6話 超越種
「ぐぁあああああああ!!!」
肩口から血が噴出する。
いまだかつて感じたことのない激痛が脳を貫き、真っ赤な血が服を濡らしていく。
しかし倒れる訳にはいかない。今倒れたら、次に捻じ切れるのは頭だ。
俺はなんとか床を踏み締め、その場から距離を取った。
同時に残った左手で懐中電灯を取り出し、俺が先程までいた場所に向ける。
改造を施した懐中電灯は凄まじい光量を発揮し、辺り一面の闇を吹き飛ばす。
そこには何もない。何もいない。
だがそれでいい。何も映らないのが正しい。
『フハハハハハ!!!』
『先程までの威勢はどうした!?』
『つくづく運のないヤツだなぁ!』
スピーカーから鬱陶しい声が響く。しかし気にしている余裕はない。
今この場に居るのは【終末の獣】だ。
【終末の獣】汎存種:幽霊型。
暗闇の中にしか出現しない非実体の【終末の獣】だ。攻撃方法は念力のような不可視で未知の力。対処方法は単純明快。灯りを絶やさないこと。
しかし幽霊型は近くにある灯りを奪う性質を持つ。
いくら改造し、光量を高めた懐中電灯だろうと、もって数秒だろう。その予想を裏付けるかの様に光量が次第に弱まっていく。
……今のうちに!
痛みで意識が朦朧とする中、俺はなんとか駆け出し、部屋の外に出た。
すると懐中電灯の光量が戻る。
……記録……通りっ!
これで懐中電灯が炭鉱のカナリア――つまりは幽霊型を察知する役割を果たす。
「はぁっ……! はぁっ……!」
右腕を失った事により、身体のバランスがうまく取れない。俺は転がり落ちるようにして階段を降りていく。
……まずは止血しないとッ!
しかし後ろからは幽霊型が迫っている。それに利き手ではない腕一本では止血ですら時間がかかり過ぎてしまう。
そんな余裕はない。
……くそ! どうする!?
血を失い過ぎて寒気がしてきた。
フラッと体勢を崩し、壁に手を付く。そして寄りかかる様にして窓の外に視線を向けた。
……いま、なにか。
なにか、そこにあってはならない物が視界の端に映った気がして、視線を上へ向ける。
するとそこに信じられないモノを見た。
「ははっ――」
口から乾いた笑いが漏れる。
満天の夜空で羽ばたくは、夜の闇に溶けるかのように黒い、漆黒の龍。
【終末の獣】超越種、龍型。
三種の最強種。その一角に君臨する獣の王。
その中でも約300年前、北欧の国々を滅ぼしたとされる|黒龍《The Black Dragon》と同タイプ。
汎存種のように対処法が確立されておらず、遭遇したら生きて帰ることはできないとされている災厄だ。
全くもって不運。
|夜の訪れを告げる者《The Night Teller》に続いて超越種とは。
しかし文句を言っている暇はない。
……バレてない内に距離を――。
そう思った瞬間、龍がこちらを見た。
心臓を握りつぶされたかの様な錯覚に襲われ、呼吸が乱れる。
龍は遥か彼方にいるにも関わらず、俺を認識していた。
「グゥオオオオオオオオオ!!!」
大気を揺るがす咆哮が衝撃波を伴い、迫り来る。
「くっ!」
俺は窓から距離を取ろうとした。
だが遅かった。バリンと硬質な音が響き、身体ごと吹き飛ばされる。
何枚か壁をぶち破ってから、転がる様にして壁に激突した。
「がっ!」
肺が圧迫され、空気が漏れ出る。
ただの咆哮だけでこの威力。しかし幸運だ。もし一発で大国を滅ぼしたとされる龍ノ息吹を放たれていたら俺は今、生きていないだろう。
しかしそれよりも左目の痛みが激しい。恐る恐る触れてみると硬質な感触がした。
試しに目を閉じようとしてみるが、既に感覚はない。
タラリとあたたかい液体が顔を流れていく。
……ッ!
左目を失った。
そう気付いたが嘆いている暇はない。
……早く……早く逃げないと!
俺は身体に鞭を打って起きあがろうとした。しかし言うことを聞かない。身体に力が入らない。
「く……そ……!」
脳裏に死という文字が過ぎる。
しかし諦められない。諦めたくない。まだ託された悲願を果たせていない。
ただ他者の娯楽のためだけに消費される人生。そんな物になんの価値がある。
俺が今ここで死んでしまったら全てが無駄。同志たちの死も意味のない物になる。無駄死にだ。
それだけは許されない。
俺が意味のある死にしなくてはならないのだ。そうでなければ報われない。なんのために死んでいったのかわからない。
そう思う心とは裏腹に、やはり身体は動かない。
すると懐中電灯が光量を弱めていく。
幽霊型だ。奴が近づいてきた。
「うご……け! ……う……ごけ……よぉぉぉおおお!!!」
しかし現実は非情だ。
都合の良い救いなんてあるはずがない。
「く……そ!」
だが諦めない。それでも活路を探す。
俺は靄のかかった視界で周囲を見回した。
しかしそこはなんの変哲もない部屋だ。この最悪の状況を打破できるナニカなんて存在しない。
すると懐中電灯が消え、暗闇に歪な笑みを浮かべた仮面が浮かび上がった。
こいつが幽霊型だ。
俺の命はあと数秒。しかしそれでも思考を止めない。止めてはならない。
俺はかつてないほど高速に思考を働かせる。
そして気付いた。この部屋が外に面している部屋だと。
……一か……八か。
俺は懐に隠してあった一枚の板を取り出す。
これは遺物だ。一週間前に発見し、嵩張らないからという理由だけで装備に隠していた。
しかし遺物と言うにはその効果はイマイチ。ただ衝撃波を撒き散らすだけの遺物だ。
味方を巻き込む上、魔物には怯ませるぐらいしか効果がない。
しかし俺は怯ませられるだけ上等だと考えて隠しておいた。これも念の為だ。
これを使って壁をぶち破りつつ、身体を外へ押し出す。
しかしそこからは賭けだ。それもかなり分の悪い賭け。
九割九分九厘、俺は死ぬ。なにせここは高層ビルの上層階。地上までは何十メートルあるかわからない。
普通に考えれば地面に叩きつけられて死ぬ。
だがこの部屋の外は崖になっている。
それも底の見えない程に深い。深淵とでも呼ぶべき地形。落ちたらまず助からない。
……だけど、今この場で死ぬよりは。
「いい……よなぁあああ!!!」
100%の死より、99.9%の死。
0.01%でも生き残れる可能性があるのなら、俺はそれに賭ける。
……それに、不運続きだ。最後に幸運が舞い降りてきても罰は当たらねぇだろ!
俺は覚悟を決め、遺物に付いた突起をありったけの力を込めて押し込んだ。
遺物についていたランプが点灯する。
「……く……らえ」
俺は遺物を放り投げる。
綺麗な放物線を描いて飛んでいく遺物。それはカランと音を立てて床に転がった。直後――。
「ガッ!!!」
凄まじい衝撃波を撒き散らした。あまりの衝撃に視界が明滅する。
そして気付いた時には、全身に浮遊感を感じていた。
空が遠ざかり、一瞬にして周囲が暗闇に閉ざされる。
……まっ……てろ。冠を被った豚ども。お……れが……必ず……。
残った左腕を天高くへと伸ばす。
その先では|黒龍《The Black Dragon》が星々煌めく夜空を背に、漆黒の翼を広げていた。
そうして俺の意識は闇に包まれ、プツンと途切れた。
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