8話 水晶遺跡
「ハァーーー!!!」
ホタルの繰り出した鋭い突きが狼型魔物の身体から生えている魔水晶を粉砕する。
直後、魔物が白い靄となり宙に溶けるようにして消えていった。
魔物は死体が残らない。白い靄、魔力へと還り、消えていく。そう考えられている。
「こっちも終わったぜ隊長」
突撃銃でホタルと同じく魔物を倒したアイザックが銃弾を再装填しながらホタルに近づく。
「おつかれさまぁ〜。周囲に敵影はなしぃ〜」
「……警戒ありがとうリリー」
お礼を言いつつもホタルは口元に手を当て、思案に耽る。その様子にアイザックが訝しむような視線を向けた。
「どうしたよ隊長」
「なにか……変だと思いませんか?」
「そりゃ変なことだらけだろうさ。見てみろよこれ」
アイザックが当然だとばかりに両手を広げて辺りを見回す。そこにあったのは見渡す限りの魔水晶。どこを見ても魔水晶が視界に入るほどに満たされている。
「帰りは魔力の取り放題だねぇ〜」
リリーが腰に付いているカンテラを揺らした。
これは魔力蓄積カンテラという名前の遺物だ。しかし普通の遺物ではない。ヴァルハラの研究者たちが、発掘された遺物を解析して作り出した人工遺物だ。
魔水晶は重く、嵩張る。
大量に持てば動きが阻害されるのは当然。危険を伴う探索者にとってそれは由々しき事態だ。
しかしこの魔力蓄積カンテラのおかげで、ヴァルハラの探索者は魔水晶を持ち帰る必要が無くなった。それに今は魔水晶から漏れた魔力光があるため必要ないが、蓄積した魔力を使って光源にすることもできる便利アイテムでもある。
画期的な発明だ。
「確かにこんな数の魔水晶は見たことがありません。明らかに異常です」
大規模な鉱脈でもここまでびっしりと魔水晶が生えている事なんてない。
螢火隊はここまで1時間ほど進んできたが、魔水晶が途切れることはなかった。
しかし問題はそこではないとホタルは首を振る。
「しかし、それは禁忌録の碑石があるのならばありえない話ではありません」
魔力を絶えず生み出し続ける禁忌録の碑石。それがあるのなら、遺跡がこうなる可能性は十分ありえる。
おそらく先遣隊はこの光景を見て禁忌録の碑石があると予想したのだとホタルは考えた。
それでもこの数は異常だが、ない話ではない。問題は別にある。
「問題は魔物が弱すぎることです」
魔物は周囲の魔水晶の数や大きさ、内包する魔力量によって強さが増していくと考えられている。基本的に終域の深部に行けば行くほど魔物が強くなるのはそういう理屈だ。
よって、これほど多くの魔水晶があるのならば、既にこの遺跡は終域と化していると考えていい。それもまだ浅部なのにも関わらず最深部と同じ環境だ。
ならばもっと強い魔物が居て当然だとホタルは考えた。
本来ならばありえないことだ。
「あぁ。そういうことか」
「なるほどぉ〜。たしかに〜」
アイザックとリリーもホタルの言わんとすることに気付いた。
「たしかに魔水晶がこんなにあるんなら、もっと強くてもおかしくねぇな。隊長はどう見る?」
「そうですね……。考えたくはないですが、特殊個体が居ると想定しておくべきかと」
一体の魔物が魔力を独占することは稀にだがある。
魔水晶の影響を一身に受けた魔物、それが特殊個体と呼ばれる存在だ。【終末の獣】に匹敵するほどの力を持ち、幾つもの部隊を壊滅させてきた。
まさに天災とでも言うべき存在。過去、特級探索者が集結して、ようやく討伐出来たなんて記録もあるぐらいだ。
「ホント、考えたくもねぇな」
アイザックの額から冷や汗が流れる。
もしこの魔水晶の規模で特殊個体なんて出ようとものならA級探索者でしかないアイザックとリリーでは歯が立たない。
「こわいわねぇ〜」
「……全く怖そうに見えねぇんだよな」
リリーのいつも通りの様子にアイザックは苦笑した。
「ともあれいると想定して気を引き締めましょう。一応報告を試してみます」
「了解」
「りょうかぁ〜い」
ホタルは通信機をヴァルハラに繋げる。
しかし通信機からはノイズが聞こえるのみ。当初の予想通り、通信機は繋がらなかった。
……まあこれだけの魔水晶があればそれも当然ですね。
ホタルはそう結論付け、通信機を切った。
「繋がりませんね」
「まあ、これじゃ仕方ねぇだろ」
「そうねぇ〜」
「通信は諦めます。それでは進みましょう」
「おう」
「はぁ〜い」
それから水晶遺跡を進むこと、約6時間。
幾度かの戦闘の後、ホタルの腕に装着されている時計が一度振動した。時刻は16時ちょうど。あともう少しすれば日没だ。
「時間です。今日はここで野営にしましょう」
野営。
【終末の獣】が跋扈する終末では自殺行為だ。そんなことをしようものなら夜が来た瞬間に全滅する。
しかしリリーは気にせずに頷いた。
「りょうかぁ〜い。陽標はわたしが用意するね〜」
リリーが足を止め、背負っていたリュックを下ろす。
そして取り出したのは先端に球体が付いている一本の棒だった。
リリーは陽標と呼んだ棒を地面に突き刺し、持ち手部分を捻る。
すると目を覆いたくなるほどに凄まじい光が溢れ出した。
「毎度思うが、この明かりはどうにかならんのかねぇ?」
「仕方ありませんよ。これがなければ遠征なんてできませんからね」
陽標は終域の最深部で稀に発見される遺物だ。
原理は解明されていないが、太陽光を溜め込む性質を持っており、魔力を消費することにより溜め込んだ太陽光を放出する。
陽標の周囲は擬似的な昼となり、【終末の獣】は存在できなくなる。
希少故、滅多に見つかる物ではなく、ヴァルハラでも現在20本しか所持できていない。
その為、特級探索者のいる部隊にのみ支給されている。
現在、螢火隊に貸与されている陽標は合計5本。一本で3日はもつが、最後の一本はあくまで予備だ。よって12日間探索することができる。
しかし難点はアイザックの文句通り、その光量だ。
擬似的な昼を作り出すとはいえ明るすぎる。寝なければならないのに目が覚める光量だ。
「見張りはいつもの順番にするか?」
「はい。あまり睡眠の必要がない私が初めで、その後、リリー、アイザックの順番にしましょう。明日以降はリリーとアイザックの順番を1日ごとに交代で」
「了解」
「はぁ〜い。じゃあお食事の準備をするわねぇ〜」
「お願いします。リリー」
「任せてぇ〜」
ゆるい掛け声と共にガッツポーズを取り、そそくさと準備を始めるリリー。その様子を眺めながらホタルとアイザックは地面に腰を下ろした。
まだ探索は始まったばかりだ。