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厭な襲撃

 ◆


 エリアス王子が王都へと帰還し、その「立派な男」ぶり(ヘルゲート基準)を遺憾なく発揮して宮廷を恐怖と混乱の坩堝に叩き込んでから二週間。ヘルゲート公爵領は、相も変わらず陰鬱な瘴気と、それに反比例する領民たちの異様な幸福感に満たされていた。


 そして今日、この狂気の理想郷(アルカディア)から、一輪の毒花が王都へと旅立つ。


 旅立ちとは通常、希望と不安、そして別離の寂しさを伴うものである。だがヘルゲート公爵家において、そのような感傷は不純物でしかない。彼らにとって別離とは新たなる悲劇の種を蒔くための神聖な儀式であり、呪詛と悪意の交換会に他ならない。実に健全で、前向きな家族の在り方と言えよう。


「おお、デスデモーナ! 我が愛しの小さな厄災よ!」


 当主レドラムは、城の玄関ホールで、まるで世紀のオペラの主役のように朗々と叫んだ。


「ついにこの時が来た! あの退屈で、偽善的で、そして致命的に平和な王都に、お前という名の劇薬を投下する時が! 存分に暴れてくるが良い! やつらの鼻持ちならぬ正義感とやらを、お前の邪悪さで粉々に打ち砕いてやるのだ!」


「ええ、お任せくださいまし、父様」


 デスデモーナは、闇を凝縮したような漆黒の旅行用ドレスを纏い、完璧な淑女の笑みを浮かべて応えた。いまさら言うまでもないが、彼らには悪意はない。ヘルゲート公爵家の面々は誤解されがちだが、善意の人々ではあるのだ。


「王都の皆様にも、我がヘルゲート家の『愛』と『多様性』の素晴らしさを、存分にお裾分けして差し上げませんと。特に、エリアス様には、たっぷりと」


 ウェネフィカがまるで影が滲み出るかのように静かに近づき、小さな銀のケースを差し出した。


「デスデモーナ。王都の食事は、私たちにはあまりに清潔すぎて、かえって体に毒ですわ。これを」


 中に入っていたのは、ドス黒い色をした丸薬だった。ヘルゲート領の瘴気を特殊な魔術で濃縮し、さらに数種類の致死性毒物を絶妙なバランスで配合した『故郷のヘルゲイト・デライト』である。これを服用すれば、どんな清浄な環境でも、たちまちヘルゲートの陰鬱な空気を体内に再現できるという優れものだ。


「まあ、お母様! お心遣い、痛み入りますわ」


「うむ! 期待しているぞ、デスデモーナ! せいぜい盛大に呪われてくるがよい! そして、王都を不幸のどん底に陥れてやるのだ!」


 家族の温かい呪詛(あるいは祝福)に見送られ、デスデモーナは馬車に乗り込んだ。


 彼女が乗る馬車は、ヘルゲート公爵家が誇る技術の粋を集めた逸品だったが、一つ奇妙な点があった。御者がいないのだ。


 漆黒の車体は、まるでそれ自体が意思を持っているかのように、滑るように闇の中を進んでいった。


 ◆


 大規模な凶作とそれに伴う治安の悪化により、世界各国は荒れていた。飢えた民衆は盗賊となり、旅人を襲う。それは必然の摂理であり、ある種の経済活動ですらあった。


 そして今、その経済活動の最前線にいるのが、悪名高き野盗団「血錆びの鉤爪ブラッドラスト・タロン」であった。王国は野盗がわくほど荒れ果ててなどいないが、外からこうして「出稼ぎ」にやってくる事はままある。


 彼らは、元は傭兵崩れの集団だったが、その名の通り、無意味な残虐行為を得意としていた。商隊を襲えば、金品を奪うだけでなく、商人の耳や鼻を削ぎ落として記念品にする。村を襲えば、必要以上に家屋を破壊し、女子供を恐怖に陥れることを楽しむ。彼らは単なる略奪者ではなく、恐怖と暴力のエンターテイナーだった。実にしょうもない連中である。


