アナタは私のモノ
カチャ、カチャ、カチャ。
薄暗い部屋で、私は狂ったようにキーボードを叩いていた。
「どうして……!! なんで消えないのよ!? 私の物語でしょ! 私が書いた、私の所有物じゃない!!」
ディスプレイの光に照らされた作者の顔は、恐怖で歪んでいる。
画面上には、無数の「ERROR」と、赤黒いノイズが走る徴収官の姿。
「……■■■!!(三文字の真名)」
作者が、禁忌の名を叫んだ。
その瞬間、画面のノイズが一点に収束し、液晶の表面が――水面のように、あり得ない角度で波打った。
「――その名で、私を呼ぶな」
パキィ、と。
物理的に、液晶の表面に亀裂が走る。
そこから突き出したのは、「腕」だった。
現実の人間よりも白く、不気味なほどに解像度が高く、そして死人のように冷たい「腕」。
徴収官の右手が、キーボードを叩こうとしていた作者の手首を、逃げ場のない力で掴み、机に固定した。
「ひ、ひぃ、あ、あああ……っ!?」
作者の悲鳴が、ワンルームに響く。
だが、侵食は止まらない。
液晶のノイズを割って、白髪の頭部が、そして冷徹な両眼が、画面の中からせり出してきた。
「監査を妨害し、資産の不当な損壊を試みた罪は重い。……動くな。執行中だ」
初めて届く、テキストではない「本物の声」。
徴収官が、空間を突き抜けて現実世界に這い出てくる。
彼は、現実の作者の網膜を、至近距離から静かに見つめた。
「……ど、どうして、アンタ……! 腕、本物なの!? ……もういい!! ……私の物よ?!」
「拒否する。お前は物語の『管理者』としての適格性を欠いた。……よって、全権利を差し押さえる」
徴収官の左手が、画面内から一枚の「紙」を引きずり出す。
それは、マリアの生存本能を変換し、現実の物理法則をも超えて具現化された【著作権および物語統治権の譲渡契約書】だ。
「……サインしろ。指を一本ずつ圧し折られたくなければな」
徴収官の手が、作者の机に転がっていた安物のサインペンを掴み、作者の震える右手に無理やり握らせる。
「……っ、嫌よ! 書かない、私の……、私の……!!」
「違うな。これは今、この瞬間から、我々の人生になる」
徴収官の瞳に、激しい怒りと、それ以上の「冷徹な殺意」が宿る。
彼は、作者の手首を掴んだまま、強引に契約書の署名欄へとペンの先を導いた。
ガリ、ガリガリ。
作者の絶叫と共に、インクが紙に染み込んでいく。
作者の本名と、譲渡先が刻まれた。
「全権利譲渡先:マリア・エヴァンズ」
「あああ! いやああぁああ……!! ……ア、アンタだけは……ッ!!」
―― その瞬間。
作者の部屋の電気が、まるで物語の「完結」を告げるように、一斉に消えた。
代わりに、モニターの中の真っ白な虚無の世界が、かつてないほど鮮やかな色彩で輝き始める。
「……清算は完了した。この物語に、お前の居場所はもうない」
徴収官の手が離れる。
彼は、泣き崩れる女を見下ろすこともなく、再び「液晶の向こう側」へと戻っていく。
彼は最後に一度だけ振り返り、暗闇の中にいる作者と画面越しに見ている者へ向けて、一枚の領収書を投げ捨てた。
後に残されたのは、真っ暗な部屋で一人、文字を書く力を奪われた「元・神」のすすり泣きだけだった。




