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第2章:運命の扉

週末。どんよりとした曇り空が広がり、今にも雨が降り出しそうだった。

律子は電車の窓から流れる景色を眺めていた。窓越しに過ぎる曇り空は、結婚式の日の記憶を呼び起こした。


「ギリギリもつかな?私の結婚式がこんな天気だなんて!健二は最強の雨男だ~」


晴れ女を自称する律子と、雨男と呼ばれた健二。二人で笑いながらそんな話をしていた。

式が始まるころには曇り空が広がり、終わる頃には淡い光が差す空からキラキラとした小雨が舞い降りた。


「祝福の雨ね。」


おばあちゃんがにっこりと微笑みながらそう言ってくれた。彼女の言葉に、律子は心に温かいものが溢れたのを覚えている。

おばあちゃんが自分たちを祝福してくれている。そう思えるだけで、未来に不安などないと信じていた。

しかし今、律子の膝の上には、その結婚を終わらせるための離婚届が入ったバッグが置かれていた。


(おばあちゃんに、なんて言おう……。)


律子の心は曇り空のように重く沈んでいた。


電車は山間の小さな駅に到着した。健二は無言で律子の隣を歩き、二人は目的地である丘の上のお墓を目指して坂道を上る。

町の全景を見渡せるその丘は、昔から律子の好きな場所だった。

お墓の前にしゃがみ込み、律子は静かに手を合わせた。


「おばあちゃん、ごめんね。うまくやれなかった。」


律子の胸の奥にしまい込んでいた感情が、薄い膜を突き破るようにあふれ出した。一筋の涙が頬を伝い、墓石に落ちる。

おばあちゃんとの数え切れない思い出が、次々と脳裏に浮かんでは消えた。

健二は少し離れたところで、何も言わずに律子の後ろ姿を見守っていた。

長く、重い時間が流れる。


「律子。」


健二の声に律子は振り返り、涙を拭った。


「そろそろ行こうか。」


律子はうなずき、帰路につくために準備を始める。その時、ふと視線を遠くの森に向けた。


「少し寄ってもいい?」


その森は、律子が子どもの頃、駆け回って遊んでいた思い出の場所だった。おばあちゃんと一緒に小さなキノコを探したり、虫を捕まえたりしたことを覚えている。

健二は黙ってうなずいた。二人は、坂道を降りて森の入り口へと足を運んだ。


森の中は、薄日が差し込んでいたが、どこか物悲しい雰囲気が漂っていた。

木々のすき間からこぼれる光が地面に複雑な模様を描き、その模様は揺れる葉影に合わせてゆっくりと動いていた。

律子は小さな頃、この森が大好きだった。

だが今は、懐かしさだけではない、どこか説明のつかない感覚を覚えていた。

まるで森そのものが二人を見つめ、過去と現在の間に漂う何かを静かに語りかけているように感じられた。


「こんなところに、こんな大きな木あったっけ?」


律子の声に、健二が顔を上げる。二人の目の前には、一本の大木がそびえていた。

樹齢百年以上と思われるその木は、根元が太く広がり、苔に覆われていた。

木の表面はごつごつしており、幹には無数の細かい傷が刻まれていた。その根元に、30センチほどの穴がぽっかりと開いていた。


「ずいぶん大きい木だな……。」


健二がつぶやく。律子は好奇心に駆られ、その穴に近づいた。

しゃがみ込むと、穴の奥にはかすかな光が揺れているように見えた。


「なんだろう、これ……。」


手を伸ばしかけたその瞬間、穴から急に強い光が差し込んだ。


「あっ!」

律子の体が引っ張られるように吸い込まれた。


「律子!」

健二は慌てて彼女の手をつかむ。しかしその手を引き戻す間もなく、彼もまた光の中へと飲み込まれていった。


二人の視界は真っ白になり、体の感覚も消えていく。

ただ風が吹き抜ける音と、柔らかな光のぬくもりだけが、耳元と肌を包んでいた。

律子は薄れゆく意識の中で、健二の声を聞いた気がした。


「律子……!」


しかし、それが現実だったのか、それとも夢の中の出来事だったのか、彼女にはわからなかった。


次に目を開けたとき、二人を包んでいたのは、温かい空気と、見たこともない鮮やかな世界だった。

空は淡いオレンジ色に染まり、足元には柔らかな草とカラフルな花々が広がっていた。


「ここ……どこ?」


律子がつぶやいたその言葉は、森を吹き抜ける風に溶けていった。


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