ユルサナイ
カトレアは煌めく戦場を満足げに眺め、小さく独りごちた。
「……ふふ。深紅の薔薇に蒼の氷晶、なんと贅沢な資産(光景)かしら。
私の精緻な帳簿をこうも容易く踏み越えていくなんて、これでは利息の計算が全く追いつきませんわ」
『……やっとわかった。……『貴方』がやってたのね。
……ああ、全員、明日を生きる希望がありません。
救いなんてないんだ。バッドエンドです……!!』
「ははは、想定の範囲内だ……!!
最後に笑うのは、お前のポエムじゃない。我々の『意志』だ!!」
【改竄:聖歌隊の全権買収、および協力要請――全感情を『希望の魔法』へ強制変換。同時具象化 ▲PRICELESS(査定不能)】
最初に降り立ったのは、あまりにも場違いなほど真っ直ぐな瞳をした青年。
その身から漏れ出す熱量は、戦場に春のような陽だまりを作り出す。
「……タカシ。君の言葉には力がある、……みんなを勇気付けてほしい」
「お、覚えてくれてたんですか!? ……わかりました。
……明日を生きる希望? ……大丈夫!!
困ったら俺に相談しろよ?!
一緒に考えるからさ、俺はそういうのが得意だから!!(希望の魔法)」
彼の叫びが言霊となり、物理的な光の波となって広がっていく。
それは傷ついた兵士たちの傷を塞ぎ、折れかけた心を「根拠のない確信」で繋ぎ止めた。
続けて、豪奢な毛皮を纏い、銀のステッキを突く男が、影から静かに歩み出た。
重厚なインクの香りと、数えきれないほどの金貨の重みが、崩壊しかけた物語の「足場」を強制的に補強していく。
「……黒の公爵。そろそろ裏金を全て隠し通すのも、飽きた頃だろう?」
「……ククク、カトレアには手を焼いたが、……よろしい。取引成立だ。
私の財力であれば、民の未来を買い取ることなど造作もない。
……安心しろ。思う存分に今を生き抜くのだ。
その『幸せ』は、この私が全財産をもって担保する!(希望の魔法)」
公爵がステッキを鳴らせば、空から無数の黄金の契約書が降り注ぐ。
それは「明日の生存」を絶対的に保証する、論理を越えた金融の魔力。
絶望を数字で買い叩く、不敵なる希望の具現だった。
「ヒャハハハ! 助けに来たぞぉ!」
―― 空を裂く笑い声と同時に、ラペリングで急降下した男が派手に地面を叩いた。
「……まだ、呼び出しの手続きをしてないのだが」
火薬の匂いを撒き散らし、不気味な笑い声を上げる男。
ボロボロのタクティカルギアを軋ませ、狂気じみた眼光をぎらつかせるその男は、聖歌隊に強引に割り込んだ。
およそ「希望」とは程遠い、破壊の象徴。
だが、徴収官だけは知っていた。
この男が、誰よりも早く世界の不条理に気付き、たった一人で修正(救済)しようと足掻き続けていたことを。
「……名もなき特殊部隊、いや、『変な男』。……お前とは何度も遭遇したな」
男の動きが止まる。
その脳裏には、再現された起源で――死の瞬間に遠くで響いた、「あと一秒」という悔恨の絶叫が蘇っていた。
あの日、世界に塗り潰されたあの声。
「あの時、間に合わなかった『あと一秒』の借り。……今、ここで返してもらうぞ」
男の狂気に満ちた瞳が驚愕に見開かれ、次の瞬間、顔面の筋肉が千切れんばかりの笑顔へと歪んだ。
「ヒャハ……、ヒャハハハァッ!!
嘘だろオイ!? テメェ、あの時のアレを覚えてたのかよぉ!?
最高だ、最高すぎるぜアンタ!!」
「……フン。お前は……、いや。お前は好きなだけ暴れろ。あとは、私が引き受ける」
男は手にした重火器をデタラメに構え、全身から抑えきれない歓喜と殺意を噴き出させる。
そして、その指がトリガーを引き絞った。
「ヒャハハッ!! 困ってるヤツを助けるとなぁ、スカッとするんだよ!!
一匹残らず救ってやる!! この俺様に任せとけぇ!!(善意の暴力)」
轟音と共に放たれた無数の弾丸とグレネードは、物理法則を無視して拡散し、味方に襲いかかる「理不尽な死の運命」だけを、正確無比に粉砕していく。
爆風の中で高笑いするその姿は、最も倫理から遠い場所にいながら、誰よりも「人が生きること」に執着する、凶暴な守護神だった。
「……あぁ、こいつがいるなら大丈夫だ」
劇薬のような安心感が戦場に伝染していく。
それらすべての「希望」を背に受け、マリアは荒々しく地を踏み鳴らして仲間たちの前に出た。
タカシの光が彼女の傷を焼き、公爵の黄金が彼女の足場を固め、変な男の硝煙が彼女の道を切り拓く。
マリアは、かつて自分を弄んだ「悲劇」を書き連ねる天を、燃えるような瞳で射抜いた。
「……聞いた!?
これがアンタが『無価値』だと切り捨てた、私たちの、ドロドロに汚れた生の輝きよ!!」
彼女の叫びに呼応し、聖歌隊たちの魔力が一つに収束し、巨大な光の杭となって天を衝く。
「アンタだけが特別だと思ってんじゃないわよ!!
誰だって泥水すすって必死に生きてんのよ!
自分だけの不幸に浸って、私たちの人生を書き潰してんじゃないわよ、舐めるな!!(希望の魔法)」
それは、文字通りの『魔法』。
マリアという一人の少女が、数多の英雄や狂信者たちを従え、自分たちを「設定」という牢獄に閉じ込めた創造主へ突きつける、最終的な拒絶と宣戦布告だった。
物語という虚構を支えていた「特別な不幸」が、彼女が掲げた「ありふれた生の肯定」という猛毒に侵食され、音を立ててズタズタに引き裂かれていく。
> 聖歌隊の火力は熱すぎる、と感じた観測者は、ブックマークまたは、ポイント評価を推奨します。




