第一章:書(ふみ)を重ねて 大和(やまと)し思ほゆ(結)
結
「寄りましには、申し訳ないと思っています」
日本語・日本文学の本棚に手をつき、ビブーリオは近くの椅子に腰かけた。
「如月に眠りから覚めて、苦しむ声が聞こえました。時進が、山ほどの本に埋もれていたんです」
まゆみ先生と明子ちゃんがうなずいた。時進先生の個人研究室は「本の密林」らしい。片付けが苦手なので、奥さんまたは息子が掃除に来るんだとか。
「他に誰もいない、でしたら私が―と、彼に入りました。かわいそうに、血の巡りが悪かったんですね。心身を借りたお礼に、彼の寿命を『読み』直しました」
「読」の祓は、健康面にも使えるのか。私は単純に、分析するために用いていたよ。
「時進先生の体調を回復させただけやなくて、寿命も延ばしはったんですね。ビブーリオさん、健康にお詳しいゆうレベルをえらい超えていますよぉ」
「薬に頼らないまでには、整えました。病とこれからどう付き合うかは、彼に委ねています。年齢に反して精力的に動けるのは、私が人格を握っている時だけです」
「優シイか厳シイか分カリまセンねー」
明子ちゃんが身体を大げさに傾けた。講義の時は、先生に交替してくれないかな。九十分はまだ許せても、百分はしんどい。
「私塾を開いていた頃を思い出しましたので、久々に教えたくなったんです」
「ほどほどにしてちょうだい。お仕事を取ってはいけないわ。私とアヅサユミのように、経験を共有できていないでしょ」
てえへんだ。先生がまた最初から国語史を話してしまうじゃないか。
「うっかりしていました。後ほどします。ありがとう、まゆみ」
「む? 本のおっちゃんとまゆみは、親族ってーことになんのか」
まゆみ先生の先祖がアヅサユミ、アヅサユミの子がビブーリオ、だよね。
「まゆみは、妹の子孫にあたります」
「おじですか、大が何回、付く……ですか」
唯音先輩、数えだしたらきりがないですよ。
「家系図を取り寄せます。調べましょう」
せんでいい、せんでええて。
「ときときト、ソッくりデスね」
「話し方やろ、知りたいことはとことん調べはるところやろぉ、ほんまやわぁ」
「寄りましは、心の波長が似ている人が落ち着きやすいのよ」
まゆみ先生のお言葉を、先輩がメモに書いていた。研究の参考にするんだろうか。
「さて、約束―でしたね」
ビブーリオが、栞を持つふりをした。温い緋色の気流が、指の間を通り、五つの筋を成して私たちへ伸びた。胸の奥へ、ふかふかな土が積もってゆくように、祓が送られてゆく。
「『読』は、祓の礎です。あなた達に分け隔てなく補充しました。『読』の性質以外は活かせませんが、昼夜を分かたず空を舞えるでしょう」
華火ちゃんが「よっしゃっ!」と叫んだ。室内は私語厳禁だけれど、今日だけは聞こえなかったふりをしよう。
「残りの祓を完全にしましょう。支援します」
珊瑚色の瞳には、六色の笑顔がくっきりと映っていた。
―ビブーリオが「スーパーヒロインズ!」に協力!
「皐月の障り」が来るまで、あと四日! ―
〈次回予告!〉
「ビブーリオって、アヅサユミみたいに古語で話さないんだね」
「言葉は時が進むとともに移ろいます。今に合わせてゆくことが肝要です」
「訳さなくていいから、楽だね」
「私の寄りましは、近頃の言葉遣いに関心を寄せています。大和さん、『あーね』とは、どういった場合に用いるんですか」
―次回、第二章 「我と等しき人に」
「えー。雑談に相づちを打つ時かな。私もあんまり意識していないというか」
「あーね。今のでよろしいですか」
「うーん、そこじゃないかも」
「単なる『ああ、なるほどね』の略ではないんですね。調査しましょう」
「わ、わあ、いきなり引っぱらないでよう!」