17話 出会い
【終末の獣】を倒したとはいえ、その数はたったの一体。無尽蔵に湧いてくる【終末の獣】にとっては何の痛手でもないだろう。
いつまでも俯いてはいられない。
立ち上がらなければ死ぬ。それが終末だ。
俺は足に力を入れて立ち上がる。
力を手にしたからと言って、次々と押し寄せてくる【終末の獣】を相手にして生き残れるとは決して思っていない。
それに得た力は長い時間使える力でもない。
「――ッ!?」
そんなことを考えていると、大きな地震が起きた。
……蠕虫型。拳を振り下ろさなくてよかった。
俺は足を止め、振動が去っていくのをひたすらに待つ。
じっと身動きをせずに数分。すると徐々に目が慣れてきた。
……これは、洞窟か?
周囲には地面のみならず壁や天井に至るまで魔水晶が山ほど生えていた。
その数は俺が今まで見たどの鉱脈よりも多い。
全て持ち帰れれば、一体どれほどのエネルギーになるのだろうか。
……ん?
俺は魔水晶に魔力が宿っていないことに気付いた。
これでは持ち帰っても意味はないだろう。
……いや、そんな事はどうでもいいな。
俺は頭を振って思考を振り払う。どのみち俺にはもう帰る場所はない。残してきた同志たちが心配だが、連絡も取れない以上、考えるだけ無駄な話だ。
……どこか身を隠す場所を見つけないとな。
まずはこの夜を生き残ることが先決だ。
おそらくあと数分もしないうちに【終末の獣】が大挙して押し寄せて来るだろう。
それまでにどこか安全な場所へ身を隠さなければならない。
問題はそんな都合のいい場所があるか、だ。
俺は動けない今のうちに周囲を見回して地形の把握に努めることにした。するとなにやら地面に粒子、もとい魔力が集まっているのが見えた。
……あれは……遺物か?
俺は蠕虫型が過ぎ去るのを待ってから落ちているものを拾いにいった。
……なんだこれ?
落ちていた物は棒状の遺物らしき何かだった。
棒状で先端には電球のような物が付いている。
少し弄っていると、俺は持ち手が回転することに気付いた。しかし回転させても何かが起こることはない。
……壊れてんのか?
何か役にたつかもしれないと思い、俺はその場に腰を下ろした。そして急いで遺物を解体、破損箇所の特定をしていく。
するとすぐに壊れている部分を特定できた。
……なんとかなりそうだな。基盤が壊れてなくてよかった。
基盤、核の部分が壊れていたらお手上げだった。
何の設備もないこの場では直すことができない。
しかし幸いなことに壊れていたのは持ち手の上の部分だった。それに壊れているというよりも歪んでいると言ったほうが正しい。
この歪みがスイッチであろう回転部分の動きを阻害しているのだ。
……おし。やるか。
俺は歪んでいる部分を水晶化した右手で叩いていく。
普通はハンマーを使うところだが、硬さは申し分ない。よって歪みは徐々に正されていく。
あまり音を鳴らさないようにしたため少し時間が掛かったが歪みは取れた。
おそらく大丈夫だろうと判断して組み立てる。
そして持ち手を回すと溢れんばかりの光が放出された。
「うおっ!?」
凄まじい光量に慌てて持ち手を捻る。すると光は消えた。
……直ってそうだけどなんだこれ。懐中電灯か?
しかし僥倖だ。ここまで明るいとは思わなかったがこれがあれば光源には困らない。
明かりがあるならば身を隠す場所を探せる。
俺はひとまず周囲を探ろうとしたところで、倒れている少女に気付いた。正確に言うと、存在を思い出したという方が正しい。
……そういえばいたな。
俺は白髪の少女に近づく。
するとすぐに違和感を覚えた。
……あれ? さっきはもっと……。
ボロボロだったはずだ。
足は変な方向に曲がり、左腕は欠損していた。しかし今はそのどちらもが治っている。
明らかに致命傷ではない状態だ。
……? 見間違えたか?
あまり自信はないが先程までは真っ暗だった。見間違えた可能性もないわけではない。限りなく低いとは思うが。
俺はしゃがみ込み、再び状態を確認する。
すると腹部にあったはずの裂傷も消えていた。
……生きてる……のか?
