1話 K
罪状――不老不死への到達。
その日、人類は禁忌を犯した。
人類が誕生してから約二十万年もの間、成し遂げられなかった偉業。かの始皇帝すらもが追い求め、手の届かなかった到達点。
しかし不老不死への到達は禁忌録に記された罪。
故に、星は人類の滅亡を決定した。
西暦2215年12月25日クリスマス。
秘密結社アルカナトスによって人類は不老不死へと到達した。不老不死は太古から人類の悲願。その達成に研究者たちは歓喜した。
歓喜して――死んだ。
不老不死への到達と同時、世界各地の地中から天を衝くほどに巨大な水晶が出現。夜と共に【終末の獣】が現れ、人類を蹂躙した。
そうして150億人いた人類は一夜にして99%が死滅した。
では残る1%はどうしたのか。
彼らは終末の獣が跋扈する地上を捨て空へと逃れた。
浮遊島――通称、楽園。
それが終末で生き残った人々の子孫が暮らす国である。
『K。首尾はどうだ?』
耳に装着したインカムから僅かなノイズを纏った電子音が聞こえた。
俺は廃墟となった高層ビルの屋上から、地上を徘徊する魔物を見下ろしつつ返答する。
「……もう少しだ。しばらく待て」
『了解』
視線の先には三頭の魔狼がいた。
体色は黒一色。目立った変異も確認できない為、おそらくは通常種。身体から生えている魔水晶の色も正常だ。よって狼型の魔物、黒魔狼で間違いない。
かなり遠方にいる為、小さく見えるが実際の大きさは三メートルを優に超える。遭遇すれば全滅を覚悟しなければならない魔物だ。
そんな黒魔狼は路地の行き止まりに到着するとそのまま踵を返し、来た道を引き返した。
「全行動パターン把握完了。黒魔狼以下5種。以前と行動パターンに変わりなし。3分21秒後に行動を開始する」
『『『――了解』』』
インカムから返答が聞こえた瞬間、俺は立ち上がり高層ビルを駆け降りる。
もし大きな音を出してしまったら魔物の行動パターンが変わってしまう。よって、ただ階段を降りるだけでも慎重に動かなければならない。
だが3分21秒を過ぎると、次に行動できる時間は31分58秒後だ。とても待っていられない。
故に迅速且つ慎重に行動を行う。
一階に辿り着くと、仲間たちが準備を終えて集まっていた。
「K5895分隊、点呼を行う」
「Z1465」
「O8943」
「R6821」
「V4719」
「J1379」
「B6368」
「B6369。以上八名、全員居ます!」
「よし、では行動を開始する」
俺は右腕に巻いた腕時計にタイマーをセットし、起動。数字が動き出したのを確認して、走り出す。
俺たちは楽園、エリュシオンの隷属兵だ。
任務は魔力の宿る魔水晶の回収。
魔力は浮遊島を維持する為の燃料だ。尽きれば楽園は地に堕ちる。俺たちはそれでも大歓迎だが、一人で抵抗しても殺されるのがオチだ。
だから俺たちは今日も命懸けで魔水晶を回収する。
――止まれ。
俺はハンドサインを後方に送り、その場に停止する。
ここでこのまま進めば魔物と鉢合わせる。
魔物は【終末の獣】の様に殺せないわけではない。
身体から生えている魔水晶を砕けば殺せるらしい。
しかし俺たちは隷属兵。使い捨ての駒に過ぎない。故に、まともな装備は支給されていない。
よって、魔物を殺す事は不可能だ。遭遇することは死を意味する。
――3、2、1、GO!
