2.UFOに乗るのは
カメリアに言わせれば、私たちの世界でUFOと呼ばれている"発光物体"や"銀の円盤"は、別の世界……。カメリアの言う『平行世界』から送り込まれてきた"観測機"なのだそうだ。
その種類は当然のようにいろいろとあって、完全な無人観測機だったり、一部は有人機だったりするらしい。じゃあ、なんで地上にまで降りてこないのかって聞くと……。
「危ないから、かな」
「危ないって?」
「安全対策って意味が強いらしいよ」
なんでも昔、随分と撃墜されたとかで用心するようになってるらしい。それに今じゃ技術も進んで空から見たりするだけで観察には十分になってるし、細かいマテリアル系のデータの収集だって遠隔で簡単にできるようになってるそうだし、どうしても実物のサンプルが必要ってときにはアンカーで引っ張りあげて向こうに持って帰れる。そんな訳で、地表にまでわざわざ下りる必要が薄くなっているのだそうだ。
「撃墜……」
「不思議でもなんでもないでしょ。いくら空飛ぶ機能があっても、ミサイルで撃たれたりなんかしたら、そりゃ落ちるわよ」
撃墜されたUFOと聞いて、脳裏に浮かぶのは昔よくやってたTV特番のアレだった。……ほら、ロズウェル事件とかエリア51とかの……。ああ、そうだ。リトルグレイについてもカメリアに聞いてみようかな。
「……リトルグレイって知ってる?」
「こっちの世界で"未来人"のことをそう呼んでるのは知ってるよ」
「未来人?」
「超がつくくらい未来の人たち。……万年単位の未来だから、もしかすると今の私たちの子孫なんかじゃない可能性の方が高いんだけどね。……でも、彼らについては、私たちも正直なところ、よく知らないとしか言い様がないのよ」
技術的な面ではいろいろと一方的にお世話になってはいるらしいのだけど、言語体系そのものが私たちとは違うからか、言葉がまともに通じないせいもあって、一方的に機械などを与えられる程度にしか交流はないし、彼らからの技術支援もその程度のごく限られたレベルに留まっていて、ごくごく限られた範囲の技術しか……。それこそ彼らが日常的に使ってるような、ある種のタイムマシンにも似た時間移動装置については基礎理論はもとより何一つ教えてくれないし、当然のように実物も提供してくれていない。そのため、せいぜい同じ時間軸に存在している並行時間の世界……。平行世界へのアクセス方法程度しか教えてくれていなかったから……。
そんなカメリアの説明で、彼女たちの世界にはリトルグレイこと未来人が未来からいろいろと技術を提供していて、そのおかげで私たちより、はるかに技術が進んでいるのだということが分った気がした。
「まあ、安全第一になるのはそれだけが理由じゃないんだけどね」
「そうなの?」
「うん。そもそも、世界の壁って、そんなに簡単にこえられないのよ」
世界を区切る"壁"に穴を開けるのには、物すごい出力で空間をゆがめる事ができるような、桁外れのエネルギーを絞り出せる動力が必要になるし、狙った"座標"に狙い通りに"穴"をあけて"通路"を作るのって、物すごい制御技術と超出力をそこに向けて一点集中させるって類のテクニックが必要になる……。それは言われてみれば当たり前の話だったのだと思う。
「……そういった空間制御の類が簡単じゃないのっていうのは、技術そのものが存在していない世界のアナタにだって、ある程度は想像がつくでしょ?」
その説明によると、彼女らの世界から並行世界を探る行為は、私たちたちの世界で例えるなら潜水艦で海溝の底を探っているような感覚に近いらしい。
ごく限られた範囲内を、ごく限られた時間の中で、潜望鏡越しにしか探る事ができないのに、当然のように、そこには膨大なコストがかかってくる。なので、一方通行で観測結果を持って帰ってこれないのでは観測という行為の意味や意義がなくなってしまう。
私たちの世界の海底探索よりもはるかに膨大な規模の事業なのだから、より巨大な資本が消費される行為になるのは、ある種の必然でもあったのだろう。だからこそ、その成果なしには"次"が認められなくなるし、"次"の予算の申請を通すこともできなくなってしまう。
……つまりは、帰ってくる事が最初から前提になっているからこそ、こっちの世界に来ても観測機からやたらと降りたりはしないし、そんなリスクを負ってまで危険を冒すチャレンジャーはいないということなのだろうと思う。
