4話 あと少し
「はぁ……! はぁ……!」
「Kっ! 大丈夫か!?」
俺はZ1465と廃墟になった民家に入り、物陰に身を隠す。撤退開始から既に30分。既に生き残りは二人だけとなっていた。
全員、俺が死ねと命じた。
「……ああ。問題ない。あと少しだ」
転移ポータルが設置されている高層ビルはもう目と鼻の先だ。だが少し小ぶりな六足獣型がロビーに入っていくのが見えた為、今は身を隠している。
「残り時間は?」
転移ポータルは日没と共に停止される。
しかし早めに帰還の判断をした事により、まだ時間に余裕はある。
「まだ大丈夫だ。だがイレギュラーを考えるとここに居られるのは15分と言ったところだな」
「了解。なら15分後だな」
「ああ。身体を休めておいてくれ」
「それはこっちのセリフだ」
俺とZ1465は同時に座り込み、ロビーの入り口が見える位置で体力の回復に努める。
しかし緊張は解かない。地響きは断続して続いている。蠕虫型が地中を彷徨いているのだ。
「K。わかっているな? お前が生き残る為なら、俺の命も使え。情は捨てろ」
「心配するな。もう覚悟は決めた」
これまで一年を共にしてきた仲間、Z1465。
情がないと言えば嘘になる。計画のため、何度も相談に乗ってもらった。気恥ずかしくて決して口にはしないが、俺は親友だと思っている。
だけど目と鼻の先とはいえ、ここから転移ポータルまで行くにはまだ距離がある。きっとまた、命じなければならないだろう。
それをZ1465も分かっている。
「ならいい。あまり重荷を背負わせる事は言いたくねぇが、あとは任せたぞ?」
「任せろ。俺だけはなんとしても生き残って見せる」
俺の言葉を聞いてZ1465はフッと笑って見せた。
目元に熱い物が込み上げてきたが、下を向いて誤魔化す。
それから俺たちは一言も喋らなかった。
すると13分19秒後、高層ビルのロビーから六足獣型が姿を現し、どこかへと消えていった。
「さて行くか。K」
「ああ」
時間ではないが、今がチャンスだ。
Z1465が先に立ち上がる。俺は差し出された手を掴み、立ち上がった。
「俺が先頭でいいな?」
「問題ない。ルートはわかっているな?」
「それこそ問題ない。何年一緒にいると思ってんだ」
まだ一年だよ、とは言わない。
もう余計な口を叩いている暇はないのだから。
「行くぞ!」
音もなく駆け出したZ1465の後を急いで追う。
まだ激臭玉の効力は残っている。よって気をつけるのは音だ。しかし歩いて移動するわけにも行かない。
まだ視認してはいないが、汎存種:蜥蜴型もいるのは確定している。四人目のO8943が死んだ時、特有の鳴き声を聞いたからだ。
そいつは極めて高度な保護色を使う。ほとんど景色と同化する為、見つける事は出来ない。
代わりに足が遅く、狩りも下手な為、走っていればまず捕まらないというなんとも罠みたいな【終末の獣】だ。
どこに蜥蜴型が隠れているかわからない以上、走り抜けるしか選択肢はない。
「グォォォオオオ!!!」
咆哮が響く。
右を向くと廃墟の隙間から先ほど離れて行った六足獣型とは別の個体が凄まじい勢いでこちらに迫ってきた。
「K!!!」
前を走るZ1465が振り返る。
高層ビルの入り口までもう後数歩の距離。迫ってきている六足獣型は先ほどの個体よりも大きいため、中に入ってしまえば追ってこられないだろう。
しかし六足獣型は速い。間に合うかどうかは賭けだ。
今ここでZ1465の命を使い、確実に中に入るか。それとも使わずに二人で中に入る方に賭けるか。
一瞬の逡巡。直後――。
「――駆け抜けろぉぉぉおおお!!!」
俺はZ1465の命をここでは使わないと決断した。
情が判断を鈍らせたわけではない。全く入っていないかと言われたら嘘になるが、それでもZ1465はまだ必要だ。
「ッ!? ――了解!!」
Z1465は顔を歪めながらも前を向き、速度を上げる。俺もそれに続く。
「いっけぇえええええ!!!」
そして俺たちは高層ビルのロビーに飛び込んだ。直後、背中を六足獣型の足が俺の首筋を掠めた。
血が流れるのを感じる。
しかし首は繋がっていた。薄皮一枚切れるだけで助かったらしい。
その後も俺たちはひたすらに足を動かし、ロビーに辿り着いた。
「K!!!」
Z1465が振り向き、怒りの形相で胸倉を掴んできた。
「情は捨てろと行ったよなァ!?」
「分かってる! 情じゃない! このロビーに【終末の獣】が居ないとは限らないだろ! そうしたらお前の命が必要だ!」
「……ッ! わかったよ。そういう事にしといてやる」
ここで揉めている時間はないと判断したのか、Z1465は胸倉から手を離した。
「だけど予想は外れたな」
Z1465がロビーを見渡しながら呟く。そこに【終末の獣】の姿はない。
「だな」
「ともあれ今回もこれで生きて帰れそうだ。行くぞ。先導す――」
その瞬間、Z1465の胴体が歪んだ。
「――ッ!? Z!」
上へ吊り上げられるようにZ1465の身体が上昇していく。
「クソが!!! 行けッ! ケ――!!!!」
そして唐突にZ1465の姿が消えた。
当たってほしくない予想が当たってしまった。
蜥蜴型だ。今この状況に至ってさえ、ヤツがどこにいるのかわからない。
「クソがぁぁぁあああ!!!!!」
俺は一心不乱に駆け出した。
……せっかく二人で生き残れたと思ったのに!!!
視界が歪んで前が見えない。だけど足を止めるわけには行かない。俺はひたすらに転移ポータルのある15階へと階段を登り続けた。