後方へハンドサインを送り、一斉に駆け出す。
すぐ側でドシンドシンと大地を揺らしながら闊歩する魔物。だけどこのタイミングならば決してバレない。
「……ふぅ」
俺たちは駆け抜けた先にある廃墟となった大型ショッピングモールのロビーに入り、物陰に身を隠す。
異常がない事を確認し、その場に腰を下ろした。
タイマーをリセットすることも忘れない。
ここで2分17秒の待機だ。そうすれば黒魔狼の視界に入ることはない。
加えて十分に距離もある為、匂いでバレることもない。
「後半分ぐらいか? K」
後ろから小声でZ1465が声を掛けてきた。
「いや、今日は近道が使える。だからもう少しだ」
「それは上々だな」
魔物の行動パターンによっては使えない近道。しかし今日は運がいい。
比較的安全な近道が使える。
「今日は見つかるといいな」
「ああ。悲願までもう少しだ。……っと時間だ」
俺が立ち上がったのを見て、仲間たちも立ち上がる。
俺はタイマーをリセット、再び起動した後にもう一度走り出した。
走り、立ち止まり、走りを繰り返す事、約一時間。
10時13分、俺たちは魔水晶が多く生えている地、終域に到着した。
俺は再び高層ビルに登り、終域内にいる魔物の行動パターンを頭に叩き込む。
すると小さな異変に気付いた。
……いつもより数が多いな。
数にして二体。
魔物は無秩序に動いている様に見えて、機械の様に行動パターンが決まっている。非常に長い行動パターンのせいで初めは分からなかったが、よくよく観察した結果判明した事実だ。
その為、行動パターンによってはその地域にいる魔物の数が上下することはある。
しかしそれは異変ではなく、ただの不運だ。
だけど今日の魔物は二体、俺の記憶にない動きをしていた。
俺はすぐに通信をZ1465に繋ぐ。
「Z。1時の方向と10時の方向、見えるか?」
『1時、樹木人、10時、猿魔』
「異常個体だ。行動パターンが違う」
『厄介だな。どうする?』
即ち撤退か否か。
しかし成果を持ち帰らずに撤退する訳には行かない。
成果を出さない隷属兵は夜に放り出される。そんな俺たちに待っているのは【終末の獣】による蹂躙だ。
遥か頭上で怠惰の限りを尽くしている貴族、冠を被った豚どもは俺たちのことを人間とは思っていないのだから。
いくつもの修羅場を潜ってきた俺たちでも夜は生き残ることは出来ない。
「……1時間。行動パターン及び、異常個体による影響を観察する」
日没の時間は16時44分。今日の行動パターンでの帰還時間は14時56分。
魔水晶の採掘時間を考えてもそれほど時間に余裕があるわけではない。使える時間は1時間。俺はそう判断した。
『了解。俺たちにできる事は?』
「待機だ。後々急ぐ事になる。身体を休めておけ」
『了解』
それから通信は静かになった。
俺は集中して、二体の行動パターンやその影響を記憶していく。
……最悪だ。
俺は内心で悪態を吐いた。
異常個体の影響で僅かに他の魔物にも影響が出ている。誤差は長くても数十秒。だが、秒単位で動いている俺にとっては致命的だ。
しかしこの程度の綱渡り、決して初めてと言うわけではない。
俺は全員に通信を繋ぐ。
「異常個体の影響で行動パターンが数秒乱れている。よって採掘は最低限。危険だと判断したらすぐに帰還する」
『『『了解』』』
ここから先はいつもとは比較にならないほど危険になる。一つのミスが全員の死へと繋がるのだから。
俺は一度大きく息を吐くと、高層ビルの屋上から駆け降りていった。
その後、ヒヤヒヤとした接近はあったものの1時間程で魔水晶の鉱脈を発見した。異常個体が居た事は不運だったが、これに関してはツイている。
俺たちは小型のツルハシを持ち、早速採掘を開始した。
「Kさん」
「なんだB2」
そうして採掘を続ける事さらに1時間。B6369が俺の名を呼んだ。
B番台は二人いる為、番号が後ろのB6369はB2と呼ばれている。約一ヶ月前にK5895分隊に配属された新人だ。
まだ危なっかしい場面もあるが、非常に有能な部下だ。
俺は胸元に付いているカメラを正面に向けたまま首だけを動かしB6369を見る。
「あ、いえ。なんでもないです。勘違いでした」
B6369は口ではそう言った物の、手を止めてハンドサインを送ってきた。
――遺物発見。
「しっかりしろB2。異常個体がいるんだ。その油断が命取りになるぞ」
――種別は?
俺も口ではB6369の行動を咎めつつ、ハンドサインを返す。こうしなければバレてしまう。
胸元に付いたカメラを通じて冠を被った豚は娯楽として楽しんでいるのだ。
この命懸けの探索を。
隷属兵が必死に魔水晶を集めているのに、奴らにとっては娯楽でしかない。
本当に反吐が出る。
「すみません。気を付けます」
――おそらく爆発物です。
「頼むぞ。新人だからといって優しくはしないからな」
――回収。帰還時にC9地点に隠す。
「はい。肝に銘じます」
――了解しました。
こうして俺たちは遺物を確保しつつ、何事もなかったかの様に採掘を続ける。
全ては俺たちの悲願、楽園を堕とす為に。