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16話 星の力

 気がつくと俺は地面に放り出されていた。

 魔水晶(クリスタル)の地面だ。しかしいつものようにぼんやりと光っているわけではない。

 辺りは闇に包まれている。


 ……まだ夜は終わっていないのか!? いや、そもそも何がどうなった?


 記憶を辿るが、最後の光景は落下しながら見た夜空だ。

 断崖絶壁の下に落ちたことは間違いない。


 頭が混乱する。

 しかし終末、それも夜において一瞬の混乱ですら命取りになることを俺は知っている。

 一瞬だけ目を閉じて即座に心を落ち着かせた。

 とりあえずあの地獄のような窮地を切り抜け、生きている。

 今はそれだけでいい。

 

 俺は周囲を見回す。

 目が慣れておらず、遠くまでは見通せない。

 しかしすぐ隣に人間が倒れていた。

 長い白髪を血に染めた少女だ。とにかく血の匂いがすごい。


 ……しかしなんで女がこんなところに?


 女なんて初めて見た。

 エリュシオンでは女は母体としての役割しかない。

 冠を被った豚(Crown Hog)どもに飼われ、隷属兵を産み落とす。ただそれだけの役割だ。

 健康状態を維持するために隷属兵よりは好待遇だと聞いたが、それでもクソみたいな生活だろう。

 まったくもって度し難い。


 しかし倒れている少女はその手に剣を持っていた。


 ……楽園(エリュシオン)は遂に女まで隷属兵にしたのか?


 一瞬そう思ったが、隷属兵ならば剣なんて与えられるわけがない。となると隷属兵とは異なる兵士、正規兵だろうか。

 バケモノのように強いとは聞いているが、実際に見たことはない。よって、真偽は不明だ。


 しかし今はそんなことどうでもいい。

 考えるのは後だ。


「……なた……は……」


 何か喋っているがよく聞き取れない。もう言葉を話す体力すらないのだろう。


 ……これは助からないな。


 貴重な情報源を失うのは痛い。

 だが少女には左腕がなく、足が変な方向に曲がっている。加えて腹部に大きな裂傷があり、内臓が飛び出していた。

 どこからどう見ても致命傷だ。たとえ治療道具を持っていたとしても助けられないだろう。


 だから俺はその少女から意識を外した。

 ほっといても死ぬ人間に意識を割いている余裕はない。


「グゥオオオオオオオオオ!!!」


 憎悪に満ちた咆哮が轟く。

 暗闇の奥から凄まじい衝撃波が押し寄せてきた。


 しかしそれでここが室内だということがわかった。音が反響している。


 ……だけど今の咆哮……やっぱり夜だったか!


 あの咆哮は【終末の獣】と見て間違いないだろう。

 ただ音が反響しており、種別まではわからない。一つ言えることはまだ窮地は続いていることだ。


 ……まずは種別の断定!


 咆哮が響いてきた暗闇の奥をじっと観察する。

 そして鼻が曲がりそうになるほどの独特な獣臭が漂ってきた瞬間、俺は敵が|猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》だと断定。瞬時に懐に手を伸ばし、激臭玉を取――。


「――は?」


 そこに何もないことに気付いた。装備品が一切ない。服は布切れのようになってしまった残骸を羽織っているだけだ。

 しかしそんな事よりも信じられないことに気付いた。


 ……どうなってやがる!? なんで右腕が生えてんだ!?


 右腕は幽霊型(タイプ:ゴースト)に捩じ切られたはずだ。あの時の痛みは今も強く記憶に残っている。

 だけど今はしっかりと感覚があった。指の一本一本に至るまで問題なく動かせる。

 試しに左手で触れてみると、確かにそこには右腕があった。


 ……なん……だ?


 だがその感触はおよそ人の身体とは思えないほど硬く、体温が感じられないほどに冷たかった。

 その感触はまるで魔水晶(クリスタル)のようだ。


 するとその時、暗闇の奥から大地を揺らして巨大な物が迫ってきた。


 俺が目覚めてからまだ数秒しか経っていない。

 しかし敵が|猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》ならば、臭いで既に俺の存在は認識されている。そう考えるべきだ。

 いくら周囲が闇に包まれていようと盲目の|猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》には関係ないのだから。


 ……くそっ!


