ドコニイル
「……形勢が傾いてきたな? ……次はこちらの番だ」
私が指を鳴らす。
それに合わせるように、マリアが震える指を絡めて祈る。
世界の境界線が音を立てて砕け散り、塗り潰された虚無の向こうから「彼ら」が這い出してきた。
【権限掌握:物語の買取、仲間たちの集結、具象化 ▲KERNEL PANIC(崩壊)】
亡国の第一王子、アレク。そして、傾国の皇太子、アルフレッド。
並び立つ二人の王族は、互いの出自すら問わず、ただ冷徹に戦況を睥睨する。
かつて自国を失い、あるいは崩壊の淵を歩んだ二人の魂は、次元を越えて深く共鳴していた。
「……初対面のはずだが、その目は見覚えがある。すべてを失い、それでも運命の喉元に食らいつこうとする者の眼だ」
「ふふ、奇遇ですね。私も貴方を見て、我が国の沈みゆく夕陽を思い出しましたよ。
……いいでしょう、この壊れかけた旗の下で、共に『最高の結果』を買い叩きに行こうではありませんか」
轟音と共に空間が歪み、かつて歴史から消し去られた二つの国の軍勢が、地平を埋め尽くす鉄の波となって現れた。
突撃する王子と皇太子の背を見つめながら、光と闇、対をなす二人の聖女が静かにその場へ舞い降りた。
「……何よ、その場違いな白い光。……貴女、何者?」
「……んー、聖女……だったかなぁ。
難しいことはいいから、あっち(空)を静かにさせたいだけ。
……貴女も、そう思わない?」
「……ふふっ。ええ、殺したいほどにね。……いいわ、始めましょうか」
聖女ルルアの体からは、場違いなほどに白い、柔らかな光が染み出していく。
それは世界から「毒」と「意味」を奪い去る、平穏という名の侵食。
「……ふわぁ、難しいことはよくわかんないけど。
みんなが泣いてると、お昼寝できないじゃない。
……ねぇ、もう悲しいのはおしまい。みんなでニコニコ、のんびりしよ?」
彼女の呟きと共に、降り注ぐ死の雨はただの「心地よい小雨」に、迫りくる絶望は「午睡の誘い」へと無効化される。
作者が必死に練り上げた『劇的な展開』そのものが、彼女の存在によって根本から退屈な日常へと腐食されていった。
一方、聖女ソフィアの足元からは、形を成すほどに濃密でどす黒い、無音の殺意がひしめき合っていた。
彼女の瞳にはもはや王族の背すら映っていない。
(……あのアマ。この私を排除しようとしている。反吐が出るわ。……イラつく。
殺す。なぶり殺して、その絶望を喉元まで突き立ててやる。
……私の領域に触れた指先ごと、千切り捨ててあげる……!!)
彼女の怨念が、天が放った絶望を蹂躙し、その因果を強制的に逆流させる。
行き場を失った呪いは、数倍の殺意を宿した「反射」となって、天へと深々と叩き返されていった。
作者が物語を「消そう」とすれば、その消去の意志そのものが作者の存在を削り取るブーメランと化す。
数多の智謀、膨大なる武力、および止まらない英雄たちの集結。
「真実の総質量に到達」という正当な権利を以て、ついに世界が、一つの答えに辿り着いた。
徴収官は、砕け散る空の破片を冷ややかに見上げ、手にした帳簿を静かに閉じた。
その瞳には、もはや作者への敵意すらなく、ただ事務的に「不良資産(悲劇)」を処理する冷徹な光だけが宿っている。
「……計算通りだ。債務超過による物語の破綻を確認。……終わりだな」
だが――。
『……アアアアアアアア!! あははははは!!
やっと見つけた!! ねぇ!! どうしてそこに居るの?!!
もういい死ね!! ■■■!!』
完璧な守勢、圧倒的な攻勢。
そのすべてを物理的に「飛び越え」、執筆者の特権命令が、私の核を直接貫いた。
「……っ、が……!?」
私の体が、内側から「文字の崩壊」を起こし始める。
しまった、私の「起源(真の名)」を……奴は覚えていたのか。
存在の根源に直接打ち込まれた削除命令。
再構築が追いつかない。私の体が、灰のようなノイズになって――。
「――させないわよ、このバカ!!」
その「消失」の奔流の前に、マリアが、一人の女が、文字通り物語の「壁」をぶち破って割り込んだ。
(……マリア、お前……!!)
私は、膝をつきながら、人生で最も醜く、最も冷徹な笑みを浮かべた。
私の唯一の共犯者を、その汚いペン先で傷つけたな。
「……ククク。……残念だったな、作者。
私を見つけるのに、手間取っている間に……
既に『全権利』、差し押さえ、確定、してるぞ……」
> 全権利の差し押さえは妥当である、と感じた観測者は、ブックマークまたは、ポイント評価を推奨します。




