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第一章:書(ふみ)を重ねて 大和(やまと)し思ほゆ(二)

     二

 A・B号棟より北へ進み、学内の横断歩道を渡ると、左手に白い直方体の建物が見える。「豆腐(とうふ)」とも学生に呼ばれている研究棟(けんきゅうとう)は、宗教学部・文学部・外国語学部の研究室、大学事務局、少人数制講義用の教室で構成されていた。

 普段、体を動かしていない私と夕陽(ゆうひ)ちゃんが息切れを起こす階段を上り、二階二〇三教室に着いた。

「ひょへー! 早速、発見デスか!?」

 待っていた明子(あきこ)ちゃんは、両手を天井に「Y」の字となってたいへん喜んだ。

「……………………」

 明子ちゃんと「古事記(こじき)(トレーディング)CG(カードゲーム)」なる遊びをしていた唯音(いおん)先輩は、音を立てずにロッカーへ歩いた。

「ふふっ、いざ『変身』よ。文学PRの小道具も忘れずに。私は、研究室で(とき)(すすみ)先生の居所を『引き』当てるわね」

 顧問が扉を閉める。私たちは五者五様にロッカーを開けた。

 「日本文学課外研究部隊」は単に、日本文学の楽しさや素晴らしさを広める学科公認サークルではない。

 もうひとつの名は「スーパーヒロインズ!」。戦隊物好きの顧問が付けた愛称が、たまたま「祓」を自在に行使する者たちを指していたのである。

 どうやってヒロインに「変身」するかって? 専用の道具で瞬時になれるわけじゃありません。だって、ここは現実なんだから。答えは、原始的なやり方です。


「まゆみ、ヒロイン服新調してくれたなっ」

「障りトノ決戦デ、カナりダメージきマシたカラね」

「卯月に間に合うように、先生がチクチク縫うてくださったんや。次こそ大事に着ていかんとあかんわぁ」

「新しい衣装は、より(わたくし)達の、個性を、押し出している……です」

「前は白の割合が多かったですよね。うーん、恥ずかしいのは変わりないけれど」

「ふみセンパイ、ミニスカ似合ってマスよ? 普段のパンツルックもイケてマスが、ポップ路線デ攻メルのもアリっス」

「えー、それはちょっと……。今年で二十一になるっていうのに」

「学生のうちは、はじけてもえぇんとちがう? あらま、(はな)ちゃん、ちょうちょ結びきれいにできたね」

「だろっ。姉ちゃんが懇切丁寧教えてくれたかんな」

「ひょほ、はなっちのデザイン、やッパ『(せん)()』っスな☆ サワやかメのフリルでエレガントにしツツ、グローブとショーパンでパワフルに! センセのセンス、ハンパないデス」

「明子さんは、吟遊詩人みたいです、竪琴を、弾けば、完成度が上昇する……」

「先輩は、青のロングコートと紺のタイトスカートがかっこえぇですよ。できる科学者! ですねぇ」

「ゆうひも負けてねえぞ。ソレ、裁判官っぽいじゃねえか」

「法服をアレンジしはったんやって。メンバーひとりひとりをよう知り尽くしてはるわぁ」

(わたし)のは、なんだろう」

「あんまし変わってなさそうで、落ち着いた色合いになったっつーか。司書じゃねえかっ?」

「附属図書館ヲ背景ニしタラ、クールな絵ニなりマスな」

「教師を、イメージしたと、まゆみさんが、話していた……です」

「大学院を卒業したばかりの先生、やね。ふみちゃん、論文を読み始めたんやよ」

「マジかよ」「マジっスか」

「う、うん……。少しずつ、ね」

「明子、レポートとかノ参考文献とシテめくるダケっスよ」

「院か……。人跡未踏っ、あたしには未知の世界だっ。姉ちゃんは簡単に入ってるけど」

「案ずるより、産むが易し……です」

「皆、もう『変身』済んだよね? 先生呼びにいこう」


 隣の二〇二教室から、まゆみ先生が鼻歌を歌いながら出てこられた。ちょうどよかった、扉を叩く手間が省けたよ。

「時進先生はI号棟にいらっしゃるわ。出陣しましょ!」

 変身後の返事は、決まっている。皆でせえの、

『ラジャー!』



 研究棟から北東寄りにちょっと歩けば、I号棟だ。学生どうしでは「図書室」の方が通じやすい。資料は広く浅く、映像・音楽も充実している。規模が小さめの公共図書館、ってところかな。

「長居はごめんこうむりたいんだけれどもなあ」

 私は目立たないように、唯音先輩と明子ちゃんの間にはさまって入室した。中途半端に背丈があると、高い人に隠れるのにひと苦労だよね。

「威風堂々っ、全裸じゃねえんだから胸張っとけっての」

「は、(はな)()ちゃん、それは極端だから」

 ほら、利用者の視線が集まってくる。見慣れない人ばかりだ……。新入生だろうか。

「よう特撮サークルに間違えられたやんね」

「近いといえば、近い……です」

 唯音先輩は元々だったが、夕陽ちゃんが人目を気にしなくなったなんて。過去を懐かしむ余裕すらあるし。

「『スーパーヒロインズ!』デース☆ 新メンバー募集してマス! ユニフォーム支給・おやつ付キっスよー!」

 うわ、明子ちゃんてば「カモン、カモン☆」と手招きしているよ。奇抜な格好で登下校しているから、平気なんだ。

与謝野(よさの)さん、勧誘ありがとう。もう少し、トーン落としてね」

「ハイ☆」

 まゆみ先生、もしかしてわざと一階を巡回していませんか。しているよね?

