代十話
丸三日をゲーム時間にすると72時間×7時間となり、504時間だからゲーム内では21日、つまり三週間が過ぎようとしている計算になる。
三週間も経過すれば、新ダンジョンのボスまで辿り着けた人は結構いるだろうなと思いながらログインして、ミツファの園へ入ったら初回同様に大通りではどよめきが起こった。
ずんずん奥へ進むとマッチョ格闘家のガデスさんが迎えてくれた。
「ガデスさん。お久しぶりです」
「20日振りくらいか? 予定通りだな」
「はい。無事仕事も終わりました。明日は学校ですが、今日は寝るまで大丈夫です」
「はっはっ、そうか。んじゃあ丸一日は大丈夫か」
「はい。ところでガデスさん。僕以外にもミツファの園に誰か来ましたか?」
さっきのどよめきも気になるが、誰が新ダンジョンのボスまで辿り着けたかも気になる。
「ああー、まだ誰も来とらん」
「え?」
「んー、予想以上に新ダンジョンに手こずっているようだな。はっはっはっ」
まじかぁ。流石に誰か来てるかと思ったけど、さっきのどよめきはそういうことか。
もう少し手を振りながらとか、全面的に僕が入りますよアピールしておけばよかったか?
僕はこの時、新ダンジョンの難易度が全然わかってなかった。
後で聞いた話では、ダンジョンのボスである巨大な怪鳥はボスエリアの他に、ボスエリアより一回り大きな攻撃範囲があり、ボスエリア外からの火炎範囲攻撃が思いの外厄介だったようでなかなかボスエリアまで辿り着けなかったのが実態だったようだ。
頭上からいきなりボスエリアに落下した僕は非常に運が良かったと後で知った。
「そうでしたか。まあ猛者は多いですからそろそろ来ると思いますよ?」
「だといいがな」
「そいえばレイラさんはどちらに?」
「んーー、んーーー」
なんかめっちゃ悩んではる。
「んーーー、そうだなー。よし! ミツキも行くか? ヘルオン山脈に」
「え? ヘルオン開放されたんですか?」
「あ、おめー攻略サイトみてないのかよ」
「すみません仕事だったもんで」
「そうか。……行きがてら話すか。おし。行くか」
ヘルオン山脈は名前だけ知られる未開放地域だった。ヘルオン山麓まではマップが続いているがその先は進入禁止地域だった。
アップデート時にお知らせしてくれる開放地域と、お知らせ無しでこっそり解放される地域が必ずあるのがジェネシスキングダムの粋なところ。
今回はヘルオン山脈が対象だったようだ。
ヘルオン山脈は年中雪に閉ざされた未開地域。
NPCは住んでいないとされ、おそらくダンジョンがいくつか存在するだろうとの推測が多かったが、まだダンジョンは発見されていないらしい。
ただ――
「俺もよ。はらわたが煮えくり返ってるから一度しか言わんが、……仲間が一人殺された」
ガデスさんは、さっきまでの気軽は態度とは打って変わって怒りが滲み出た形相で進行方向を睨む。
言葉通り受け止めていいんだろうか。
ジェネシスキングダムはVRゲーム特有の特異性のため、ログインする時は健康チェックがなされ異常があればインできない仕組みになっている。故に人がゲーム中に死亡することはないし、生命に異常がきたした場合は強制的にログアウトされ、速やかに緊急連絡先に連絡が行くような仕組みになっている。
伊達に300万するマシーンではないのだ。
だから、ゲーム中に死亡することは先ずない。
いわゆる突然死といわれる場合も必ず前兆があるので、強制的にログアウトされるでゲーム中には死亡しない。
なのにゲーム中に死んでしまうといのは異常事態だ。
しかも殺されたというのはどういう意味だろう。
わからん。だけど今は凄く聞きにくい雰囲気だ。
ヘルオン山脈はマップ上では最北端に位置し、移動は北の果ての街ディラスコから徒歩での移動になる。
ディラスコまでは王都からワープ出来るので、大庭園から移動する。
目立つと面倒なのでミツファの園から出る時は、王城の庭園周りでこっそり移動する。
ディラスコに移動し、走ってヘルオン山脈へ向かう道中思い切ってガデスさんに尋ねる。
「あの、さっきの話ですが、殺されたとはどういうことですか?」
「そのままだ。ゲーム内で殺された。俺らと同じNPCを演じているプレイヤーだ」
殺された人はNPCとしてゲームに住んでいるプレイヤーのようだ。
そんなことあり得るのか? まだわからん。
理解はできる、でもとても信じられない。ゲームで死ぬ? 普通はあり得んでしょと一蹴してしまう。
もし普通の僕と同じ一般のプレイヤーが亡くなれば確実炎上物の大事件だ。情報に疎い僕でも絶対に耳にするくらい騒がれることは想像に易い。
そんなことが起こり得るのか?
