第四章:うひ恋(こひ)ぶみ(序)
序
運命は、なんでいけずなんや。
「本当ですよ。僕が第四の戦士です」
真淵先生が「神代の戦士」を宿してはった。シュトルムさんを閉じ込めた鳥かごは、金で創られている。網に、ツヤツヤした黄色い気がかかっていた。うちの推測が間違うてへんかったら、第四の戦士が行使する「祓」は……「知」や。
「ゆうひイエローさん、今度こそ『障り』は諦めていただきますよ」
先生……笑てはるけれど、ほんまは悲しんではる。「大いなる障り」を祓う二日前に、こう仰った。
「僕があなたの親でしたら、戦う宿命を回避させますね」
「……戦場に喜んで送り出す親はおりません。たとえ禁忌とされる手段であっても、子が戦いを免れるように力を尽くしますよ。『人を外れた行い』でありましても」
うちを、戦わせたくないんですか?
「『障り』はうち達が必ず祓います。前に、うちが抜けても差し支えないて仰っていましたが、心が亡ぼされる様子を、黙って見ていられません」
「責任感を強く持たれるお方でいらっしゃいますねえ……」
笑顔の仮面が、もっと厚くなった。やめてください、真淵先生……!
「僕のような賤しき者にも、望みがございます。貴きあなたをくもらせる結果に至りましても、成就させるのです」
シュトルムさんが鳥かごをこじ開けようとしてはる。怒っていらっしゃるみたいやねんけれど、声が聞こえへん。
「かごには、金糸雀の歌だけで事足りますよ。鍵を使わなければ出られない仕組みだと、あらかじめお伝えするべきでしたか。あなたは力任せに突破するお方ですからねえ」
いくらシュトルムさんが蹴ろうと、びくともせぇへんかった。
「血の気が多くて、素早さがご自慢ですか……お似合いのパートナーですよ」
グリーンが歯噛みする。鍵をいただきに先生の隙をついたはずやったのに、隣の木にテレポートしたからや。
「ゆうひイエローさん、もしもあなただけが災厄を免れる方法を僕が知っていたとしましょう。なおも立ち向かうのですか?」
うちしか助からへん? あきませんよぉ!
「人々の心を守るんが、うちの役目です!」
先生のお顔が、ほんのしばらく冬の鉄棒みたいに、寂しそうになった。
「割り入ってごめんあそばせ」
うちのそばまで、安達太良先生が来られた。
「あなたは真淵先生ですの? 第四の戦士・ナレッジですの? 教えてくださいませ」
ナレッジさんてゆうんやね。せや、「神代の戦士」が人格を握っている時、瞳がこの世のものやない色に変わるんやったわ。
「まぶたを開けてくださいますか。心の手綱がどちらに握られているか、当てさせないように錠がかかっておりますもの」
「クス、クスクスクス……」
安達太良先生が拳を震わせはった。
「掛詞は含まれておりませんわよ。妙なくさびらでも召し上がったのかしら」
「お気遣い痛み入ります。僕は少食です、外では拾ってでも物をいただくようなことは致しません。夏祭山……でしたね、笑い茸はこちらに生えていないようですが。むしろカエンタケに注意せよ、との看板が立っておりましたよ」
誰やろ、カエンタケにただれてしまえばよかったのに、てつぶやいたんは。グリーン? レッド?
「てにをは、は難しいものですねえ。どちら『か』ではなく、どちら『も』ですよ。つまりは」
「ソンなノ、ピンクにデモ分かりマスよ! マブチンと『神代の戦士』ガ心をシェアしテルんデスよネ!?」
新しいケースやんか。ビブーリオさんと時進先生、キミックさんと土御門先生、シュトルムさんと宇治先生が人格をシフトしていたのに対して、常に一緒やて? せやったら、さっきまでのお言葉は、両者の意思やの?
