【速報】婚約破棄されたので、手切れ金として『国家予算3年分』を請求してみた。~王子、払えないなら身体で払って頂きます(※ただし払うのは冷徹公爵様)~
この物語の帳簿は、もはや修正不能な負債で溢れかえっている。
一人で監査を回すのも、そろそろリソースの限界だ。
さて、計画の次の段階――「部分的買収」に移るとしよう。
溜まったツケを決済し、あの哀れな「端数」を私の助手として買い叩く時だ。
「エリザベス・フォン・ローゼンバーグ! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄とする!」
王城の舞踏会場。第一王子アレクの怒声が響き渡る。
彼の隣には、小動物のように震える男爵令嬢マリアの姿。
「きゃっ、怖いですぅ」なんて言っているが、その瞳が勝利の確信でギラついているのを私は見逃さなかった。
(……)
周囲の貴族たちがざわつく中、私は扇子をパチリと閉じて、静かに微笑んだ。
「……承知いたしました」
「は?」
「殿下の『真実の愛』、実に素晴らしいと思います。では、こちらの書類にサインをお願いできますか?」
私が虚空から取り出したのは、厚さ5センチに及ぶ羊皮紙の束だ。
アレク王子が間の抜けた顔でそれを受け取る。
「な、なんだこれは……『王妃教育費』『ドレス・宝飾品代』『外交補佐費』……さらには『精神的苦痛による慰謝料』だと!?」
「ええ。私が殿下の婚約者として費やした10年間の経費と、将来王妃として生むはずだった利益の損失補填です。締めて、国家予算3年分になります」
そう、私は転生者だ。
前世は敏腕会計士。
この国に生まれ変わってから、いつか来るこの日のために、殿下に使った経費を1セント単位で帳簿につけていたのだ。
(……会計士。同業者か、期待できそうだ)
「ふ、ふざけるな! こんな大金、払えるわけがないだろう!」
「払えない? でしたら契約不履行により、抵当に入っている『王位継承権』を頂戴することになりますが」
「なっ……!?」
青ざめる王子。計算高い悪役令嬢の完全勝利――と思った、その時だ。
「――払おう。その請求、私が全て肩代わりする」
凛とした低い声と共に現れたのは、王弟であり、この国唯一の公爵・クライヴ様だった。
『氷の公爵』と恐れられる彼が、なぜか私の前に跪き、熱っぽい瞳で見上げてくる。
「ただし条件がある。エリザベス、その金で私を買ってくれないか?」
「はい?」
「アレクには君を支えきれないが、私なら君の才覚も、美貌も、計算高さも全て愛せる。……ずっと待っていたんだ、君がフリーになるのを」
会場中が悲鳴に近い歓声を上げる。
呆然とする元婚約者の前で、私は氷の公爵様の手を取り、ニッコリと微笑んだ。
「……ふふ。優良物件への投資なら、喜んで」
こうして私は、国家予算3年分と引き換えに、国一番のスパダリ公爵様を手に入れたのだった。
―― 完 ――
私は口角を上げながら、物語の「表側」に侵入する。
エリザベスの前で立ち止まり、彼女が突きつけた「5センチの羊皮紙」を指先で弾く。
(国家予算三年分、か……。計上できるわけがない。
一国の通貨価値を、この紙切れ一枚で崩壊させる気か?