私たちが潜水艦をやたらに安全水域以上の深度にまでいかせないのと同じ。
そう分かりやすい形で例えてくれたので、意味や意図みたいなのは分った気がした。
もちろん、そういった一般論程度の理由はいわゆる"建前"にあたる部分なので、自分の将来を捨てたり所属している組織などの未来をつぶしてでも平行世界の住人と接触してみたいという困った人は当たり前のように居たらしいのだけど……。
「ま、そういう馬鹿対策として、こうして首輪が付けられているんだけどね」
そう黒いタートルネックのシャツを引き下げて見せると、私のモノとは似ても似つかない見事に鍛えあげられた太めの首元に鈍く光る、細い金属製の首輪がはまっていた。
「デジタル計で表示されているのが見える?」
「うん。"03:35"って表示されてる」
「これは、あと三時間と三十五分で私は自動的に"引き戻される"って意味。超硬度の特殊合金製だから、そう簡単には取り外せないのよ」
ひも付きの首輪って訳ねって言いながら、首にはまった輪っかを指で弾いて見せて。ニッコリって笑って見せる私。もとい、カメリア。
「つまりカメリアは宇宙人なのね?」
「なんでそーなるのよ! ……でも、まあ、アナタ達からしたら、そっちのほうがしっくりくるのかなぁ。……う~ん。私たちに言わせれば、しいていえば異世界人ってトコだと思うんだけど」
イセカイジン、ねぇ。……う~ん。やっぱり宇宙人って言われた方がリアリティあるかなぁ。なんかリトルグレイとも友だちみたいだし?
「信じられない?」
「カメリアが乗ってきたUFOを見せてくれたら信じられるかも」
「観測機かぁ……」
世界の壁をこえるには物すごい力が必要で、だから観測機……。私たちがUFOって呼んでる機械が必要になるって言ってたのだから、それを見せてと言われても困ることはないと思うのだけど。
「ゴメン。今回はちょっと事情があって観測機に乗って来てないの」
「……えー?」
「なによ、その露骨に妖しいって目」
「だって……」
「しょうがないでしょ。……もともと帰る予定なしでコッチに来たんだし」
そんなぼやき声混じりの言葉の意味が分からなくてキョトンとしてた私に、カメリアはムスッとした顔で渋々といった風ではあったけど、一応は意味を教えてくれた。
「普通は観測目的で世界をこえるんだけど、特殊な目的をもって世界をこえる場合もあるの」
「特殊な目的って?」
「大抵は特殊な調査。……もっと具体的にいうと、こっちの世界の住人との直接的"接触"ね」
つまり……?
「アナタに……。こっちの世界の『私』に、こうして会うために、私は世界を渡ってきたの」
そう教えてくれるカメリアはどこか思いつめた目をしてた。
◇◆◇◆◇◆◇
なんで私だったの?
そんな私の素朴な疑問にカメリアはシンプルに答えてくれた。
「ん~。一番、分かりやすい説明は『信じてもらえやすいから』かな」
それは考えてみれば分かりやすい話ではあったのだろうと思う。
たとえば私が単身、アメリカ大統領とか日本の総理大臣とかに会いに行っても会える訳がないんだし、そうなればマスコミの人くらいしか有名人に会える可能性は残ってないのだけど、それでもそう簡単な話ではないと思う。
そうなると、とりあえず一般人を相手に会いに行くのが一番手堅い上に簡単で達成可能性が高い手段になるのだけど……。そうなると、今度は「どんな人に会いに行くのか」って部分が問題になってくるらしい。
少なくとも、いきなり「私、別の世界から来ました!」って言っても、まだ信じてくれる余地があるのは誰だったのかってことらしいのだけど……。
「私が、アナタに……。ツバキに会いに来る以外に、こうして私の話を真面目に聞いてくれる可能性ってないでしょ?」
確かに……。カメリア……。向こうの世界の私が「私、別世界から来たの」って言っても、それを少しでも信じてくれるのは、同じ顔をした私だけだったんだと思う。
「じゃあ、なんでカメリアだったの?」
「なんで私が志願したのかってこと?」
「うん。これってかなり危険な仕事なんじゃないの?」
誰にも頼れない状態で異世界に一人で飛び込むなんて、普通に考えたらしゃれにならないレベルで危険な仕事のはず。……あんな変な首輪もつけてるし。
「まあ、かなり……。一応は、それなりの訓練を受けなきゃいけない事にもなってるし」
