12話 吸血姫VS魔水晶術師
固有遺物。
それは神々の時代の遺跡から発見される遺物の中でも特殊な遺物のことを指す。
普通の遺物と比較すると圧倒的な能力を秘めている反面、明確なデメリットが存在する。
それは固有遺物自身が適合者を選ぶということだ。
適合者が居なければ宝の持ち腐れになる上、適合者が一人現れた時点でその遺物は適合者専用の遺物となる。
加えて適合者が死亡すると固有遺物もその機能を失う。
如月螢は固有遺物、|紅血剣《Bloody Vermilion》に選ばれた適合者だ。
|紅血剣《Bloody Vermilion》は適合者の身体を神代に存在したとされる幻想種、吸血鬼の物へと作り変える。
ホタルの見た目が白髪紅眼なのも紅血剣《Bloody Vermilion》の影響だ。元々は黒髪黒眼である。
ホタルは迫り来る無数の魔水晶を上へと跳躍する事で回避する。
その跳躍力は凄まじく、天井に着地した。
「ハァアア!!!」
鋭い気勢と共に天井を蹴り、魔水晶術師へと向かって跳躍する。
貫かれた脇腹は吸血鬼の能力によって既に再生を終えており、その勢いを削ぐことはない。
球体の表面にある単眼に向かってレイピアを突き出した。
時間稼ぎが目的とはいえ、倒せるのならば倒す。そんな殺意を込めた一撃。
しかし魔水晶術師も黙ってやられるわけではない。
空中に奇怪な文字――魔術式が記述され、鋭利な魔水晶が飛び出した。
「なっ!?」
まさか空中に魔術式を記述できるとは思っていなかったホタルは虚を突かれる。
「くっ!」
空中で方向転換はきかない。
ホタルは攻撃を中断し、身を捻った。
魔術式から射出された魔水晶が肩を掠め、痛みに顔を顰める。
軽く出血はしたが、ホタルの身体は吸血鬼のものに変化している。傷口は即座に塞がる。だから問題はない。
しかしその時には既に新たな魔術式が記述されていた。
……なんて数!
その数、およそ二十。
ホタルは魔術式に取り囲まれていた。
一瞬後には全ての魔術式から魔水晶が飛び出すだろう。
普通の探索者ならばこれで詰みだ。
しかしホタルは固有遺物に選ばれた特級探索者。正真正銘の怪物だ。
「千の|血刃《Thousand Bloods》!」
ホタルの右腕を覆っている荊が締め付けを強める。
すると荊が食い込み、血が噴出。噴出した血液は地に落ちることなくその場に留まり、血刃を形作った。
その数は魔術式の数と同じ、二十。
直後、魔水晶の槍と血の刃が衝突した。
魔水晶の槍が粉々に砕かれ、血刃が弾ける。それと同時にホタルも地上に着地した。
ホタルは弾けた血液を操作。再び血刃を作り、従えるように侍らせる。
対する魔水晶術師の判断も早かった。ホタルが血刃を作り出した時には既に魔術式の記述を終えている。
ホタルは後退しつつ、地面から突き出した魔水晶の槍を回避する。
……いけませんね。
ホタルは次々と迫り来る槍を回避しつつ、思考を続ける。正直なところ、これほど魔術を乱発するのは予想外だった。
というのも通常の魔水晶術師には弱点が二つある。
一つは他の魔物と同じく、身体に生えている魔水晶を砕けば倒せるということ。
そして二つ目は魔力切れだ。
魔物はその生命維持に必要な魔力を身体から生えた魔水晶から供給していると考えられている。
魔水晶を砕くと倒せるのはこの為だというのが通説だ。
通常の魔水晶術師は魔術を扱うという性質上、多くの魔力を消費する。
個体差はあれど、巨大な魔水晶を背負っている個体がほとんどだ。
しかしいくら巨大な魔水晶を背負っているからといって使える魔力が無限ということではない。
魔力切れを起こせば魔水晶術師はその存在を保てなくなる。
だから通常の個体は魔術を乱発する事はあまりない。
という事は、だ。
魔力を供給している何かが他にあるということ。そんな物、ホタルは一つしか思い当たらなかった。
ホタルはチラと視線を禁忌録の碑石に向ける。ホタルの推測が正しければ、この魔水晶術師は禁忌録の碑石から魔力供給を受けている。
無尽蔵の魔力を使える魔水晶術師だ。魔力切れもなければ、弱点を突いて倒すこともできない。
まるで悪夢のような存在。