だが事件が起こった前提で聞いてみないと話が進みそうにない。
だから今は、信じて話してみよう。
「その、分かったりします? 死因」
しかめっ面になったガデスさんは渋々口を開く。
「内緒だぞ?」
「はい!」
なんかレイラさんと契約してから内部情報がホイホイ手に入る気がする。
「ゲーム内でHPを全損しても教会に戻るだろ?」
「はい」
「それは俺らも一緒だ。だが今回はHPを全損してそのままその場で亡くなった。異常を発見したのは医療スタッフだ。聞いただろお嬢から。俺達は運営の管理する医療施設で医療を受けてるって」
「はい」
「その仲間が殺された。プレイヤーを殺せる存在がいるってことは確かだ」
「そんな!」
嘘だろ? まだ信じられん。でも本当ならヤバイどころではない。
これを放置して一般のプレイヤーに死人が出れば即サービス終了だ。
「詳しくは分からんし、一般のプレイヤーが死ぬのかも分からん。俺達NPCに属するプレイヤーが殺されたのは間違いない」
ぶっちゃけ、……そんなの一般であって運営側であっても関係ない。
ほんとなら間違いなく殺人事件だ。
もし僕らも殺される危険があるなら大事件過ぎる。
そこまで考えて、ふと思う。
この件、僕が聞いて良かったんだろうか?
あたり前すぎる疑問だった。
「後は現地でお嬢に聞くと言い」
「それは……」
「契約したこと、後悔するか?」
「いえ、それはありませんが。……大事件なのに僕が踏み込んで大丈夫なんでしょうか?」
この話が本当だった場合、僕が関与できる領域でないことはわかる。
この三日間でほんと何があったんだ?
「普通はダメだろうな。お嬢が許可すれば大丈夫だろ」
レイラさんに対する信頼が半端ない。
僕は何とも言えず、互いに無言のまま現地へ向かった。
―――――
事件があったと思われるヘルオン山脈の中腹にある谷間へ着くと、レイラさん以外にも10人くらいの人が何やら作業をしていた。
「あ、ミツキ来たんだ」
「レイラさんお邪魔します。あー、はい。契約もしましたし、もういいかなと思いまして」
「ははっ。そうなんだね。ミツキのことは運営の方々にも話してるから大丈夫だよ。話は大体わかる?」
「ガデスさんから殺人事件とだけ聞きました」
「そっか。……このゲームの関係者って既に何人か殺害されたでしょ? でもそれはゲーム内ではないよね。今回はゲームの中。絶対死ぬはずのない世界で私達の仲間が殺されちゃった」
「…………」
やっぱりほんとに殺されたのか? ゲーム内で? ゲームなのに?
でもレイラさん達の抱える悲しみが嘘だとは思えないし、思いたくない。
これが事実なら、これからどうするんだろう。プレイヤーがゲームで殺されるなんてことになったら、全世界を上げて非難される。サービス中止は勿論VRゲーム自体が淘汰されていくかもしれない。
「元々体の弱い子でね。事故後はリアルで目覚めたことないんだ。ずっと眠ったまま。ゲームの世界だけが全てだって言ってた。リアルで美味しもの食べに行こうよって誘ったらね、いいんだって、このままゲームの中で生きてるだけで十分って。余命宣告もされててね。このまま目が覚めなかったら後一年以内って。それでも酷過ぎるよ! 最後まで生きたいって! ゲーム内なら後7年もあるんだーって喜んでたよ? 絶対強がりなのにいつも笑ってるいい子だったんだよ? もう頭の中ぐっちゃぐちゃ! ほんと嫌になるよ……」
「…………」
何も言えるはずない。
僕は亡くなった方の事でなく今後の心配をしていた。
嘆いているレイラさんと一緒にいてもいいんだろうかと思ってしまう。
『悲しんでる人がいたら一緒に悲しんであげるといいよ。そういうのって優しさなんだ』という師の言葉が思い出される。
ああ、師、僕は優しい男じゃなかったみたいです。
こういう時、どうすればいいんだろう。
僕は何も言えなかった。
レイラさん達の事情は契約の時に教えて貰った。だけどNPCを演じているプレイヤーさん達の関係性については深くは聞いていない。
ただわかることは、血のつながった家族よりも長い時間を共に過ごしているということ。