 その「血錆びの鉤爪」が、今、一台の馬車を狙っていた。


「頭! 獲物だ! しかも、上玉だぜ!」


 下卑た笑いを浮かべた男が、頭目であるドルガンに報告した。ドルガンは熊のような大男で、その顔には無数の傷跡が刻まれている。彼の持つ巨大な戦斧は、これまで何百人もの血を吸ってきた。


「よし、野郎ども! 仕事の時間だ! あの馬車を止めろ!」


 野盗たちは雄叫びを上げ、馬車を取り囲んだ。


 だが、彼らはすぐに異変に気づいた。


「おい……待て。御者がいねえぞ」


「馬が勝手に走ってやがるのか!?」


 さて、どう止めるか──とドルガンが思案するのも束の間、馬車は勝手にその場に停車した。


 それはそれで奇妙なのだが、短絡さと狂暴さにかけてはドルガンの右に出る男はいない。


待ってましたとばかりに馬車の前に飛び出し──


「へっへっへ、観念しやがれ!」などとテンプレめいた事をいう。


 そしてドルガンが下卑た笑みを浮かべ、馬車の扉を乱暴に開け放つと。


 中から現れた人物を見て、大いに困惑した。


「ごきげんよう、皆様。本日はどのような趣向でわたくしを楽しませてくださるのかしら?」


 デスデモーナ・ヘルゲートが、月光を浴びたように青白い肌に、血のような赤い唇で微笑んでいたからだ。


 野盗たちは一瞬、自分たちが何をしているのか忘れた。彼らが期待していたのは、恐怖に泣き叫ぶ貴族の令嬢だった。だが目の前の女は、まるで旧知の友人を迎えるかのように、穏やかに微笑んでいる。


「まあ、なんて素敵な方々。その野蛮さ、その無法さ、そしてその絶望的なまでの美的センスの欠如! ああ、心が躍るわ」


 デスデモーナはうっとりと呟いた。


「て、てめえ……! 状況が分かってんのか!」


 ドルガンは混乱と、そして得体の知れない恐怖から怒鳴り声を上げた。


「ええ、もちろん。皆様は野盗で、わたくしは哀れな被害者。そしてこれから、素敵な悲劇が始まるのでしょう? 誘拐、監禁、そしておそらくは凌辱と殺害。実に古典的で、素晴らしい展開ですわ」


「気味の悪い女だ……おい、お前ら! とっとと捕まえろ! アジトに連れて行くぞ!」


「まあ! アジトにご招待いただけるなんて、光栄ですわ!」


 デスデモーナは抵抗するどころか、むしろエスコートされるかのように、優雅に彼らに身を任せた。困惑したのは、むしろ野盗たちの方だった。


 ◆


 連れてこられた野盗団のアジトは、デスデモーナの期待を遥かに上回る、実に陰惨な場所だった。


 湿った洞窟の奥に作られたその空間は、松明の明かりで照らされ、壁には血と汚物がこびりついている。地面には、彼らの「戦利品」であろう、壊れた家具や、引き裂かれたドレスが散乱していた。実に不潔で、不快で、そして暴力的な空間だった。


「素晴らしいわ! この閉塞感、この不潔さ、そしてこの絶望的なまでの居心地の悪さ! まるで、わたくしの心の故郷に帰ってきたようだわ。こんな素敵な場所へ連れてきてくださった事を心から感謝いたしますわ!」