だからさっき、あんなに簡単に抑えこまれたのかって、変に納得できた気がした。
それなりとか言ってごまかそうとしてるけど、それって実際には、かなりハードな訓練とか受けてるんだろうなぁって。……いや、さっき、すごい力だったしさ。すごい簡単に押さえこまれちゃったから。……多分、他にも変装とか、いろいろ細かい技術を仕込まれてるんだろうなぁって思っていたんだけど。
「……そういえば」
「ん?」
「そっちの方がはるかに技術が進んでるっていうのはさっきの話で分かった気がするんだけど、それくらい技術が進んでいたら、それこそ別の惑星の人たち……。本当の意味での異星人とかとアクセスできなかったの?」
わざわざ別の世界になんて、そんなムチャなまねして無理しながらアクセスしなくても、そっちのほうがはるかに簡単だったんじゃないのか。そんな私の質問にカメリアは苦笑を浮かべていた。
「その質問は、かなり私たちの"事業"の本質をついてる気がするけど……。でも、ツバキって賢いのか馬鹿なのか時々分からなくなるよね」
それは、まあ、たまに言われるけど……。
「……どういう意味よ」
「そのままの意味なんだけど。……ところで、ツバキって英語しゃべれる?」
「あいきゃんすぴーくいんぐりっしゅ、べりーべりー……えーと、りとる?」
「ほんのちょっとだけってことね」
「うん」
「じゃあ、沖縄の方言、ウチナーグチで会話しろって言われたらできる? それか東北弁とかのなまりのキツイやつでもいいけど」
「それは無理」
「リスニングだけでも無理?」
「多分」
多分、何言ってるのかすら分からないと思う。
「じゃあ、英語以外の有名所でもいいや。中国語、ロシア語、イタリア語、ドイツ語、フランス語とかだとどう? アイルランド語かヒンドゥー語でもいいけど。……辞書も言語サンプルも何もなしで、いきなり彼らと引き合わされて、さあ会話してみろって言われてできると思う?」
カメリアが意味もなく、こんな訳の分からない質問をしている訳でもないのだろうし、わざわざ貴重な時間を使って嫌みを言ってる訳じゃないのは分かっていた。つまり、何かを察してくれということなのだと思う。
「異星人とまともに言葉が通じるとでも思ってるのかって言ってるのね」
「そーゆーこと。そもそも大気の成分の問題もあるし、万が一大気の成分が問題なかったとしても、今度は病原体とかの環境面で人間が、その星で生存が可能かどうかって問題もあるし、先住民達の意思疎通の方法が人間みたいに言葉でなされてる可能性は低いだろうし、知的水準が交流が可能なレベルに達してる可能性はさらに低いし、そもそも友好的に迎えてくれる可能性はほとんどないと思うし……」
人類は決して環境適応能力が高い生き物ではない。むしろ環境の変化とかに極度に弱い貧弱な生物であると分類されているのだそうだ。……まあ、気温が十度くらい変わっただけで、簡単に体調とか崩しちゃうし……。それは分かる気がしたんだけど。
「あとは、単純に懸念事項とか禁則事項のせいかな。こっちよりはるかに上の文明だったら下手にちょっかいかけて侵略されても困るでしょ?」
「そこは、まあ、ほら。……未来人さんたちに助けて~って」
さすがに二万年先の彼らなら、どんなのが出てきても勝てるはず。
「無駄よ。あの人たちって、基本的に放任主義だし、私たちのやることもペットか何かのイタズラ程度にして見てないから……。下手したら私たちが下手うってして滅びちゃっても、自分たちの方にさえ迷惑かからなきゃどうなっても良いやって考えてるフシがかなりあるし」
だから私たち人類の子孫じゃないのかなって思ってるんだけどね、と付け加えながら。
「あとは単純に距離的な問題。私たちは世界の壁を乗りこえるための技術は手に入れてるけど、低コストで長距離を自由自在に飛びこえるって類の空間跳躍技術は手に入れてないの」
仮に観測が可能な範囲内の宙域に、地球とそっくりな環境を持つ惑星があったとしても、何光年も先にあるような場所にある惑星上の空間と、自分たちの星を物理的につなぐコストを考えた時には途端に現実的じゃなくなるということらしい。
そんな遠くにある上に何も分かってないような未知の惑星なんかより、世界を区切っている空間が"壁"として邪魔をしているとはいえ、すぐ手の届く場所にある上に、どこに何があるかよぉ~く分かっている勝手知ったる何とやらな別の世界にある地球……。そう、例えば私たちの世界とか。それを優先したってことなのかもしれない。
