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第2話 首を絞める冷たい手、その手を握り返した結果

どこまでも続く淡い桃色の並木道を歩く。


空からは柔らかな陽光が降り注ぎ、心地よい風が吹き抜ける。


辺りには数えきれないほどの花びらが、雪のように舞い散っていた。

   


『……綺麗だね』



隣を歩く少女にそう語りかける。


薄紅色の柔らかそうな唇が、その問いかけに反応して綻ぶ。


彼女がふわりと微笑み返してくれただけで、胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていく。


歩調を合わせ、ただ二人でその美しい色の下を歩く。


時折、揺れる二人の指先が触れあいそうになる程度の距離。


何か会話をするわけでも、どこか目的地があるわけでもない。


ただ、穏やかな陽射しの中を共に歩いている。


それが何よりも嬉しい。



『このままずっと、こうしていられたらいいな』


ポツリとこぼした呟きに、少女は立ち止まって体をこちらに向ける。


瞳は見えないが愛おしそうに、そしてひどく寂しそうにこちらを見つめているのを感じる。


少女の口元が動き、そして――。
















◇ ◇ ◇


――突き刺さるような指の痛みで、目を覚ました。


遠のきかけていた意識が、首筋を貫く凄まじい激痛によって引き戻される。


喉を締め上げる冷たい指に、さらなる力が込められる。


雨と混じった生ぬるい血が首を伝う感覚が気持ち悪い。首の骨が悲鳴を上げ、喉の奥に鉄の味が広がった。





(意識を失うことも許してくれないのか…!)


死の恐怖が迫る中、不意にその「怪異」を見つめ返した。


目の前には、濡れた黒髪の隙間からこちらを覗き込む眼があった。白目と黒目が逆転した、漆黒の瞳。底なしの闇のような眼球の中央で、白い光の輪が鋭くこちらを射抜いている。



本来ならば恐怖に身を竦ませ、死を待つはずの時間。


しかし、心を締め付けたのは、肉体的な痛みとは別の痛みであった。


(……そうか、君も)


そこにあるのは、自分を裏切った者たちが浮かべていた醜悪な愉悦の顔ではない。


獣が獲物を狩る際の、冷徹な眼光でもなかった。


漆黒の瞳の奥底に見えたのは――裏切られた時の自分と同じもの。






果てしない孤独と、悲しみであった。






この「怪異」は、自分と同じなのだ。


居場所を奪われ、世界に拒まれ、ただ愛することを許されなかった存在。


無意識に腕を上げ、自分の首を絞めるその凍えた手を、両手でそっと包み込んだ。


それは抵抗するためではない。ただ、そのあまりにも冷たい手に、少しでも温もりを伝えたかったのだ。


『……な……ぜ……』


「怪異」の言葉はわからない。しかし、その掠れた声には激しい動揺と、悲鳴のような響きが混じっていた。


どうせ死ぬ命なのだからと、諦めもあったのかもしれない。僕はその手を温めながら、ただ静かに、できる限り優しく、微笑みを向けた。


『……あ……』


鋼鉄のようだった指先から、不自然なほど唐突に力が抜けた。


「怪異」はその手を自らの頭に当て、ひどく狼狽しているように後ずさる。



もう、声を出すだけの余力すら残っていなかった。視界は急速に暗転し、オルゴールの音も遠のいていく。けれど僕は、身体に残った最後の力を振り絞り、震える手を伸ばした。そして、目の前の「それ」を、不器用に、けれど確かに抱き寄せた。


長い黒髪の間から、その漆黒の瞳が僕の顔を間近で覗き込む。見つめる「彼女」に向かって、もう一度、穏やかに微笑みかけた。


(大丈夫…… だよ……)


自分のすべてを否定され、裏切られて死にゆく時間。


しかしこの最後の瞬間に、同じ絶望を抱えた魂に触れることができた。


それだけで、少しだけ救われたような気がしていた。


その微笑みを見た瞬間、怪異の瞳がこれ以上ないほど大きく見開かれた。何かに打たれたように、激しい衝撃を受けたように怪異の少女は硬直する。やがてユーリのまぶたがゆっくりと落ち、脱力した身体が彼女の胸元へと崩れ落ちた。


意識が完全に途切れる直前。ユーリの耳に届いたのは、それまでとは全く違う声だった。


断片的で欠落していた怪異の響きが、突如として滑らかな言葉となり、悲痛な叫びとなって無音の世界を劈く。


『……ごめ……なさい……!!!』


『ごめんなさい……!!ごめんなさい……っ!!!』


彼女はユーリの身体を強く抱きしめ、子供のように泣き叫んだ。


彼女を包んでいた禍々しい黒い瘴気は、とめどなく溢れる熱い涙に溶かされるように消え去っていく。




降りしきる冷たい雨の中、哀しい慟哭だけが、いつまでも森の奥に響き渡っていた。

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