 そんな事を言って、その辺の野盗Aにウインクをする。


 まあ彼女からするとお世辞ではある。ヘルゲート公爵領はこんな場所より更に不潔で、陰気で、絶望的だ。


 デスデモーナは満足げに周囲を見回した。


 野盗たちはもはや彼女をどう扱っていいのか分からなかった。


「親分、こいつ、頭がおかしいんじゃねえか?」


「黙ってろ! 見れば分かる!」


 頭がおかしかろうと、見てくれが良ければ金になる──ドルガンはそう考えていたのだが。


「あ、ああああ!!!間違いねえ!こいつは、こいつは魔女だ!!!」


 その時、部下の一人が叫び出した。先ほどデスデモーナからウインクを受けた男──野盗Aである。


「もう我慢ならねえ! こんな気味の悪い女、さっさと始末しちまおうぜ!」


 男は腰の剣を抜き放ち、デスデモーナに向かって振りかぶった。狙いは彼女の首。躊躇いのない、確実な殺意を込めた一撃だった。


「お、おい待……」


 ドルガンの静止にも聞く耳持たず、刃がデスデモーナの首に触れ──


 誰もが、彼女の首が飛ぶ凄惨な光景を想像した。


 だが。


「あら、素敵な剣ですこと」


 キン、と涼やかな音が響いた。


 男の剣は、デスデモーナの首筋に届く寸前で、ぴたりと静止していた。彼女が、親指と中指の二本だけで、その刃をつまむようにして受け止めていたのだ。


「ば、馬鹿な……!?」


 男は目を見開いた。渾身の力を込めても、剣は微動だにしない。まるで、鉄の万力で固定されたかのようだった。


「少し、錆びていますわね。素敵ですわ。斬殺ではなく、病による死を狙ってこの様な杜撰なお手入れを?」


 彼女はそう言うと、こともなげに剣の刃に舌を這わせた。


 滑らかな舌が、刃の上を滑る。


 ツー、と一筋の血が流れた。舌先がわずかに切れたのだ。


 デスデモーナはその血を指先で拭うと、まるで紅を差すかのように、自らの唇に塗りつけた。


 血で濡れた唇が妖艶に歪む。


「うふ」


 短く笑うデスデモーナは恍惚とした表情で目を見開き──()()()と大きく瞬きした。


「どうかしら、わたくし、キレイ?」


 ニタリ、と。その笑顔は、もはや人間のそれとは思えない。


 その瞬間、洞窟の中の影が一斉にざわめいた。


 松明の火が大きく揺らぎ、森の外からは無数の鳥たちが驚いて飛び立つ羽音が聞こえてきた。


 まるで深淵の扉が開かれたかのようだ。


「ひっ……!」


 野盗たちは本能的な恐怖に囚われた。


 これは彼らが弄んできた暴力とは、根本的に異なる種類の恐怖だった。


「化け物だ! 逃げろ!」


 誰かが叫び、野盗たちは我先にと洞窟から駆け出した。首領のドルガンでさえ大斧を放り出し、無我夢中で逃げ出した。


 ◆


 彼らは走った。薄暗い森を息も絶え絶えに走り続けた。そして──


 どれくらい走っただろうか。ようやく森を抜け、開けた場所に出た時、彼らは安堵の溜息をついた。


「はあ、はあ……ここまで来れば……」


 ドルガンが膝に手をつき、顔を上げ──絶句する。


「な、なんでだ! どうして……」


 目の前にあったのは、見慣れた洞窟の入り口。彼らが逃げ出したはずの、あのアジトだった。


 馬鹿げている。確かにアジトから遠ざかる方向に、全力で走ってきたはずだった。


「ど、どうなってやがる! 俺たちは確かに森を抜けたはずだ!」


「もしかして、あの女、本当に魔女なんじゃ……」


 アジトの中を覗き込むと、先ほどの女の姿はない。


「……いなくなったのか?」


 一縷の望みを託して、彼らは恐る恐る洞窟の中に入った。


 だが。


「うふふ」


「うふふふふふ」


