【婚約破棄】「地味なお前より、可愛い愛花の方が社長夫人に相応しい」とパーティーで追放されたので、私がオーナー権限で彼を解雇しました
「涼香、今日限りでお前との婚約を破棄する!」
創業記念パーティーの煌びやかな会場。
シャンパングラスが並ぶタワーの前で、マイクを握った婚約者――ベンチャー企業社長の翔太が高らかに宣言した。
ざわつく会場。彼の隣には、ピンクのドレスを着崩した受付嬢の愛花が、とろんとした瞳で彼の腕に絡みついている。
(……)
(……ケッ、『真実の愛』だか何だか知らないけど、あんなの見え透いた『資産目当て』に決まってるじゃない。
ただの安っぽいピンクの女。ドレスの着崩し方も、その媚びた瞳の角度も、三流。
……なのに、……くっ、羨ましい……。
あんなガバガバな演技で王子(社長)を騙せるなんて、私の世界より難易度が低すぎない!?)
(……消去するぞ)
(……!!)
「ど、どういうこと……翔太?」
「どうもこうもない! 俺は真実の愛を見つけたんだ。
お前のような黒髪眼鏡の地味な女は、俺の隣に相応しくない。
これからは、この可愛くて家庭的な愛花ちゃんこそが、社長夫人に相応しい!」
「翔太さんの言う通りですぅ。涼香さんってぇ、いつも仕事ばっかりで可愛げないしぃ。
女としての魅力、賞味期限切れなんじゃないですかぁ?」
愛花がクスクスと笑い、周囲の社員たちも困惑しつつ、社長に媚びて同調するような苦笑いを浮かべている。
……なるほど。
私はゆっくりと眼鏡の位置を直した。
怒り? 悲しみ? いいえ、私が感じたのは「安堵」だった。
「分かりました。婚約破棄、謹んでお受けします」
「はっ、強がるなよ。どうせ俺のステータスが惜しいんだろ?
だがもう遅い!
手切れ金はやるから、今すぐこの会場から、そして俺のタワマンから出ていけ!」
「……確認ですが、本当に私と縁を切っていいんですね? 後悔しませんね?」
「しつこいぞ貧乏女! お前がいなくなって精々するのはこっちだ!」
翔太がワインを私のドレスに掛けようとした、その時だ。
私は懐からスマートフォンを取り出し、スピーカーモードで「ある人物」に電話を掛けた。
「あ、お父様? 涼香です。ええ、今言われた通り婚約破棄されました。
……はい。融資の件、全額引き揚げでお願いします」
その言葉に、翔太の動きが止まった。
「は? 父……融資……?」
「あら、話してなかったかしら。この会社の筆頭株主である『光ファンド』の代表は、私の父よ。
そして、あなたが自慢していたそのタワーマンション、あの一棟ごとお父様が私にプレゼントしてくれたものなんだけど」
会場が、氷点下の静寂に包める。
愛花の顔からサーッと血の気が引いていくのが見えた。
「ハハハ! へえ? お前はただの経理の……」
「経理として会社を守っていたのよ、バカな社長の浪費からね。でも、もう疲れました」
私は眼鏡を外し、まとめていた髪を解く。
それだけで、周囲から「えっ、あんな美人だったのか」とどよめきが起きた。
「この会場のレンタル費用も、あなたのブラックカードも、全て私の家族カードです。
たった今、利用停止にしました」
「そう来たか、……騒ぐな、愛花」
「は、はい、わかり、ました……」
(……げぇ。なに? あの女。 徴収官、聞いた!?
『わかりました』ですって?
あんなガバガバな愛の誓いを一秒で貸し倒れ(デフォルト)なのに??
……あ! ひぃ! ごめんなさい! 許し……)
(……)
【改竄:欠員補充として、未定義オブジェクト(マリア)を「運転手」としてアサインする】
醜く言い争いを始めた二人を尻目に、私は踵を返す。
出口には、父が手配してくれた迎えのハイヤーが到着していた。
車から降りてきたのは、私の元同級生であり、ライバル企業の若きイケメンCEOだ。
「待っていたよ、涼香。やっとあの寄生虫から解放されたんだね」
彼が差し出した手を取り、私は微笑みを返してハイヤーに乗り込んだ。
「うるさくして、ごめんなさい!
でも私、車の運転、したこと、無いんですけど……!!」
―― 完 ――
(……あ! 動く! ってこの先、道ないじゃん……!! いやあぁあああッ!!)
轟音。
苛立ちを噛み殺しながら、私は物語の「表側」に侵入する。
(取りこぼしが無いように頭数を増やす戦略。
適切なリソースの調達と、買取に向けたテストケース。
……そのはずだった)
背後では、事故を起こしたマリアが「あそこ、道なかったじゃない!」「私のせいじゃないわよ!」と、言い訳を繰り返している。
その甲高い声が、思考回路をかき乱す。
(悪役令嬢の鬩ぎ合い、その上澄み。最高の人材を底値で買収したつもりだったが……。
誤ったか? この采配。……いや、今はその計算をしている場合ではない)
「……翔太、お前だ」
私はこの男を徹底的に確かめる。
「M&A(会社売却)、ほう、会社を買い取ってくれか。
予防線が張られている。
要は退職金を積めという交渉材料の用意があったか」
(……先回りされた。拙いとはいえ、明確な脅威だな)
指を鳴らす。虚空から、領収書が吐き出され始めた。
---
■直接損害(経済的損失)
パーティー会場の即時解約および混乱による損害: 1,200,000円
■間接損害(精神的・社会的損失)
なし
■論理的欠落(ロジカル・デフィシット / 物語への賦課金)
「筆頭株主の娘が経理」という設定のガバガバ維持費: 0円
(M&Aを前提とした動機付けにより論理的矛盾なし)
「電話一本での融資引き上げ」手続き簡略化手数料: 600,000円
「眼鏡を外して髪を解くと美少女化」の物理学的補正: 3,800,000円
「ライバル企業のイケメンCEO」の即時配備手数料: 5,500,000円
運転代行: 1,500円
■必要経費
運転代行による対物賠償: ▲ 2,840,000円
■合計
未払い債務 8,261,500円
---
(……M&Aという設定をねじ込みやがったか。
表舞台に出さない裏設定を盾に、矛盾を封じるとは。
……認めよう、いまだ拙いとはいえ、本質的には厄介な相手だ)
「……あのー? 事故ってるんですけどー??」
(……チッ、冷静になれ。……この経費は私のミス(持ち出し)だ。
……二度と、苛立ちを紛らわすための改竄はしない)
「……君は、……令嬢として乗馬の嗜みくらいはあるだろう。
……自分でなんとかしろ」
私は、物語の裏側――未定義領域へ帰還した。
> 徴収官の反省は妥当である、と感じた観測者は、ブックマークまたは、ポイント評価を推奨します。