「わざとじゃないわよ。活動をしているの。ビブーリオを探しつつ文学PR!」

「はあ……」

 私は、左手に持っていた柳の枝をしならせた。隊員四人にも、ベルトに差したり、数本まとめて背負ったりして周りに見せている。

 枝にくくった短冊は、休日に千代紙を細長く切った物だ。演習の課題とアルバイトの合間……ではなく、寝る直前に思い出してはさみを入れた。要領良くなりたいよ。

 各自で短冊に『(まん)葉集(ようしゅう)』のある歌を写した。(まきの)(だい)十九・第四一四二番歌(ばんか)だ。


  春の日に ()れる柳を 取り持ちて

  見れば(みやこ)の 大路(おほち)(おも)ほゆ


 作品中後期の歌で、大伴家持(おおとものやかもち)が詠んだんだけれど、

「これで『萬葉集』だと分かるわけないでしょ」

 皆で話し合って決めたといっても。たまにやぼったくなるんだよね。村とか町役場の紹介記事といい勝負なんじゃないか。作品を寸劇にする、テーマに沿って引用した和歌や詩をおなかと背中に掛けて走る(夕陽ちゃんいわく、サンドイッチマンだって。横文字は覚えづらい)、(うた)()(かい)、百人一首・萬葉かるた大会、いろいろやってきた。作中の食べ物や情景などを再現する日もあったっけ。

「あなた達に会った人が『何ぞや』と思えば成功なのよ。『何ぞや』が、文学の入り口につながる」

 名言めいたものを放たれましたが、とんだはちゃめちゃ顧問だよ。どこに「普通のPRじゃ味気ないから、戦隊物と混ぜよう!」って実行する人がいるんだ、んもう。

「なあまゆみ、ビフィズスかビニールかしらんけど、ここにいるんだよな?」

 柳を両手ですり合わせるように回して、華火ちゃんが言った。

「ビブーリオ、ね。反応はあるんだけれど、おぼろげなんだな。『引く』力は相応の精神力が()るのよー」

 連発はなかなか負担がかかるらしい。償いで与えられた力だからなのかな。人間に戻れなくて、神のようなはるかな存在にも加われない苦しみをずっと受け続けるんだったね……。

「時進先生がいらっしゃりそうな所は、どないでしょうか。明ちゃんは、知らへん?」

 夕陽ちゃんに声をかけられ、黒髪の美少女は、鼻息を荒くした。

「センセフリーク・明子にヨル、腕ノ見せドコロっスね!?」

 日文のみならず、非常勤講師も含めて全学部を網羅しているそうな。宗教学部の先生たちとは信者つながりで親しいんだって。

「ときときハ参考図書コーナーに寄ってマス。目撃例ハ、水・木曜ノ四限、月曜五限OH(オフィスアワー)☆」

 補足だが、OHは、先生が必ず個人研究室にいらっしゃる時間ね。学生との距離を縮めるために設けられているのだとか。学業以外の話をしに訪ねても構わないようだ。

「まさに今OHだけど、留守にしてんじゃねえかよっ」

「リフレッシュしてはるんちがうかなぁ。在室していなければならない、て決まりやないと思うでぇ」

「むう」

 夕陽ちゃんにたなだめられるも、華火ちゃんは合点がいかない様子だった。

「参考図書コーナーは、三階ね。あなた達、参りましょ!」

 柳持つ五人娘は、早足で階段を上らされた。


 三階は最も静かで、利用者があまり寄りつかない場所だった。ここの資料はすべて、禁帯出の赤いシールが背表紙に貼ってある。参考図書すなわち辞書、事典は、学期末課題や試験がさし迫った時にしか、たぶん使われない。

「ふみちゃんも、よう入り浸っているやんなぁ」

「まあね」

 腰を据えて本が読めるんだよなあ。勉強だって、はかどるし。

「あたしら以外、気配なさそうなんだけど」

「閑散トシてマスね。奥ノ職員室マデnothingデスよ」

 下級生組が、きょろきょろ見回している。小さな一回生と、モデル体型の二回生、でこぼこな二人だ。

「まゆみさん……」

 唯音先輩が、先生に何か伝えた。

「分かった。夏祭(なつまつり)さん、与謝野さん、下がりなさい」

 日本語・日本文学の棚にあたりへ進む先生。特に妙なところはなさそうなんだけれど。

「私もそう思っていたの。仁科(にしな)さんのめでたき視力に助けられたわ」

「え、どういうことですか」

「うまく隠れたつもりでも、かすかに風景がぶれていたみたいよ。ビブーリオ」

 本当だ。目を凝らしたら、本棚と机が揺れ動いていた。

安達(あだ)太良(たら)の名にかけて、あなたの(じゅつ)を解くわ! (わらは)ども (くさ)はな()りそ かりそめの (ふみ)()みの(まく) ()(くさ)()れ!」

 砂が流れ落ちるように、日本語・日本文学の棚とその周辺がはがれていった。

 時進先生が、本物の棚を背にして座っている。大辞典を卓上に開いて、(ページ)を重々しくめくった。

「―神代(かみよ)戦士(せんし)

 老眼鏡の奥は、人間の物としてはめずらしい色だった。

「文学と弓の神アヅサユミと、人間の男との(あいだ)に生まれた子のうち、『(はらえ)』を継いだ五人を総じてこのように呼ぶ。人間に崇められ、忌み嫌われた存在―」

 珊瑚(さんご)(いろ)の瞳が、私たちを映した。

「私は、第一の戦士・ビブーリオです。お会いできる日を、ずっと待ち望んでいました」







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