 洞窟の奥から、あの笑い声が聞こえてきた。


 彼らが最奥部に辿り着くと、そこには信じがたい光景が広がっていた。


 デスデモーナがどこから調達したのか、豪奢なテーブルとチェアに座り、優雅なティータイムを楽しんでいたのだ。


「あら、皆様。お早いお戻りですこと」


 彼女が微笑んだ瞬間、野盗の一人が完全に正気を失った。


「うわああああ! 死ねええええ!」


 彼は絶叫しながら剣を振り上げ、デスデモーナに斬りかかった。


 デスデモーナは振るわれる凶刃を今度も受け止める──ただし、体で。


 剣が彼女の華奢な体を切り裂いた。鮮血が噴き出し、テーブルクロスを赤く染める。男は狂ったように剣を振るい続けた。肩を、胸を、腹を、何度も何度も切り刻む。


 肉が裂け、ピンク色の内臓が露出し、骨が砕ける音が響く。


 それは目を背けたくなるほど凄惨な光景だった。


 客観的に見て、実にグロテスクである。


 何がグロテスクかといえば、まあ飛び散る血や内臓ももちろんそうなのだが、この状況でなお笑みを絶やさない彼女がグロテスクであった。


「ああ……素敵な痛みだわ。生きているって実感するわね」


 彼女は血まみれの姿で、それでもなお優雅に紅茶を飲み──喉にぱっくり開いた傷口からはしたなくもお漏らしをしてしまう。


「あら、汗だくですわね。貴方も一杯如何?」


 彼女がティーカップを差し出したその時、彼女の片方の目玉が、眼窩からぐりっと滑り落ちた。


 ぽちゃん。


 目玉がティーカップの中に落ち、紅茶に小さな波紋が広がった。紅茶の中で虚ろな瞳がゆらゆらと揺れている。


 ゆらゆらと揺れて、男を見ている。


 嗚呼、目玉はまるで生きているようではないか。


「ひいいいいいいい!」


 男は剣を取り落とし、悲鳴を上げて尻もちをついた。失禁の跡が彼のズボンに広がっていく。


 それを見て、デスデモーナは堪えきれないといった様子で高笑いを上げた。


「うふふふふ!失礼あそばせ!わたくしとしたことが、目を、うふふ。零してしまいましたわ!」


 野盗たちは再び逃げ出そうとした。


 だが何度逃げても、何度逃げても、彼らはこの悪夢の森から抜け出すことはできなかった。



 ついに野盗たちは力尽き、デスデモーナの前に膝を屈した。


 心は完全に折れている。


「も、もう許してくれ……頼む……」


 ドルガンが泣きながら懇願した。


 デスデモーナは、不思議そうに首を傾げた。


「あら、なぜ? そもそも怒ってなどいませんわよ。あなたたちはわたくしの事が好きなのでしょう? だから、こんなに素敵な歓迎をしてくださった。わたくしは、わたくしを好いてくださる方には同じだけの“愛情”を返して差し上げたいと思いますの」


 彼女がそう言った瞬間、彼女の顔の皮膚の下が、ぞわぞわと蠢き始めた。まるで無数の虫が這い回っているかのように。


 そして、その顔が変容していく。


 野盗たちは戦慄した。なぜならその顔は彼らの知る一人の娘の顔だったからだ。


 数ヶ月前に彼らが捕らえ、凌辱し、そして殺害した娘。気が強い女だった。最後まで抵抗し、彼らに呪いの言葉を吐き続けた。だからこそ、彼らは念入りに()()()、そして殺して捨てた。


(た、確かに殺した! 確かに殺したのにッ……!)


 ドルガンは震え、後退る。


「誰が私を殺したの?」


 デスデモーナの声は、あの娘の声と完全に重なっていた。低く、怨嗟に満ちた声だった。


「誰が父を殺したの? 誰が私を殺したの? あんな計画を立てたのは誰? その人が憎いわ、とても憎い。私にはね、婚約していた人がいたの。とてもとても愛していたの。なのに、なのに──。ねえ、誰? 誰のせいなの?」