これはもはや『禁固五億年』と同レベルの、意味をなさないパワーワードだ)
私は、停止した世界――「未定義のデッドエンド」で、
怒りと屈辱の表情を貼り付けたままのマリアに冷ややかな視線を向ける。
【改竄:未定義オブジェクト(マリア)の存在を再生させる】
「な、なによ……。あの王子、お金を持ってないなんて聞いてないわよ……! あ、あんた! さっさと私を助けなさいよ!!」
「お断りだ。馬を潰してでも実家へ走れ。
生存率は極めて低いが、この場で死ぬよりはマシだ」
「え? ……死ぬ? 生存率?! 何を言ってるの!! ……衛兵! 衛兵!! 誰かこの男を追い出して!!」
マリアは狂ったように叫び、近くの衛兵に縋りつこうとした。
だが、その手は虚空を掴む。
鉄の鎧に触れた瞬間、彼女は自分の指先から伝わる異様な感覚に、全身の毛が逆立つのを感じた。
「……?? ねえ、なんで動かないの? ねえ!!」
衛兵は瞬き一つせず、彫像のように固まっている。
叫び声は部屋に吸い込まれ、窓の外で止まった小鳥が、不自然に空中に固定されていた。
あまりの光景に、マリアの喉が「ヒッ……」と引き攣った音を立てる。
(……初めて見たら、そうなるか)
私は震える彼女の視界を遮るように、一歩前へ出た。
止まった世界の中で、私の靴音だけが冷たく、事務的に刻まれる。
「いいか。あの二人は、この国の全財政を三箇年分、前借りの形で掌握した。
彼らが完成させたのは、君が夢見ていたお花畑の誓いじゃない。
――完璧な財政独裁だ。王家は今、あの二人の私有財産に成り下がった」
「っ、それが私に何の関係があるっていうのよぉ!!……舐めないで! 私はマリア・エヴァンズよ……!!」
マリアは顔を真っ赤にし、涙をボロボロと溢れさせながら絶叫した。
なりふり構わず、私の胸ぐらに掴みかかろうとするが、その手はガタガタと震えて力が入っていない。
私はその腕を冷淡に振り払う。
泣き叫ぶ彼女は、かつての男爵令嬢の気品など微塵もなく、ただ現実を拒絶する子供のように舞踏会場に崩れ落ちた。
「大いに関係がある。マリア。……いや、『国盗り』に失敗し、莫大な負債を背負った――いわば、簒奪者か」
私は彼女の視界を塞ぐように一歩踏み込み、その瞳を私へと向けさせた。
彼女の破滅という事実に逃げ場はないのだ。
「君という男爵令嬢の価値は、今この瞬間にデフォルト(債務不履行)した。
明日には君のドレス一枚、履いている靴に至るまで全没収だ。
……ああ、それだけじゃない。
君も、母君も、何も知らない使用人の一人に至るまで――文字通り路頭に迷うだろうな」
「ひぃぃ、い、嫌っ、……パパ……ママ……。うあああああああああ!! 私のせいじゃない! 私は、私はただ、幸せになりたかっただけなのにぃ!!」
「『連座制』という言葉を知らないのか? 国家を揺るがした大罪人の身内は、一括削除だ」
「ぁ……あ、……ぁぁ……っ……」
マリアは声にならない悲鳴を上げ、自分の肩を壊れそうなほど強く抱いてガタガタと震え出した。
(……少し、落ち着かせるか。……これ以上はこの女が壊れる)
私は停止した給仕から、奪うようにグラスを取る。
クラレット。
舌の上で転がせば、この世界の残酷なまでの豊穣が喉を焼いた。
「……っ、助けて、何でもするから! 助けて、ください……!!」
足元で女が鳴いている。
剥げた化粧でぐしょぐしょになったその顔は、もはや人間というより、濡れた雑巾の類に近い。
「『何でもする』か。……実に見事な、資産価値ゼロの告白だ」
私は、退屈を吐き出すように溜息をついた。
「この世界はもうすぐ崩壊する、お前も消える。
時間がないから端的に話す。私がその負債を肩代わりしてやってもいい」
「え……? ほんと……?」
「ただし。君の『存在権』は私の管理下に入る。
名前も、経歴も、自由も、全て私が買い取る。
君はこれから私の下で『負債』として働いてもらう。徴収官の助手だ。債務奴隷とも言うがな」
私は無機質な契約書とペンを、彼女の震える指先に押し付けた。
「選べ。ここでノイズとなって消えるか。
それとも、私の『所有物』として帳簿付けに身を投じるか」
マリアは、崩れ始めている世界の虚無を振り返り、血が出るほどペンを強く握りしめた。
「ひぃぃ、やり、ます、やります!……消えたくない、怖い……っ!」
「交渉成立だ。……ようこそマリア。
君の最初の仕事は、先ほど回収した『国家予算三年分』の請求書の仕訳としたかったが、時間がない、見てろ」
指を鳴らす。虚空から、領収書が吐き出され始めた。
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■事案
婚約破棄に伴う国家規模の恐喝
■直接損害(経済的損失)
なし
■間接損害(精神的・社会的損失)
なし
■論理的欠落(ロジカル・デフィシット / 物語への賦課金)
「国家予算3年分」のインフレ補正費: 8,500,000円
一介の令嬢による「憲法無視」の手数料: 6,000,000円
「氷の公爵」のIQを断罪中だけ下方修正手数料: 2,000,000円
「氷の公爵」の都合よすぎる即落ちデレ費用: 4,500,000円
■必要経費
未定義領域におけるマリアの買取 ▲24,000,000円
■合計
未払い債務 ▲3,000,000円
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私は足元のボロ雑巾、もとい、不思議そうに領収書を見詰めるマリアを見る。
「……時間がない、いくぞ」
私たちは崩壊する舞踏会場を後にした。
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