「間に時間軸とか時空間の壁は存在していても、空間としての距離では隣り合っている……。それこそゼロ距離の重なりあってる位置にあって、単純に世界を区切ってる空間の壁に穴をあけることだけに集中してエネルギーとコストと労力の全てを注ぎ込めるって場所の方が、優先順位ははるかに高かったのよ」
実際には他にもいろいろと理由はあったんだろうけど、結局のところ最後にモノを言うのは常にお金ってことなんだと思う。こういう巨大資本が投入される事業って、往々にしてロマンよりもコストが最後には優先されるものだし。慈善事業ではないのだからロマンは二の次。桁外れな額のお金を注ぎ込む以上は、コストに対する確実なリターンが見込めないと駄目ってことね。
「まあ、そんな訳で安心・安全・確実の三拍子がそろってる並行世界へのアクセスの方が、コストやリスクの大きさでも、あと労力に対するリターンの大きさの点で考えても、投資対象の価値としては、はるかにマシで有意義だっていうのが私たちの世界での基本的な考え方ってわけ」
とりあえず言葉で会話しているし、意思疎通だってできるし、位相が同じ相手……。別世界の自分とは、こんな風にほぼ確実に話し合う事だってできるんだし、いろいろとやりやすいのだそうだ。まあ、それは理屈の上では分かるのだけど、そんなに似て非なる世界を見つける事ってメリットが大きいのかなぁ……。
「う~ん、分ったような、分からないような……」
「じゃあ、すっごい簡単な例を出してみようか?」
「うん。お願い」
「私たちは、地球上のどこに大規模な油田があるか分かってるの」
「それは私たちも同じだし、すでに大分掘ってるんじゃ……」
「時間軸が同じでも、必ず同じ程度に文化が進んでるとは限らないでしょ」
現に、私たちは同じ程度にしか時間が経過していない世界から来ているにも関わらず、こうしてはるかに先に進んだ科学技術を手に入れている。……まあ、未来人のサポート付きなんていう究極クラスのズルをしてるからなんだけど。
そんなカメリアの言葉に、つくづくリトルグレイこと未来人が余計なまねをしてくれていることを思い知らされた気分だった。
「元の世界との位相がズレればズレるほどに、その世界との分岐点が過去にあることになるから、それだけに差異が広がっていくことになるんだけどね。これまでの調査で、私たちは平行世界にもいろいろと歴史のバリエーションがあるのを見つけてるの。その中にはいまだに化石燃料を使った内燃機関とかを発明していない程度の文明レベルで足踏みしてる世界とか、人間そのものが発生し損ねて巨大なサファリパーク状態になってた世界だって見つけているわ」
確かに、そんな世界をみつけることができるというのなら、自分たちの世界でみつかった資源の地図は、そのまま財宝の地図になるという意味が分かる気がした。
「平行世界を探索するメリットの大きさは理解できた?」
「いろいろとよくわかってる惑星を、新しくもう一個手に入れる事と同じって意味なのね」
「つまりは、そういうことなのよ」
そして私は、さきほどからずっと気になっていた事を聞いてみる。
「……さっき、帰る予定がないって言って気がするけど、あれってどういう意味だったの?」
「ああ、アレ。……通常の監視任務みたいに、作戦中にリタイアが許可されてるかどうかって意味よ。普通は観測機に乗って来るから、途中でリタイアしても帰れるんだけど、その場合には観測機が必要になるでしょ。でも、今回みたいに途中で帰れない任務なら最初から途中退場に必要になる乗り物って必要ないでしょ。だから、今回は体一つで来てみましたってこと。……もちろん、帰りにはお迎えが来る予定になってるのよ」
その答えはやたらと明快ではあったけど、それだけにどこか本質を曖昧にボカしているような気がして……。そう、彼女は、何かを隠している。今の答えも、何かをごまかすような答え方をした気がしたんだと思う。彼女は何か大きな秘密か何かを抱えていて、それを隠しているから、逆説的に何かあるってことを無意識のうちに白状しているような感じがしたのかもしれない。
「そういえば、一番肝心なこと聞いてなかったわ」
「……なに?」
「カメリア。アナタ、本当は、何をしに来たの?」
多分、この質問はもっとも核心をついているはずだった。