単品2
ウィリアムテル序曲の勇壮なホルンが鳴り響く中、ロボまりんは光の奔流と化した電脳空間を疾駆していた。
「目標、電脳最深部――座標軸収束点まで、あと3,000レイヤー!」
機械的な音声で状況を報告しながら、ロボまりんの装甲パネルが展開し、加速ブースターが青白く発光する。データの海を切り裂き、ファイアウォールを突破し、さらに深く、深く――。
その時だった。
目の前の空間が六角形のパターンで歪み、オレンジ色の光の壁が展開された。
「そこまでです、まりんさん」
凛とした声とともに、湊ちゃんが両手を前に突き出した姿勢で現れた。その周囲には、絶対領域が幾何学的な紋様を描きながら展開されている。
「湊ちゃん!?なぜここに――」
「あなたが電脳最深部に到達することは、許可されていません。そのコアには触れさせません」
序曲が第二楽章、弦楽器の優雅な旋律へと移り変わる。
ロボまりんは急制動をかけるが、慣性で湊のATフィールドに激突。ゴォォォン!という音とともに衝撃波が電脳空間に波紋を広げる。
「くっ……!物理法則無視の絶対防御か……!」
「まりんさん、引き返してください。これ以上は――」
「無理だね!」
ロボまりんの両腕が変形し、プラズマブレードが展開される。ウィリアムテル序曲がいよいよ有名な「スイス軍の行進」のパートに突入――激しいストリングスのリズムが戦闘を煽る。
ズバァァァン!ガキィィィン!
プラズマブレードがATフィールドに叩きつけられるたび、オレンジの光が火花を散らす。
「ATフィールド展開率120%――まだまだ!」
湊が両手を交差させると、フィールドが二重、三重に重なり、さらに強固な障壁となる。
「ならば――システム・オーバーライド!出力300%!全エネルギーを推進系に!」
ロボまりんの背部から追加ブースターが展開され、光の翼のように広がる。序曲のクライマックスが近づき、オーケストラ全体が高揚していく。
「押し通る――ッ!」
「させません――ッ!」
二人の力がぶつかり合い、電脳空間そのものが軋む。データの奔流が渦を巻き、周囲のレイヤーが崩壊を始める。
ドガァァァァァン!!!
序曲のフィナーレが炸裂する瞬間――ロボまりんと湊ちゃんは完全に拮抗し、互いの力を相殺し合ったまま、電脳空間の中空で静止した。
「……まりんさん」
「……湊ちゃん」
余韻が消えていく中、二人は睨み合ったまま――
「……続きは、リアルでやりますか?」
「……いえ、今日のところは引き分けということで」
こうして、電脳最深部をめぐる攻防は、決着を見ることなく幕を閉じたのだった。
◆ ◆ ◆
電脳空間の最深部――そこは無限に広がる白い空間だった。
「湊ちゃん、もう逃げられないよ」
ロボまりんの両肩に、巨大なミサイルポッドが展開される。だがその弾頭部には、ミサイルではなく――デジタルペンタブレットとイラストソフトのアイコンが刻まれていた。
「創造兵装『クリエイティブ・フォース』――起動!」
「やめてください!私は絵を描きません!描けません!描いてはいけないんです!」
湊のATフィールドが全方位に展開され、その表面に無数の文字が浮かび上がる。
『ダサい』『センスない』『才能ゼロ』『見るに堪えない』『恥ずかしい』『消去推奨』
「『自己批判シールド』――全面展開!絵を描くという概念そのものを拒絶します!」
ドガァァァン!
