第9章:夜の選択
夜の森は静寂に包まれ、いつものように住人たちは宿り木を出て、空虚な幸せの表情を浮かべ各々の木の家に帰っていった。
しかし、律子と健二、リアとマルコの姿はそこになかった。
彼らは宿り木に戻らないことを選び、それぞれの木の家へと戻ったのだ。
「マルコ、私……なんだか怖いの。」
リアの声は震えていた。
宿り木に戻らない夜を過ごすのは記憶にある限り初めてのことだった。
マルコは彼女を抱き寄せ、頭を撫でながら小さく頷いた。
「僕もだよ。だけど、君が隣にいる。それだけで全て大丈夫だと思えるんだ。」
リアはクスっと笑い、小さな声で続けた。
「そうね。怖いんだけどね……なんだろう。どこか懐かしいような、温かいような気持ちもしてるの。」
マルコは彼女の手を握り、自分の手の温もりを伝えようとするかのように言った。
「きっと、それが僕たちの本当の気持ちなんだよ。宿り木に頼らない、僕たち自身の気持ち。」
二人はお互いの温もりを感じながら、少し震えながらも幸せな気持ちに包まれ、静かに夜を迎えた。
一方、律子と健二の木の家には沈黙が漂っていた。
お互いが言葉を探し、その重さに耐えかねるような時間が続く。
最初にその沈黙を破ったのは律子だった。
「健二……ごめん。」
その言葉に健二は驚き、律子を見つめた。
「私、健二の気持ち、全然わかってなかった。ううん……わかろうともしていなかった。」
律子の声は震えていたが、その瞳には真剣な思いが込められていた。
「健二は私を思ってくれていたのに、私は勝手に愛されてないって思い込んで……。」
「……そんなことない!」
健二が強く否定しようとしたが、律子の言葉は続いた。
「違うの、健二。私は…あなたがわたしのせいで夢を諦めてるんじゃないかって。私があなたの才能の邪魔をしているんじゃないかって…どんどん悪いほうに考えてしまって……」
健二はしばらく黙っていたが、やがて絞り出すように口を開いた。
「僕は…律子を愛してる……出会った日からずっと。でも、明るくて、周りに人がたくさんいて、誰からも愛されている律子を見ていたら、僕が一緒にいていいのか、わからなくなったんだ。」
その言葉に律子の目に涙が浮かんだ。
健二の声には、これまで感じたことのない深い思いが込められていた。
「僕、律子の隣に並びたかった。だから必死だった。でも、いつの間にか焦りすぎて……僕は……律子に嫉妬していたんだ。」
健二は、律子を支えたい気持ちが歪み、自分に対する失望感へと変わっていったことを話した。
その姿に、律子は静かに涙を流した。
「健二……私と出会わなければ、幸せだったのかな。」
その悲しい問いかけに、健二は言葉を失ったが、次の瞬間、強く律子を抱きしめた。
「そんなことない! 律子のいない人生なんて、考えられない! 律子に出会って、僕は本当にたくさん幸せだったんだ!」
二人は互いに涙を流しながら、初めて本当の意味で自分たちの心を語り合った。
「宿り木は素晴らしい。でも、犠牲の上に成り立つ張りぼての幸せにすぎない。」
律子は目を赤くしながら言った。
「やっぱりあの子を助けたい。」
健二は優しく律子の涙を拭い、やがて小さく頷いた。
「……わかった。律子がそう決めたなら、僕も一緒に行く。」
二人は夜の宿り木へと向かった。森の闇は深く、葉擦れの音が不気味に響く中、律子は手を握る健二の温もりだけを頼りに進んだ。
宿り木の根元にたどり着いた二人は、いつものように微かな泣き声を聞いた。
だが、今夜はそれだけではなかった。
もう一つの声が混じっている。悲しそうな、力のない声だった。
「……どうして……。」
律子と健二はその声の正体を探るべく、再び宿り木の隙間に手を伸ばした。
そして光に包まれながら、その中へ吸い込まれていった。
白い空間の中、律子と健二が目にしたのは、うずくまって泣き続ける少年と、そのそばで涙を流す王様の姿だった。
王様の顔には、これまで見せたことのない苦悩と悲しみが浮かんでいる。
「どうして……どうしてこんなことに……。」
律子はその言葉を聞き、王様に問いかけた。
「……ねぇ、話して。あなたは、何を守ろうとしているの?」