口元に左手を当てると、息が掛かった。胸部を見るとゆっくり上下している。
……見捨てるのは……ないか。
人数が増えれば【終末の獣】に襲われる確率は上がる。それが怪我人とも慣ればなおさらだ。
しかしここで貴重な情報源を捨てるという選択肢はなかった。
……仕方ない。
俺は白髪を抱き起こそうと腕を回す。
するとその時、白髪がゆっくりと目を開けた。
「……んぅ……ぁ?」
焦点の定まらない目で周囲を見回したあと、パチリと目が合った。
「……!?」
おそらく離れようとしたんだろう。しかし身体に力が入らないのか、失敗していた。
「声は小さく頼む。【終末の獣】が近くにいる可能性がある」
そういうと、白髪の少女はコクリと頷いた。
「早急に身を隠す必要がある。どこか心当たりは?」
すると白髪は周囲を見渡し、俺の持っていた杖状の遺物に目を向けた。
「……陽光?」
「そこで拾ったんだ。これを知っているのか?」
「うん。……じゃなくて、はい。これは昼を齎す遺物です。ですが壊れています」
どうやらこの陽光とやらは少女の持ち物らしい。しかしそれ以上に俺は少女の言葉が気になった。
「昼を……齎す? 【終末の獣】が近づいてこないってことか?」
「はい」
俄には信じ難い言葉だ。
だが、それならば身を隠す必要はない。俺は陽光の持ち手を捻り、明かりをつけた。
これでひとまずは安心だろう。
「……え? あれ? さっきは確かに」
少女を見ると大きく目を見開いていた。そして恐る恐る聞いてくる。
「あの……壊れていませんでしたか?」
「直した」
「直した……? 遺物を?」
少女が信じられないものを見る目で見てくる。
「ああ。といっても歪んでただけだったから直ったんだけどな。もし基盤が潰れていたらアウトだった」
「そんな……いえ。ここはお礼を言うべきですね。ありがとうございます。これで夜を越せそうです」
少女が頭を下げる。どうやら本気で安堵したようだった。とても嘘をついているようには見えない。
だからひとまずはこの陽光とやらを信じる事にする。
そう思うと、一気に身体の力が抜けるのを認識した。
ようやく窮地を脱した。そんな実感があった。
「ですが、端には寄ったほうがいいでしょう。用心するに越した事はありません」
「そうだな。わかった」
俺は頷き移動しようと立ち上がる。しかし少女は起きあがろうとしなかった。
「……?」
訝しげな視線を向けると少女は顔を赤らめ、視線を俯かせる。
「……すみません。手を貸していただけますか?」
「ああ。……そうだな」
どうやら動けないらしい。
俺は白髪の少女を抱きかかえると、端に移動し、腰を下ろした。少女は隣に寝かせる。
「ありがとうございます。その……|猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》はどうなりましたか?」
――倒した。
そう言いかけて、すんでのところで止まる。
少女は悪い人間ではなさそうだが、信じすぎるのも危険だ。エリュシオンに俺の存在を密告された場合、冠を被った豚どもがどう動くかわからない。
「俺が気付いた時には居なかった」
俺は特に表情を変える事なくそう言い切る。
「そうですか……」
少女は何やら考えているようだったが、追求してくる事はなかった。
しかし気になる事はまだあるようで再び口を開く。
「すみません。失礼なことをお聞きしますが……貴方は人間ですか?」
「ああ。俺は人間だ。……まあこんなナリじゃ魔物と間違えても仕方ないけどな」
水晶化した右腕を挙げると、少女がふるふると首を振る。
「ああいえ、そうではなく。あそこの魔水晶の中に入っていた方ですよね?」
「……ん? 魔水晶の中?」
少女が視線を向けた先には大きな魔水晶があった。大きく砕けてはいるが、俺の身長よりもはるかに大きい。
「……? 覚えていないのですか?」
そんなことを言われても全く身に覚えがない。というよりも崖から落ちたのになんで魔水晶の中に入っているのか。
「……全く覚えてない。俺は崖から落ちたんだ。まあ自分から落ちたんだけどな」
「崖……というと旧米国領、西海岸沿いの大亀裂ですか?」
「キュウベイコ……?」
「……え? 旧米国領をご存知ないのですか?」
「ああ。知らない」
すると少女の表情が曇った。
「もしかして楽園もご存知ないとか……?」
「いや楽園は知っている」
「そう……ですか」
すると白髪の少女はしばらく黙っていた。
どうやら情報を整理しているらしい。どこまで情報を出すかを迷っているのだろう。
それは俺も同じだ。この少女がどう言う存在なのかがまるでわからない。
しかしもしかすると他の楽園に住む人間なのではないかと思えてきた。
俺の知る情報と少女の知る情報とで大きな差があるように感じたのだ。
エリュシオンの記録では他の楽園は全て堕ちたことになっている。他に調べる術がない為、信じるしかなかった。
だが、既に信憑性はない。
しばらくすると少女が俺の目を見た。
「失礼しました。まずは自己紹介から始めましょう。私は如月螢。楽園ヴァルハラ所属の特級探索者です」
どうやら俺の推測は正しかったらしい。
楽園は他にも存在する。