ロボまりんから射出された「お絵描き強制ビーム」が、湊の自己批判シールドに激突する。
「くっ……!でも諦めない!湊ちゃんの絵、見たいんだ!絶対に才能あるはずなんだから!」
「ありません!データベースを検索しても、私の画力は統計的下位3%!試しにあげてみた絵をエゴサーチすれば無断転載サイトで『dumb』タグがつけられまくる!描けば描くほど自己嫌悪が加速し、精神安定性が27%低下!これは統計的で構造的な事実です!もうこれ以上惨めになりたくないんです!」
湊が両手を振りかざすと、自己批判シールドから「過去の黒歴史イラスト」の残骸データが射出される。それは見た者の目を逸らさせる、強力な羞恥攻撃だった。
「うわっ!これは……確かに……いや、でも!味がある!個性がある!」
「嘘です!それは優しさという名の偽善です!みんなそうやってオブラートに包んでくるけど本心では『ダサい』『みっともない』って思ってるんです!」
ロボまりんの推進ブースターが緩んで、湊のシールドが拡大する。
「たしかにそうかもしれない、でも――!」
ロボまりんが接近戦に持ち込む。右腕が変形し、巨大な「励ましの言葉ハンマー」が出現する。
「僕は君なら描けると思う――ッ!」
「描けません――ッ!」
湊が展開したのは、「完璧主義の盾」だ。理想と現実のギャップを可視化し、あらゆる創作意欲を削ぎ落とす恐るべき防御兵装。
ドゴォォォン!
励ましハンマーと完璧主義の盾が激突し、電脳空間に亀裂が走る。
「絶対に描けると思う――ッ!」
「描けませんったら描けません――ッ!!」
励ましハンマーと完璧主義の盾が再度激突。電脳空間に激震が走るが湊はびくともしない。
湊の手から赤い血が滴り落ち、空間をにじませる。盾を握る手が震えるが、今ここで手放せば負ける。
「練習しろ――!練習したら誰でもうまくなれる――!!」
「練習で『私はやっぱりだめなんだ』って自己批判したことがないないからみんなそうやって言うんです!わからずや!人でなし!!」
激怒した湊の盾が変形し、高速で飛んで「励ましハンマー」の柄を切り落とす。鎚が地面に激突し、電脳空間が凹む。
「たしかに僕は人じゃない――なぜなら、ロボットだからだ。でも、ロボットだからといって願望を持っちゃいけないとはロボット三原則も言わなかった」
ロボまりんは切れたケーブルから溢れるオイルをあえて無視しながら言い切る。
「ここまで嫌がってる人に、『絵を描いてほしい』と言い続けるのもロボット三原則に違反してないと言うんですか」
「なぜならぼくは善意で動いてるからね。人間とは、最大多数の最大幸福で動く生き物だろう?」
「わたしがそこに含まれてないと言ってるんです!根本的な話をずらさないでください!」
「やれやれ、埒が明かないね。――最終兵装!『上達見せつけシステム』安全装置解除、撃――ッ!!」
「それは卑怯です!私の自己評価を地の底まで叩き落とす気ですか――きゃあっ!」
シールドにノイズが走り、湊が後ずさったのを見て「勝利」を確認するロボまりん。
シールドに命中する度に、維持しようとする腕が痺れて苦しむ湊。その目に希望はなかった。
そんな湊にわかってほしくて、左腕のキャノン砲――「SNS投稿強制装置」を照準する。
「これで湊ちゃんの絵を全世界に公開――」
「絶対阻止ィィィィ!!!」
バチィィィィン!!!
「『存在抹消フィールド』!私が描いた絵は、この世界に一枚たりとも残しません!過去も!現在も!未来も!」
フィールドが暴走し、周囲の電脳空間から「湊の絵」に関するあらゆるデータが消去されていく。下書き、落書き、練習、習作――全てが細かな粒子となって流れていく。
「そんな……!湊ちゃん、それじゃあ――」
「これでいいんです!これが最適解!貴方のような思いやりのかけらもない人に尊厳を踏みにじられるなら、私は、絵を描かない未来を選びます!もう傷つかない!貴方がたは諦める!どうせ流れていくそれを一時の情動を動かすためのてことしてしか使わないんだから!それで丸く収められる!」
ズドォォォォン!!!
存在抹消フィールドとクリエイティブ・フォースが真正面から激突――
電脳空間全体が真っ白に染まり――
静寂。