 その言葉は呪詛となって野盗たちの精神を蝕んだ。彼らはもはや、現実と幻覚の区別がつかなくなっていた。恐怖は、仲間への不信感へと変わり、そして殺意へと転化する。


「お、お前のせいだ! お前が最初にやろうって言ったんだ!」


「違う! 命令したのは親分だ!」


「俺のせいにするな!」


 極限の恐怖と混乱の中で、彼らは互いに罪を擦り付け合い始めた。そしてついに、一人の男が剣を抜き、「お前のせいだ!」と叫びながら隣の男に切りかかった。


 それが始まりだった。阿鼻叫喚の地獄絵図。血飛沫が舞い、怒号と悲鳴が響き渡る。


 ◆


 デスデモーナが()()()、と大きく瞬きした。


 彼女の顔は元の美しいままだった。


 全身の傷も、零れ落ちた眼球も、すべて元通りになっている──まるで、何もなかったかのように。


 眼前に広がるのは、死体の山。つい先ほどまで醜く争っていた男たちが今は静かな肉塊となって転がっている。


 その光景を見てデスデモーナが妖しく嗤った。


「ああ、なんて呆気ない幕切れかしら。もう少し楽しませてくれても良かったのに」


 だが、彼女は「あら?」と小首をかしげた。


 視線の先に、若い男が一人、尻もちをついたまま震えてこちらを見ている。股間部には大きな染み。まあその辺は仕方がないだろう。


「あなたはどうして──。ああ、あなた、ええ、そこのお漏らしをしたみっともないあなたですわ。あなたは彼らの仲間となったのはいつ頃なの?」


 若者は震える声で答えた。


「え、え、えっと、き、昨日……」


「あら、どうりで──」


 デスデモーナは若者の背後へ目をやる。


 若者は釣られて振り返るが、そこには誰もいない。


「あなたはどうしてここへ?」


 デスデモーナの質問に、若者はつっかえつっかえ、かろうじて答えていった。


 ・

 ・

 ・


 若者の故郷は大規模な凶作に襲われた隣国だった。


 乾いた大地はひび割れ、作物は枯れ果て、人々は飢えに喘いでいた。


 かつては実直な農夫であった彼の父親も痩せ衰え、母親は日に日に弱っていく幼い妹を抱きしめて泣くばかり。


 妹は熱病に冒されており、高価な薬がなければ明日をも知れぬ命だった。


 彼は家族を救うため、なけなしの食料を手に故郷を飛び出した。


 豊かな王国へ行けば仕事が見つかるかもしれない。妹の薬代を稼げるかもしれない──そんな思いで王国へたどり着いたはいいものの。


 現実は非情だった。異国から来た薄汚い風体の若者にまともな仕事などあるはずもない。


 そうして途方に暮れて腹を空かせて路地裏に座り込んでいると、人の良さそうな数人の男たちが声をかけてきた。


 「おい、兄ちゃん。いい体してるな。仕事を探してるなら、ちょうどいい話があるぞ」


 男たちは商隊の護衛だと名乗り、国境近くの村まで荷を運ぶのを手伝ってくれれば銀貨を渡す、と約束した。


 飢えと絶望の中にいた若者にとって、それはまさに天の助けに思えた。


 彼は何度も頭を下げて感謝し、喜んで男たちについていったのだが。


 しかし連れてこられたのは薄暗い森の奥にある、血と汚物の匂いが漂う陰惨な洞窟だった。


 そこで男たちは卑劣な笑みを浮かべ、本性を現し──


 ・

 ・

 ・

 

 まあよくある悲劇である。


 それを聞いてデスデモーナは人差し指を唇に当て、「あらまあ、素敵ですわね」「あらあら、なんて不幸なのかしら!」「弱りゆく家族!ブラボー!」などと合いの手を打っていく。


 そうして少し悩み。


「嗚呼、わたくしは何といじわるな性格なのでしょう、もっともっと不幸になる所が見たいと思っていますの。だからこれを差し上げますわ」


 そういって、金貨を()枚取り出し、若者に手渡した。


「え、こ、これは!」


それは若者の妹の薬を買って余りある大金であった。


「人とは突き詰めれば究極の不幸──死に向かっているとも言えますわ。つまり、生きれば生きるほどに人は不幸へ近づいていくのです。だからもう少し生を謳歌してくださいませ。そうして大切なご両親が亡くなる様を、あるいは妹さんが不意の不幸で亡くなる様が見れれば良いですわね」


若者はデスデモーナが何を言っているのか全く理解できない。


だから理解しようとするのではなく、感謝をした。


それを見たデスデモーナは「うッ!」と呻いて──


「なんて無礼なのかしら……素敵な殿方ですわね。でもわたくしには既に婚約者がいますから」


といって、手をひらひらと振りながら去って行った。


そして若者は、デスデモーナが見えなくなるまでずっと頭を下げていた。

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