえば私の部屋に来た時、カメリアって顔になにか変なマスクみたいなの付けてた風だったけど、あれってやっぱりスパイ映画とかでよく見る変装用マスクだったんだ……。


「帽子とかメガネで良いんじゃない? 夜遅い時間だし」


 というか、そろそろ空が黒から群青色に変わりかけてる時間帯。チラリと時計を見たら、朝の足音が聞こえてきそうな時間帯にさしかかっていた。


「まあ、こんな時間だと新聞配達か牛乳配達の人しか動いてないだろうし、それでいいか」


 なぜ、そんな本格的な変装などしていたのかまでは知らないけど、彼女にも立場上、いろいろなルールがあったのだろう。きっと、その中の一つだったのだろう程度にはあちら側の事情とやらを察する事ができるようになっていた。


「……外でね。衆人環視の中で、ばったりターゲットと顔を合わせちゃうっていうイレギュラーなケースも想定しておかないといけないの」


 黒一色だと下手したら職務質問されるという私の言葉に従って、彼女は私が渡した服に手早く着替えていた。……脱いだ時にさりげなくサイズ確認のためとか言いながら確かめさせてもらった感じだと、身長はさほど差はないけど、胸は私より確実に大きくて、逆に引き締まって薄く割れてるウェストはずいぶんと細い……。いくら鍛え上げられてるとかいっても、なんってデタラメで理不尽な体形差。……いや、そんなことよりも。


 ゴトッ。


 問題は、多分、これ。……彼女の上着の内ポケットから出てきた、あからさまに銃らしき外見の代物を筆頭に、いろいろと用途が怪しそうなアイテム類の数々だったんだと思う。

 えーと、これは間違いなく銃よね。……え? 危ないって? DNA認証がついてて普通なら、自分にしか撃てないはずなんだけど、DNAパターンが同一の私なら撃ててしまうので、手に持つくらいなら良いけど絶対にこっちには向けるな、と……。なるほど。


「……ま、死にたいなら撃っても良いけどね」


 柔らかい毛糸のセーターに予想外に苦戦しながらモゴモゴやってはいても、その分厚い生地の向こう側から私が何をしてるのか程度は見えていたのかもしれない。……あるいは感じ取っていただけなのかな。まあ、そんなことよりも……。


「危ない訓練受けてる様な人に、面白半分に銃を向けるようなまねをしたくはないかなー」

「……賢明ね。まあ、私もできるだけ手荒なまねはしたくないから、それをゆっくりと机の上に戻しておいてね」


 もちろん、素直に従う。


「……でも、いろんなの持って来てたのね」

「体一つで飛び込んで、後は現地調達だからね。無駄になったり邪魔になったりする物は持ち込めないから、どうしても小物類が中心になるけど……。こっちの世界で手に入らない物は、どうしてもね……」


 カメリアいわく、手錠とかの拘束用の装備は普通には売ってないし、格闘戦用の装備……。彼女の場合は指輪になるのかな。なんでも内部に薬剤注入用の針とかの仕込みがあるそうだが。他にも鍵をこじ開けるためのロックピックとかいう道具とか、何に使うのかよくわからないけど糸状の刃物(糸ノコ?)とか、頑丈そうだけど細くて黒いワイヤーとか……。まあ、そんな感じのいろいろと便利そうな、この手の定番系なアイテムは外せないってことなのかもしれない。


「……この細くて柔らかい、黒い釣り糸みたいなのは?」


 ぱっと見た感じ、縫い物とかで使う木綿の糸の太めのやつに見えたのに、手にとってみると意外に頑丈そうでびっくりした。


「見ての通りかもしれないけど、糸状ワイヤー。引っ張り強度がトン単位をこえてる炭素繊維系の素材と複合金属の合金を糸状に伸ばしたのを編み込む形で、そうやってひも状の形にしたヤツで、見た目からは想像がつかないレベルの硬度と柔軟性があるわ。ちょっとやそっと折り曲げたくらいじゃ曲がらないし、切れないし、何よりも軽いし……。そうやって束ねておけば五十メートルくらいの縄を持ち歩いてるのと変わらないから、いろいろと使えて便利なのよ」


 その気になれば、この糸を使ってマンションの最上階から不法侵入だって大丈夫、らしい。まあ、細すぎてローブがわりに使うにはカラナビとかいろいろいるそうなのだけど。


「……あれ? 玄関をコンコンやってたのは?」

「あれは帰る時にでも回収するわ」


 無理やり部屋に押し入ったから、外すのを忘れていたのかもしれない。


「……一応ゆっとくけど、わざとつけたままにしてるのよ?」


 言い訳タイム?


「ちがうわよ。あれにはセンサーがついてるの。スイッチで扉をノックして鳴らすだけの装置だと思ってるかもしれないけど、本来の使い方は、ああやって入り口とかの目立たない場所に設置しておいて扉の前に近づきすぎる人物とかが現れた時に、コンコンって音を鳴らして中に知らせるって機能の道具なの。……ウッディー・ノッカーっていうのよ」


 ウッディー……ノックするキツツキって意味か。それじゃあ、さっきも手をかざして鳴らしてたのかもしれない。


「ううん。さっきのは、ポケットのスイッチ。遠隔で操作できないと不便だからね」


 ある意味予想通りで、ある意味疑問が氷解した。そんなやりとりだった。



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