しかしそれで諦めるのならば、ホタルは特級探索者にまで上り詰めていない。
……簡単に後退させてくれるとは思いませんが、まずは碑石から離さないと話になりませんね。
肝心なのはどれほどの範囲で魔力供給を行えるのか。
普通の魔物ならば視界に入った人間は地の果てまで追ってくる。それが魔物の存在意義だからだ。
しかしこの魔水晶術師は自前の魔水晶を持たない都合、距離を離せば弱体化するとホタルは考えた。
……そもそも追ってこなければいいのですが。
そうは思うものの可能性は極めて低い。
十中八九、先遣隊を殺したのはこの魔水晶術師だ。遠くに遺体があった以上、追ってこないことは考えにくい。
……狙うは弱体化を狙った後退ですね。
しかしひとまずはアイザックとリリーが距離を取る時間を稼がなくてはならない。
後退するのはそれからだ。
ホタルは広間の中を縦横無尽に駆け回りながら、後退の時に向けて準備を進める。
吸血鬼は決して不死という訳ではない。頭や心臓と言った急所を潰されれば普通の人間と同じように死ぬ。
魔水晶術師との戦闘は常に綱渡り。一歩間違えれば容易に命を落とす戦場でホタルは攻撃を冷静に見極め、自身の動きを最適化していく。
急所さえ潰されなければそれでいいと考え、回避は最小限に。すぐに再生する小さな傷は敢えて受け入れる。
すると次第に慣れてきた。
依然、綱渡り状態なのに変わりはない。しかし戦闘は膠着状態に陥った。
それから一時間、ホタルは必死に魔水晶術師の攻撃を捌き続けた。
疲労で息が乱れているが、ここが踏ん張りどころだと気合を入れ直す。
……そろそろ……ですかね。
ホタルは内心で呟くと、集中力をさらに高めてその時を待つ。
しばらくすると魔水晶術師の魔術発動タイミングが被った。一気に五十もの槍が飛び出す。
圧倒的物量。一つでも回避しそこなえば残りの槍にも貫かれて命を落とす。
そんな絶体絶命の状況。しかしホタルは好機と見た。
……ここ!
魔水晶の槍が迫る中、ホタルは周囲に飛び散った血液を血刃に変えた。
一時間傷を受け続けて飛び散らせた血液は膨大な量になる。
現れた血刃、その数――およそ百。
一瞬にして五十の槍を砕き、残りの血刃が魔水晶術師に殺到した。
魔水晶術師は新たに記述した魔術式で魔水晶の壁を作り、防御する。
しかしその時にはホタルは入り口に向かって駆け出していた。
強化された身体を存分に使い、全速力で広間を駆け抜ける。すぐに入り口を抜けて通路へ。それでも止まらずに距離を取る。
……さて、どう出ますか!?
魔水晶術師が壁を解除した瞬間、獲物がいない事に気付き絶叫した。
声ともいえない耳障りな音が遺跡に響き渡る。
そして魔水晶術師は直ぐにホタルの後を追った。
……やはりそう来ますか!
背後に迫り来る気配を感じながらホタルはひたすら距離を稼ぐ。ホタルは数十分掛けて進んできた道のりをわずか数秒で走破した。
そして少し大きな広間に出ると、その足を止める。
通路で魔術を使われた場合、逃げ場がない。その為、実際には足を止めざるを得なかったという方が正しい。
……それほど距離は稼げませんでしたね。
欲を言えば、すぐ隣にある隻腕隻眼の少年が眠る広間に辿り着きたかった。あの空間は禁忌録の碑石があった広間よりは狭いが、ここよりは十分広く、戦いやすい。
しかしそれは無い物ねだりというものだ。
ホタルは|紅血剣《Bloody Vermilion》を構え直し、迎撃の構えを取る。
そして魔水晶術師が広間に入ってきた瞬間、斬り掛かった。
だがホタルのレイピアが届くことはなく、地面からせり出した魔水晶の壁に防がれる。すると壁に魔術式が記述され、鋭利な棘が飛び出した。
「くっ!」
ホタルは大きく飛び退いて後退する。
それと共に壁は崩れ去った。と思った瞬間には足元に大量の魔術式が記述されている。
……弱体化もなし……ですか!
魔術の乱発が変わらない。
状況は最悪だ。距離を離して弱体化もなしとなると、この遺跡全体で魔力供給が行えると見た方がいい。
となると、先ほどのように隙を見て距離を稼ぎ、出口を目指すしかない。
ホタルは長丁場を覚悟した。