第8話 過去の清算と冒険への出発
食後、ツバキは部屋の隅からいくつかの品を持ってきた。
ボロボロになった師匠からもらった財布、見事な装飾が施された一本の剣、琥珀色の宝石が嵌め込まれた金の指輪と、古めかしい羊皮紙の地図だった。
どうやら自らの「取り分」としてツバキが取り戻してくれてきたようだった。
勝手に持って来ている事実に少し思慮を巡らせたが、本来であれば受け取るはずの報酬と思い、さほど躊躇することは無かった。
素直にツバキに感謝を伝えると、彼女はどや、と言いそうな顔をしている。
自分が得ることはできないと考えていた財宝を手にできるのは、冒険者として当然嬉しい。
だがその嬉しさに加えて、この財布をツバキが取り戻してくれたのはありがたかった。
この中には、自分の記憶にはない両親と自分が映った写真と、師匠と撮影した写真が入っていた。
両親との写真に写る赤ん坊の自分には、既に右目にアザがあった。
産まれながらのものだったのだろう。
それでも、写真の中の二人はそんな自分を、大切に抱き、優しい笑みを浮かべてくれていた。
自分のアザには苦しめられたし、「呪われた子」と呼ばれたきっかけであり忌まわしかったが、この写真においてはこの赤ん坊が自分であることの「証明」に他ならなかった。
これ以外には残されていない、両親との思い出。
その写真を手に入れてくれたのは、師匠であった。
孤児院や教会からも遠ざけられた自分を引き取ってくれた師匠がいなければ、僕は早い段階で命を落としていたかもしれない。
師匠は右目のアザくらいなんだと、深い愛情をもって自分を育ててくれた。
この一枚は、その師匠と剣を片手に決めポーズをしている写真。
この2枚の写真を師匠亡き今、ユーリは心の支えとしていた。
自分が確かに「愛されていた」という事実が、これまでどれほど自分の支えになっていたかはわからない。
写真を取り戻してくれたのは、正直な所、どんな財宝よりも嬉しかった。
―――ふと、浮かんだ疑問を口にする。
「あいつらのことだけど…殺しちゃってない…よね?」
ツバキは明後日の方向を見つめながら口笛を吹いていた。
…これ以上聞くのはやめておこう。
それよりも今できる範囲での感謝の気持ちを彼女に示したい。
そう考えて、机の上で輝く琥珀の指輪を手に取った。
「君が取り戻してくれたものでお礼と言うのも変だけど、すごく似合うと思ったんだ。受け取ってほしい」
そう言って、彼女の薬指にそっと指輪をはめる。
ツバキは目を見開いて絶句していた。
急に手を握られて嫌だったのかもしれない。少し反省して、そっと手を離した。
誤魔化すように、机の剣を手に取る。
軽く振ると、柄から剣先へ自分の魔力が滑らかに伝わっていくのを感じた。見た目だけでなく、魔法剣としても一級品だ。
そのまま、古めかしい地図を広げる。
表面はひどく掠れていて読めないが、ふと先ほど剣を握った感覚を思い出し、試しに両手からじんわりと魔力を流し込んでみる。
すると、掠れたインクが淡く発光し、精緻な地形と一つの『赤い印』が浮かび上がった。
「森の東に、遺跡があるらしいんだけど、良かったら行ってみない?」
振り返ると、ツバキは薬指の指輪をもう片方の手で大切そうに握りしめたまま、嬉しそうにうなずいた。回復した体で、いつまでも家にこもるわけにもいかない。
目的が決まれば、さっそく出発の準備だ。
ツバキが持ってきてくれた魔法剣は換金することも考えたが、そこらの武器屋で売られているものよりも数段良い品であったため、ありがたく使わせてもらう。
旅の支度のため、装備品を確認する。
ツバキがよく泥を落としてくれたようで、革の鎧はぴかぴかと鈍く輝いていた。
一方のツバキは、キッチンでいそいそと楽しそうに動き回っていた。
あの異世界の店から買ってきたのであろう弁当箱に朝食の余りや卵焼きを彩りよく詰めながら、いつ仕込んでいたのか揚げ物―――鶏の唐揚げを作っていた。
金属素材と見られる水筒には湯気を立てた温かいお茶を注いでいる。
まるでピクニックにでも行くかのような緊張感の無さに、頬が緩んでしまう。
◇ ◇ ◇
窓の外には透き通るような青空が広がっている。
「準備はいいかい?」
声をかけると、ツバキは弁当と水筒の包みを手提げのバッグに携えながら、優しく頷いた。
「それじゃあ、行こうか」
隣を歩くツバキの指輪が、太陽に反射してキラリと光る。僕たちの冒険が始まった。
―――気を付けて行って来い、また戻ってくるんだぞ
そんな、思い出の中の師匠の声が聞こえた気がした。




