14話 決着
地面に着地するホタル。しかし次の瞬間には地面に魔術式が記述されていた。
背後を振り返ると、両断したはずの球体が元に戻っていた。力押しで魔水晶術師は倒せない。
……やはり、ですか……!
予想はしていた。
しかし「倒せない」という現実を目の当たりにすると心が折れそうになる。
だけど諦めるという選択肢はない。
諦めれば待っているのは死だ。魔水晶術師は必ず倒さなければならない。
そうしないとホタルが生き残ることはできなくなる。
……なにか! なにかないの!?
迫り来る魔水晶の槍を捌きながらもホタルは足を止めず、思考を働かせ続ける。
だけど一向に打開策が見つからない。
時間だけが過ぎていく現状に焦燥感が募る。
……なにか……!
何も見逃すまいと必死に魔水晶術師を観察する。
するとホタルはあることに気付いた。
……防御……している?
生き物がその命を守るための防衛本能。当然魔物も自らの魔水晶を守るために防御を行う。
だが魔水晶が存在せず、死なない魔水晶術師に防御は必要無いはずなのだ。
つまり、防御という行動そのものが魔水晶術師を倒すことが出来るという証明だ。
その事実はホタルにとって一条の光だった。
希望があれば、もう少しだけ踏ん張ることができる。
するとその時、腕時計が振動した。
いつもは一度で止まるはずの振動は止まらずに動き続ける。
これは最後通牒。16時40分を告げるアラームだ。
残りはいわば追加時間。一刻の猶予もない。
……どう……すれば!
倒せる事がわかっても倒す方法がわからない。
魔水晶術師の一挙手一投足を観察するが、それ以降の手掛かりを見つけることができなかった。
するとその時、魔水晶術師に意識を向け過ぎたせいか、心臓に飛来した魔水晶への反応がわずかに遅れた。
急いで身を捻るが、避け切れず左肩に魔水晶の槍が深々と突き刺さる。
もはや感覚はない。しかし刺さったところが悪かったのか、ダラリと左腕が垂れた。
腰に付いていた装備品にあたり、カランを音を立てる。
その瞬間、ホタルは大きく目を見開いた。
……これだ!
ようやく見つけた打開策。
だけど効くかどうかは正直賭けだ。無駄に終わる可能性も十分ある。
しかし今は一刻の猶予もなく、迷っている時間すらも惜しい状況だ。
……やるしか……ない!
ホタルは最後のチャンスに賭け、一気呵成に攻め立てる。
迫り来る槍を砕き、魔水晶術師に向かって突き進む。
もはや被弾を気にしている余裕はない。頭と心臓さえ守れればそれでいいとホタルは覚悟を決めた。
次の瞬間、脇腹や首に槍が刺さる。だけどそれでもホタルは止まらない。
捨て身覚悟の特攻。その甲斐もあって、ホタルの刃は再び魔水晶術師を捉えた。
……ここ!
魔水晶術師を両断する。
しかしこのままでは先ほどと同じ結末を辿る。だからホタルは腰に付いていた魔力蓄積カンテラを最大出力で稼働させた。
そしてカンテラの防衛機構が働くその寸前、|紅血剣《Bloody Vermilion》の柄頭で駆動部を打ち据える。
こうする事で魔力蓄積カンテラはバグを起こし、暴走する。周囲の魔力を取り込み、大爆発を引き起こすのだ。
現状、大爆発はどうでもいい。重要なのは周囲の魔力を取り込むという点だ。
……いくら無尽蔵といっても、器である魔水晶術師には許容量があるはず!
いくらカンテラを暴走させても禁忌録の碑石の魔力を全て奪うことはできない。しかし一時的に魔水晶術師の魔力を根こそぎ奪うことは可能だとホタルは考えた。一度奪ってしまえば自前の魔水晶を持たない魔水晶術師は、その存在を維持できなくなるはずだ、と。
ホタルは暴走するカンテラを、両断した魔水晶術師に突き入れる。
すると魔水晶術師はカンテラを巻き込んで再生した。
「……!」
ここにきて魔水晶術師は初めてその単眼を大きく見開いた。
逃げようと踠くが、既に手遅れだ。
魔水晶術師は魔力蓄積カンテラに絡め取られている。暴走は止まらない。
やがて魔力蓄積カンテラは臨界に達し、大爆発を引き起こした。
「くっ!」
ホタルは血液を操作し、自身の前に盾を作り出す。
しかし爆風を全て抑えることはできず、吹き飛ばされた。そして地面を数回バウンドして壁に叩きつけられる。
「……かはっ!」
衝撃で肺が圧迫され、口から空気が漏れ出た。
そんな中、霞む視界でホタルは前を向く。
周囲の魔水晶からは魔力が奪わ、あたり一面が真っ暗になっていた。
……どうなっ……た?
暗くて何も見えないが、魔術による追撃がこない。
その事実からホタルは魔水晶術師を倒したのだと実感した。
……勝っ……た。
そう実感が湧いた瞬間、全身の痛みを思い出した。
あまりの痛みに気絶しそうになる。だが今気絶したらせっかく魔水晶術師を倒したというのに【終末の獣】に殺されてしまう。
ホタルは気力を振り絞って懐から陽標を取り出すと、地面に突き刺して持ち手を捻る。
「……ぇ?」
しかし、何度捻っても灯りが点かない。
「なん……で」
泣き出しそうになりながら二度三度と陽標を起動するが、やはり灯りが点くことはない。
「……ッ!」
ホタルは顔を歪めながら唇を噛む。
思い当たる節はあった。
あれだけの爆発だ。陽標が壊れても決しておかしくはない。
ヒタヒタと近付いてくる死神の足音に絶望が押し寄せる。
するとその時、地面から黒い靄が漏れ出してくるのが見えた。
……あぁ。
夜が来た。
【終末の獣】が顕現する。
――ピシィ。
時を同じくして水晶遺跡の一室で音が響いた。硬質で何かが割れるような音。その音は誰の耳にも届かなかった。