第4章:揺らぐ心と永遠のシステム
柔らかな朝の光が森を包み込み、葉の隙間から漏れる日差しが地面に模様を描いていた。
宿り木の住人たちはいつもと変わらず穏やかな一日を始めていたが、その静けさを切り裂くように、突然マルコの声が響き渡る。
「リア!!リア!どこだ!?」
「マルコ!どうしたの?」
驚いた律子が駆け寄ると、マルコは狼狽した様子で顔を上げた。
「律子…朝起きたら隣にリアがいなかったんだ。こんなことは今までなかった。リアを見かけなかったか!?」
その必死な声に、律子は言葉を失った。
「落ち着いて、一緒に探すから」
律子は健二と目を合わせると、彼も軽くうなずく。三人は急いで宿り木の周囲を探し始めた。しかし、どこを探しても彼女の姿は見当たらない。
「森の奥のほうへ行ったのかもしれない…」
不安を抱えながら、三人は森の奥深くへと足を踏み入れた。
森の中は静かだった。
朝の柔らかな光が少しずつ強まり、真上から照りつける太陽が木々の影を地面に映し出している。
「リア!どこにいるんだ!」
マルコの必死な声が森中に響き渡るが、返事はない。木々のざわめきと鳥のさえずりだけが応じる。
律子は険しい顔で辺りを見回した。
「リアが一人でこんな遠くに行くことなんてなかったのに……何かあったに違いない」
マルコの声は震えていた。
その焦燥感が伝わり、律子も胸が締め付けられる思いだった。
一方、健二は無言で森を歩いていたが、その瞳はどこか別のものに引き寄せられているようだった。
木々の間を揺れる光、揺れる葉の音に、彼の視線は何度も奪われていた。
「ねぇ、健二。どうしてそんなに冷静でいられるの?」
律子が問いかけると、健二は少し考えてから答えた。
「だって、リアはきっと大丈夫さ。宿り木が二人を引き離したりしないだろう」
その言葉に律子は違和感を覚えた。
住人たちは確かに、リアの失踪をあまり深刻に受け止めていないようだ。
その証拠に、こんなに取り乱すマルコをよそに、森へ探しに来たのは律子と健二の二人だけだった。
それが不気味に思えた。
リアを探し続けるうちに、時間は過ぎていった。
昼の明るさが薄れ、空が橙色に染まり始める。
宿り木に戻らなければならない時間が迫っていた。
住人たちは夕方にはペアで宿り木に入り、夜になると必ず木々の家に戻らなければならない。
それはこの世界の掟だった。
「リア……」
森の中で立ちすくみ、絞り出すようにマルコがリアを呼ぶ。
「ここで少し休みましょう」
律子の言葉で三人は倒木に腰掛ける。空気は冷え始め、彼らの息遣いだけが聞こえていた。
「ねぇマルコ。あなたとリアはいつから一緒にいるの?」
沈黙を破り、律子が尋ねた。
「あぁ。ここの住人たちはみんな、同じ木からペアで生まれるんだ。だから、僕とリアは生まれた時からずっと一緒だ。これからもずっと。宿り木と共に二人、一緒に生きていくんだ」
「生まれた時から…ずっと?」
律子は驚いてマルコを見た。
「そう。ずっとだ。二人に愛と尊敬がある限り、僕たちはずっと一緒にいられる」
律子はその言葉を理解しようとしたが、どこか引っかかるものを感じた。
反対に健二は、マルコの言葉に感動していた。
(生まれてからずっと……宿り木があれば、別れなんてないんだ……)
太陽が沈みかけたそのとき、微かにリアの声が聞こえた。
「リア?…リア!どこだ!?」
マルコはその声を頼りに走り出した。木々をかき分け、ようやくリアの姿を見つけた。
彼は安堵のあまりその場で泣き崩れた。
リアは茂みの中に倒れ込んでおり、息は荒いものの怪我はなさそうだった。
「……マルコ……ごめん……」
リアは震える声で言った。
「気づいたら森の奥にいて……怖かった……でも……私…」
「いいんだ…無事でよかった。もう大丈夫だよ。宿り木に戻ろう。きっと何もかもうまくいく」
何かを語ろうとしたリアの言葉を遮り、マルコは強くリアを抱きしめそう言った。
リアを連れ、夕暮れギリギリのタイミングで宿り木に戻った一行を、住人たちが迎えた。
皆、宿り木での儀式を済ませ次々と出てくるところだった。
誰一人としてリアたちを心配している様子はなく、むしろ何事もなかったかのように微笑んでいる。
「おかえりなさい。きっと宿り木が彼女を守ったのよ。」
住人たちの言葉は暖かいようで、どこか冷たいものを感じさせた。
その奥で見つめていたのは、宿り木の中央に立つ「王様」だった。
「安心しなさい。すべて、宿り木が解決する。」
温度を感じさせないその声に、律子の背中を冷たい汗が一筋流れた。