9話 棺
ホタル率いる螢火隊は遺跡の中を地図を作成しながら進み続けた。
水晶遺跡の内部は果てしなく広大で一歩間違えれば迷いそうになるほどだ。きっとリリーの脅威的な方向感覚と記憶力がなければ一度や二度は迷って時間を無駄にしていたに違いない。
なんと言っても環境が最悪だ。
変わり映えのしない景色に、聞こえるのは自分たちの足音と魔物が発する音だけ。出現する魔物の種類も少なく、特殊個体とも遭遇しない。
つまりは似たような道が永遠と続いている。
これでは迷わない方がおかしい。
そんな日々を繰り返し、調査開始から三日が過ぎた頃、唐突に異変が訪れた。
螢火隊は大きく開けた空間に到達したのだ。
「なんですか……これは……」
「おいおい。冗談だろ……」
「……ぇ〜」
いつもは態度を変えないリリーでさえも言葉を失っている。
しかしただ開けた空間ならばこんなに驚くことはない。見渡す限りの水晶は変わらないが、空間の中央に明らかな異変があった。
螢火隊は警戒しつつも近づき、そこにあった物を見上げる。
「魔水晶……?」
見上げるほどに巨大な一つの魔水晶が鎮座していた。
しかし問題なのはそこではない。
「それに、人間……?」
魔水晶の中には人間がいた。
漆黒の髪を持つ、ホタルと同年代。つまりは17歳か18歳くらいの少年だ。しかし右腕は肩口から先が無く、左目にも大きな裂傷がある。
纏っている服は黒いズボンと申し訳程度の上着。その隙間から覗く肌は浅黒く、無数の古傷が刻まれていた。
満身創痍。悲惨な状況であることは明らか。
しかしその少年は安らかに眠るようにして魔水晶に囚われていた。
まるで水晶の棺だ。
ホタルはそう思った。
しかしその光景はどこか幻想的で神聖な物のようにも感じた。
だが見惚れている場合ではない。これは明らかに異常な光景だ。
「アイザック。どちらだと思いますか?」
ホタルは一番経験が豊富なアイザックに意見を求めた。
自分の考えに自信が持てなかったのだ。
「……初めに言っておくが、結論は『わからん』だ。流石のオレでもこんなのは初めて見た。それを前提として聞いてくれ」
「はい」
「……魔物だと考えるべきだ」
常に最悪を考える。
アイザックはそうして生き残ってきた。ならばこの魔水晶は人間を捕らえているのではなく、内部の魔物から生えていると考えるべきだ。
アイザックは自分の考えをホタルに説明した。
「なるほど。人型魔物ですか。珍しいですがあり得なくはないですね」
「【終末の獣】の可能性もある」
「【終末の獣】……ですか」
人型で有名ななのはやはり三種の超越種、その内の二種だろう。
巨人型、および鬼人型。そのどちらもが人型だ。
しかし目の前の少年は天を衝かんばかりの巨躯を持つでもなく、額から角が生えているわけでもない。
となると汎存種、もしくは固有種だがホタルには思い当たる【終末の獣】はいなかった。
結局アイザックの言った通り、わからないが結論だ。
「ならば不用意に触れるべきではないですね」
「ねぇねぇ。ホタルちゃん? これ生きてるのかなぁ?」
リリーが魔水晶に囚われた少年を真剣な目で見つめていた。
「……そうですね。普通に考えれば死んでいると思います」
「だよねぇ〜」
左目の裂傷はまだいい。
だが右腕の欠損は致命的だ。赤い血肉が露出してしまっている。大出血を引き起こしたに違いないだろう。
なのにも関わらず、応急処置を行った形跡がない。
普通に考えれば出血多量で命を落とす傷だ。
しかしリリーは考え込むようにじっと少年を観察していた。
「リリー? 何か気になる事でもありましたか?」
「……え? ん〜。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけね。なんだか顔色が悪くないことが気になって……」
リリーの言葉に、ホタルは再び少年に目を向ける。
……たしかに顔色は悪くない。
本当に眠っているようだ。もし右腕の欠損が無ければ、次の瞬間、目を開けても驚かない。ホタルはそう思った。
「まあでもその議論に意味はねぇな。現状オレたちにはどうする事もできない。この大きさの魔水晶を運び出す事も出来ねぇしな」
アイザックの言う通りだ。
現状、螢火隊にこの魔水晶をどうこうする術はない。
ホタルは同意するように頷いた。
「そうですね」
「だねぇ〜」
リリーも追従し、頷く。
「ですが一応記録だけはしておきましょう。リリー。お願いします」
「はいは〜い」
リリーはリュックから記録用のカメラを取り出すと、何枚か写真を撮る。するとカメラの下部からすぐに写真が現像された。
「はいこれ。どうぞ〜」
現像された写真をリリーはホタルとアイザックにも手渡した。
これは保険だ。もし、自分が死んだ時のための。
一人が死んでも、他の誰かが写真を持っていれば報告はできる。
「ありがとうございます」
「助かる」
ホタルとアイザックは受け取った写真を懐にしまった。
「では、行きますか」
ホタルは少年が眠る棺の横を通り過ぎ、先へと進む。
その時、ふとこんなことを思った。
――あの魔水晶の魔力を吸い尽くしたらどうなるんでしょう?