第10話 遺跡、僕とツバキの二人
地図が示す印の場所に二人と一匹は辿り着いた。
鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた、ただの巨大な岩壁だった。
ツバキと顔を見合わせ、もう一度手元の羊皮紙に魔力を流し込む。
ぼんやりと光るインクの線と目の前の地形を照らし合わせても、やはり現在地が目的地なのは間違いなかった。
試しに、ツバキが取り戻してくれた魔法剣を抜き、柄から刀身へと魔力を這わせた。
淡く発光する刃先を岩壁にかざすと、空間そのものがぐにゃりと歪み始めた。
偽装の結界だ。
地図と魔力がなければ何百年かけても絶対に見つけられない精巧な隠し扉。
歪んだ空間の奥に、ぽっかりと開いた暗い入り口が現れる。
中へ足を踏み入れようとした時、足元で「キュゥ」と心細そうな鳴き声がした。
振り返ると昨夜助けた銀色の魔物が、ちょこんと座ってこちらを見上げている。
「ごめんね。ここから先は、何があるかわからないから」
しゃがみ込んで銀色の滑らかな毛並みを撫でると、狐は寂しそうに耳を伏せた。
ここで待っていてほしいと視線で伝えると、隣にしゃがみ込んだツバキが、狐の鼻先を指で優しくツンと突いた。
『あとでね ギン』
「ギン…名前を付けてたんだね…」
なんとなく、その魔物―――ギンはこちらの意図が理解できるらしく、入り口の日陰のあたりで凛々しく座り込んだ。僕たちはギンの頭をもう一度撫でてから、遺跡の奥へと歩みを進めた。
◇ ◇ ◇
内部は、想像していたような遺跡ではなかった。ひんやりと澄んだ空気が肺を満たし、靴音が石畳に規則正しく反響する。魔物の気配すら一切ない、神殿のように静寂に包まれた空間だ。
短い回廊を抜けると、ふわりと視界が明るくなった。ドーム状になった広間の天井には、ぽっかりと大きな天窓が開いており、そこから一直線に陽光が降り注いでいる。部屋の中央には、ステンドグラスのように複雑な色彩を放つ巨大なクリスタルの円盤が鎮座していた。
思わず息を呑む。
赤、青、黄、緑。
無数の鉱石が緻密な幾何学模様を描き出し、光を乱反射させている。
だが、その縁は長い年月をかけて完全に石の床と一体化し、太い木の根が幾重にも絡みついて、遺跡の土台そのものとして根を下ろしていた。
美しい。これはここにあるから美しいのだろう。
しばらくその景色を目に焼き付けようと、眺めていたらツバキがスマホを取り出してパシャパシャと音を立てていた。
彼女がニコニコとしながら見せてきたその画面には、この景色がそのまま切り取られていた。
「おお… これはいいね!」
気持ちが昂る。今後冒険で見た綺麗な風景を記録として残すことができる。しかも絵と違い、この見たままの景色をまさにそのまま。あっちの世界の文明力凄い。
その空間をしばらく楽しんだあと、カラフルな光の横を通り抜けてさらに奥へと進んだ。
通路は徐々に下り坂になり、やがて鼓膜を震わせるような重低音が響き始める。
地下水脈だ。
開けた空間の左手には、途方もない水量の滝が轟音を立てて地底の湖へと流れ落ちていた。飛沫が霧となって立ち込め、火照った頬を冷やしていく。
何気なくその水をすくって飲もうとした時、彼女に肩を押さえられた。
『だめ』
と、顔を横に振っている。
僕はハッとして赤面した。どれだけ澄んで見える水でも、見えない「病のもと」が潜んでいるかもしれない。だから水を飲む時には「ろ過」と「煮沸」をしろと、師匠から口酸っぱく言われていたのを今思い出した。
「ごめん! 気をつける!」
そう言うと彼女はほっとしていた。
滝の裏に続く道を抜けると、今度は静寂が戻ってきた。
長く続く石造りの通路は、ところどころ青々とした苔に覆われている。その周囲を、淡く明滅する無数の光の粒がフワフワと中を舞っていた。光る胞子か、あるいは魔法の残滓か。
横を歩くツバキの濡れたような黒髪が、光を浴びて艶やかに輝く。その姿を見ていると、これが冒険であることを忘れてしまいそうになる。
『―――蛍が、綺麗だね』
「―――っ!!?」
不意に脳内に響いた声と、急な頭痛。
それに伴う、何ともいえない奇妙な感覚。
初めて訪れた場所のはずなのに、ずっと昔にも、誰かと一緒にこの光景を見たことがあるような…?
こちらは心配そうに覗き見るツバキに、「大丈夫だよ」と伝えて急くように歩き始める。
そうすると彼女はスッと僕の右手に左手を絡めて、『頑張ろう』と一言。
空いた方の手でグッと拳を作り、励ましてくれた。
「…」
つい、ボケーっと彼女を眺めてしまった。彼女がここまで、僕に優しくしてくれる理由はなんなのだろうか。そもそも殺しかけた相手を急に助けた理由は?それも、彼女の生前に何か関係があるのだろうか。
過ごした時間はわずかだが、献身的に尽くしてくれる彼女のことを好きになってしまっていた。
例え人でなくとも、向けられる瞳が漆黒であろうとも。僕を殺そうとした彼女の微笑む顔が愛おしくてたまらない。
だが同時に、彼女の好意は、その献身の理由は。
彼女の向ける途方もない愛情は、きっと「僕」に向けられたものではない。彼女がかつて愛した、僕によく似た誰かの面影を重ねているだけなのだと、何となくわかってしまうからこそ辛かった。
彼女は強い。
僕の奪われたものも、わずか一晩のうちに全て取り戻してきてしまった。
彼女の好意に報いたい。だけど、してあげられることが何も無い。
彼女が僕を可愛がることが彼女のためになるなら、という虫の良い思考が浮かんで身震いをする。
そのどうしようもない葛藤を誤魔化すように、一歩一歩、慎重にだが大きく歩む。
そんなユーリの背中を、ツバキはただ、悲しそうに見つめていた。
ちょっと23日までお休みします。
書き溜めが無いのと、勉強しなきゃいけない事情ができたので…。
途中で投げ出したりはしないのでよろしくお願いします。
それと書き方や設定で右往左往していたので初期から編集かなりしたのですが
これ以降は誤字脱字以外、極力編集は無いようにするつもりです。