 ひとまず右腕のことは置いておく。

 よくわからないが、腕としての機能があるのならばそれでいい。


 俺は回避タイミングを合わせるべく、暗闇の奥を睨みつける。すると周囲に粒子のようなものが浮かんでいることに気付いた。

 キラキラと瞬き、宙を漂っている。

 疑問に思い、目を凝らすとその粒子は加速度的に増えていく。


 ……ったく! なんなんだよこれは!?


 訳のわからないことが連続して起きている。

 こんなもの見たこともなければ、エリュシオンの記録にもなかった。

 だけどこれも特に危害を加えて来る存在ではなさそうだ。だからとりあえず置いておく。

 あとで考えることが山積みだが仕方ない。そもそもここで死んだら考えることもできないのだ。


 大地の揺れが次第に激しくなる。するとわずか数秒後、光り輝く粒子に包まれた|猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》が凄まじい勢いで突っ込んできた。


「チッ!」


 つい舌打ちが漏れる。

 こんなやつは知らない。特殊個体なのは間違いないだろう。光り輝いている【終末の獣】なんて記録でも見た事はない。全くもって訳がわからない。


 ……どうなってんだよ!?


 俺は内心で吐き捨てた。

 助かったのは幸運だが、どうやら不運は続いているらしい。訳のわからない事態が連続している。


 |猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》が俺を喰らうべく、大口を開けて突っ込んできた。

 咄嗟に後退しようとしたが、輝いているせいで遠近感が狂い、反応が遅れる。


「くっ! 間に合わな――」


 苦し紛れに右手を前に出す。

 そして俺は無意識に言葉を口走っていた。


「――水晶化(クリスタライズ)


 ……は?


 俺の知識にはない意味のわからない言葉。自分の口から出た言葉だとはとても信じられなかった。

 しかし次の瞬間、膨大な情報が脳内に流れ込んできた。


「カッ――」


 あまりの情報量に視界が明滅し、意識が飛びそうになる。しかし今意識を失えば|猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》に喰われて死ぬ。

 せっかく繋いだ命。こんな訳のわからない状況で死ぬのはゴメンだ。


 俺は無理やり頭に詰め込まれていく情報を順番に処理していく。引き伸ばされる意識の中で、大口を開けた|猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》がやけにスローに見えた。


 ……あぁ。そういうことか。


 情報を全て処理し、自身に宿った力の全貌を理解した。

 俺は水晶化した右腕で宙に漂っている粒子に触れる。すると粒子は右腕に吸い込まれた。

 

 この粒子は魔力だ。

 魔物や【終末の獣】が使うとされる未知のエネルギー。

 |猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》が輝いているのは別に特殊個体というわけではない。魔力の塊だからだ。

 俺の水晶化した左眼は魔力を視ることができる魔眼へと変質していた。


 そして右腕は星の力を代行、行使する。

 俺は前に出した右腕を|猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》に翳した。


「――潰れろ」


 次の瞬間、|猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》が地面に押し潰された。

 星の力、――即ち重力を操るのが俺の右腕だ。


 俺は動けなくなった|猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》の元へとゆっくり歩いていく。


「グゥルルルルルル」


 |猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》が低い声で唸る。

 だが地面に磔にされているせいで動けない。

 俺はそんな|猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》の頭に触れた。そして【終末の獣】が内包する莫大な魔力を吸収していく。


 数秒後、|猟犬型《タイプ:ハウンドドッグ》はその存在を保てなくなり消滅した。


「はは」


 口から乾いた声が漏れる。


 ……まさか【終末の獣】を倒せるとはな。


 絶対に倒せないと言われていた【終末の獣】を倒した。

 この力があれば俺は――楽園を堕とせる。そんな確信があった。

 しかし――。


「くっそ……」


 ……こんな簡単にっ!!!


 叫び出したい衝動を抑え込み、地面に拳を振り下ろす。

 しかし地面に当たる前にその手は止めた。蠕虫型(タイプ:ワーム)が近くにいたら察知されてしまうからだ。

 こんな時でも理性的な自分に嫌気がさす。


 ……くそ……。

 

 初めからこの力があればB6368やB6369、Z1465。そして、それ以前に死んだ者たちは死ななかったのではないか。

 そう思わずにはいられない。


 目の奥から熱いものが込み上げてきて地面を濡らす。


 だけど立ち止まるわけには行かない。

 死んでいった者は戻ってこない。ならばせめて託された悲願を果たさなければ。


 ……みんな。見ててくれ。俺が必ず――。


 俺は水晶化した右腕できつく拳を握り締めた。


 ……この命、使い果たしてでも楽園を堕とす……!

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