レイラさんの悔しさと悲しみに対して、僕は何をしてあげれるんだろう。
悲しむ人に対して僕は無力だ。
「姫ちゃん、ちょっといいかしら?」
「秋音姉さん」
「この子がミツキくんね。みつきくん姫ちゃんをよろしくね」
「あ、……はい」
いきなりそう言われても、無力感に苛まれている最中だ。
僕は生返事しかできなかた。
「難しく考えないで大丈夫よ。姫ちゃんはね、みつきくんのような仲間が必要なの。それだけで貴重なのよ? 女はね、傍で話を聞いてもらうだけで嬉しいのよ? それって難しい?」
「……難しくは、ないと……思います」
「そっか。よかった。ありがとね」
そう言うと秋音さんは、手を叩く。
「みんな! 今日の調査は終了します。後は帰ってから検証しましょう。ここにあるデータは全部吸い上げたわよね?」
「はい! 博士」
「はい。では帰りましょう」
「じゃあ、ミツキくん、またね」
ぞろぞろと運営の方は帰っていく。
残されたのは、僕とレイラさんとガデスさん。
三人とも何というでもなくディラスコへ向けて歩き出す。
「お嬢。で、相手は誰だ?」
静寂を破ったのはガデスさんだった。
どこか虚ろな目で遠くをみていたレイラさんが耳を澄まさないと聞こえないような声で言う。
「たぶん、悪魔がゲーム内に侵入したかもしれないって」
「それは姉御が?」
「うん。秋音姉さんはほぼ間違いないだろうって言ってた。可能性は指摘されてたんだって。自分達で制御できていない現象に対して、他にも問題が起こる可能性はあるって。でもそんなこと言ったら可能性は無限なんだよ? わかりっこないじゃん」
「そうだな。お嬢はどうしたいんだ?」
レイラさんは俯き、顔尾を顰める。
「次のイベントは中国との軍事演習も兼ねた対人イベントってミツキにも言ったよね」
僕らは頷く。
「悪魔が地上に出てきた痕跡はないみたい。特殊型のスキルで侵入されたとは考え難いって。じゃあどうやって? 前から都市伝説程度の噂しかなかったけど、悪魔との間に子供が作れるそうなの」
それは知っている。陰謀論とかそんな感じで悪魔を軍事利用しようとする機関があるって話。流石に眉唾だと思う。
「もしそれが可能なら可能性はあるって。ゲーム内に侵入できうる経路が」
そうは言うが、VRゲームマシンは国と運営が管理し使用者は登録されているはず。非嫡出子はそもそもゲームができないはずだ。それくらい管理は厳しかったはず。
「国も運営も管理しきれていないVRゲームマシンは思った以上に多いの。その一つが他国の軍事用に改造されたガドルテイバー。このヘルオン山脈には中国とロシアが所有する軍事基地があるの」
まじか……。超機密過ぎる。
僕ホントに聞いていいんだろうか。
「中国の所有するガドルテイバーから侵入した形跡があるって」
「そうか。お嬢、次のイベントは人員が揃い次第だよな?」
「うん。まだまだ先になるかも」
「その間にそのバケモンが入ってくる危険性があるんだよな?」
「うん」
「で、お嬢はどうしたいんだ?」
「……」
「……」
不穏過ぎる。
ガデスさん何煽ってるんだよ。僕らの手には余るでしょ?
普通に考えようよ。
「私は……みんなが幸せになれたらいいなって思ってる」
「うん」
「でもそれは体と病気と寿命と戦っていただけで、殺人は想定してなかった」
「そりゃそうだ」
「相手の目的はわからない。そのうち秋音姉さんが教えてくれると思う。だけど、これ以上の被害は許容できない」
「そうなるはな」
「だから私は――」
運営側にいるレイラさんの考えは順当だった。
だけどリスクが高い。
もしかすればゲーム存続自体が危ぶまれるかもしれない。
だが、どの道プレイヤーも巻き込まれるかもしれないのなら、先に伝えて判断してもらった方がいいのは賛成だ。
ジェネシスキングダムのサービス終了だけは勘弁願いたい。
終るには思い出と未練が多すぎる。
そんなことばっかり考える僕はやはり薄情なのかなと思う。
行動力のあるヒロインってかっけぇーと思う方、下の☆☆☆☆☆の評価よろしくお願いします。




