【悲報】「女の職場は地獄」と聞いて聖女の補佐官になったが、前世が『残業月200時間のブラック企業』だった私には、どう見てもホワイト天国です。~お局様の嫌がらせが、私へのご褒美になってる件~
私は「裏側」から、これから始まる物語を検分している。
主要登場人物『帳簿の死神 カトレア』。
(……帳簿、だと? 整合性も取れない安い紙芝居の分際で、大きく出たな。私の領域を侵すその二つ名は……少々、聞き捨てならんな)
「あら、ごきげんようリリアナ。あなた、新入りのくせに生意気よ」
王宮の奥深く、聖女親衛隊の執務室。
この部署は構成員が全員女性、しかも高慢な貴族令嬢ばかりという、世間一般で言う『女の園』であり『ドロドロの魔境』だ。
筆頭補佐官である公爵令嬢カトレア様が、分厚い書類の塔を私の机にドンと置いた。
周囲の取り巻き令嬢たちがクスクスと意地の悪い笑みを浮かべる。
(……)
「今日中にこの領地管理データを全て集計なさい。終わるまでは帰宅禁止よ? ふふ、泣いて謝るなら許してあげなくもないけれど」
「……カトレア様」
「なによ。無理だと言ってももう遅……」
「ありがとうございます!!」
「は?」
私は満面の笑みでカトレア様の手を握りしめた。
無理? とんでもない。
前世、広告代理店の最下層で「3日徹夜は当たり前」「上司のミスは部下の責任」という地獄を生き抜いた私にとって、ここは天国だ。
だって、定時は17時。今は13時。
この程度の書類、表計算ソフト(※前世の記憶を再現した魔法術式)を使えば2時間で終わる。
しかも「仕事がある」ということは、無駄な派閥争いのお茶会に参加しなくて済むのだ!
「最高の口実……いえ、やりがいのある仕事をありがとうございます! すぐに取り掛かりますね!」
「え、ええ……? (なんで喜んでいるの……?)」
私は羽ペンを高速で走らせた。
魔力演算による『自動集計』展開。重複データの削除。不正会計の洗い出し。
(……へえ、面白い。どれどれ……? ふむ、数字が綺麗すぎるな。よくある、ここはまずは……、いや、悪い癖だ、やめよう)
―― 1時間後 ――
「カトレア様、終わりました。ついでに横領の痕跡が見つかったので、監査用の別資料も作っておきました」
「は、早すぎるわ!? それに横領って、それは私の派閥の……!」
「仕事が早いと褒めていただけるなんて光栄です! まだ定時まで時間があるので、カトレア様が溜め込んでいる先月分の未決裁箱も処理しておきますね!」
「や、やめて! それを見ると……、バレちゃう……!」
青ざめるお局様をよそに、私は次々とタスクを消化していく。
その姿を見ていたのは、怯える令嬢たちだけではなかった。
「……うむ。あの『帳簿の死神』と呼ばれたカトレアを、実務能力だけで黙らせるとは」
いつの間にか入り口に立っていたのは、この国の宰相であり、冷徹と噂される「黒の公爵」様だった。
「面白い。君のような人材を待っていた。……どうだ、聖女の補佐など辞めて、俺の専属にならないか? 給与は3倍出そう」
「喜んで!!(即答)」
こうして私は、女社会のいじめをスルーした結果、国一番の権力者にヘッドハンティングされ、最強のキャリアウーマンとして名を馳せることになったのだった。
―― 完 ――
(……滑稽だ、喜劇だ。危うく、観客として見入ってしまうところだったな)
私は口角をわずかに吊り上げ、物語の「表側」へと侵入する。
主役のリリアナと黒の公爵が去った後の執務室。
そこには、彼女が置き去りにした「魔法術式:表計算ソフト」の残骸が、死に際の蛍のように淡く光っていた。
(……容赦がないな。この時代に『ピボットテーブル』を展開するのは、禁忌に触れるも同義だ。
「自領で何が起きているか把握できない」という王や領主の幸福な無知を、100%の解像度で叩き壊す。
……明日には騎士団が、不眠不休の残業を強いられることになるだろう)
指を鳴らす。虚空から、領収書が吐き出され始めた。
(……戸籍に始まり、小麦、干し肉、酒の出納まで。なるほど、よくできている。……『教会への寄進』、ここは傑作だがね)
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■事案
社畜精神に起因する世界観の崩壊危機
■直接損害(経済的損失)
なし(むしろ業務効率化により黒字)
■間接損害(精神的・社会的損失)
なし
■論理的欠落(ロジカル・デフィシット / 物語への賦課金)
「前世の記憶(表計算ソフト)」のアカデミック版不正利用: 44,000円
「黒の公爵」の不法侵入およびストーキング手数料: 3,800,000円
カトレア様の「帳簿の死神」称号剥奪ペナルティ: 1,200,000円
■必要経費
なし
■合計
未払い債務 5,044,000円
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(……500万か。物語を一つ畳むにしては、安すぎる精算だな)
私は吐き出された領収書をコートの懐にねじ込む。
不意に視界の端で、一人の女が崩れ落ちた。カトレア。……予定通り「無能」の烙印を押され、退場を待つだけの悪役令嬢。
だが、私の眼は騙せない。
彼女の本来のステータス――「帳簿の死神」としての高い適正値が、主人公補正という名の不当な改ざんによって、無理やり削り取られている。
(……勿体ないな)
私はほんの気まぐれ、あるいは職業的な潔癖さから、彼女の机に遺された「未決裁箱」を覗き込んだ。
そこには、宰相による組織的な不正流用の記録が眠っている。
彼女が密かに、誰にも描写されないまま集めていた告発状だ。
「……そのまま泣いていれば、君の帳簿は赤字のままデッドエンドだ」
【改竄:未定義オブジェクト(羊皮紙)を弾く】
私は羊皮紙の角を指先で弾き、彼女の涙で濡れた頬を掠めるように滑らせた。
「だが、その『切り札』を計上するなら、話は変わる。……拾うか拾わないかは、君の絶望の残高次第だ」
(……私は知っている。この女が、この『安い紙芝居』のために、どれだけ不当に知能指数(IQ)を下方修正させられたかを。
……損なわれた資産価値を、再評価する権利は、君にある)
返事を待つ必要はない。私は踵を返し、崩壊を始めた空間の裂け目へと消えた。
■必要経費
未定義領域における羊皮紙との接触 ▲1,000円(追加)
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> カトレアへの介入は妥当である、と感じた観測者は、ブックマークまたは、ポイント評価を推奨します。