「聡明でいらっしゃるために、疑問が深まるばかりですね。感銘を受けますよ」
真淵先生が、うちのすぐ前に移ってこられた! こうもりみたいに、枝へ逆さまに留まってはったんやで。
「驚かせて失礼しました。『呪い』に慣れていらっしゃるのだと、思い違いを致しましたね」
あかん、あかんてぇ、ささやき声は反則やてぇ! 平常心でおらなぁ……! 先生の「呪い」はドキドキしてまうわ。気配を感じさせへんねんもん。
「陽が沈みつつあります、お足元が悪くならないうちに下りましょう。十八時半に空満図書館カウンターまでお越しください。あなたのために特別展を開きますから、ぜひ」
先生はパッて消えてしもうた。シュトルムさんをさらって。
「迅速果敢っ、乗り込んでシュトルムを救出すっぞ! んで、なめくじゲラ男を最低でも三発ぶん殴るっ!」
グリーンがやる気満々になって、星形の羽衣をジェット噴射(!?)させた。あれま、飛ぶんやないんや。駆け下りているわぁ。ところで、なめくじて、ナレッジさんのことやろか。ゲラ男は、ようニコニコしてはるからそんなニックネームなんやと思うねんけどぉ……うちは、呼ぶん遠慮しておくわぁ。
「アグリーっスな。ピンクがオマケに、マブチンの髪ノ毛ヒトつカミ抜きマース☆」
「三十六花閃で秘孔を突くか、ふみかムーブメントで押し花、いや押し人にしてやる」
ピンク、本気でするつもりやろ!? やめてやぁ! 先生は髪が薄くなったとしても、魅力は錆びへんけれどね。レッドは物騒な考えしやんといてぇ! ブラックになってるで、スタンダールさんやないんやからぁ!
「サンプルに、決定……です」
「カエンタケね、内嶺駅の改札にきのこストラップのカプセルトイがあった気がするわ。『引き』当てて研究室の扉に飾りましょ」
ブルー先輩て、マッドな発言される人やったんですか? ついには先生がホルマリン漬けにぃ……! うちの妄想が暴走してまう! そして、安達太良先生は「特別な力」をプライベートに活用しないでください! なんでも「引く」力は、お父様を蘇らせた罰やなかったんですか!?
「待ってくださいよぉ!」
相手は「知」の祓を操る戦士や、うちが遅れをとってどないするんやよ。頑張らな!
「まゆみ、ナゲットってやつは、理論武装で戦うのかっ?」
特別展会場までの道中、はなびグリーンが第四の戦士について質問した。
「ナレッジ、ね。『知識』の名を冠しているだけあって、手強いわよ。神に最も近い賢き者、膨大な知を以って、挑みし者に己が愚かさを叩きつけて、平伏す土に謝りたくなるぐらいに屈服させるのだと、アヅサユミに聞いたわよ」
あきこピンクが苦そうな表情をした。美少女は、何をしたって絵になる。
「無理ムリ無理ムリ、天国デ会っテモ激マジ嫌イなタイプっス。絶対ストーカー&ヤンデレじゃナイっスか。黄色センパイ、二人キリはマズいデスからネ!」
「顔も趣味も虫唾が走るよね。なによ、あなたのための特別展って」
袖に通されている紐をいじりながら、ふみかレッドは毒づいた。
「端正なお顔やねんけどなぁ。温かく迎えてくださっているんやよ」
柔らかく返すゆうひイエロー。日頃、一緒にいるので、レッドをなだめるのはお手の物であった。
「ゆうひイエローに対するナレッジの好感度は、いみじく高いわ。すんなり力を貸してくれそうね!」
まゆみが、乙女のための恋愛ゲームにたとえた。大学教員は、サブカルチャーにも造詣が深いのだ。
「ハッピーエンドまでデスよ、トゥルーエンド迎えタラ鬱ニなりマス」
その道(?)において専門家(??)のピンクが、背中を丸めてガタガタ震えていた。
「キミック、ナレッジの弱点は、知っている……?」
いおんブルーが、肩に乗せたフェルト玉のぬいぐるみに訊ねる。今やすっかり相棒となった第二の戦士・キミックの寄りましだ。
「ひねりにひねってひねくれた第四子と関わりたうないわ。あやつはあない言えばこない言うのや。黙っておるのが無難やわい」
キミックが鼻を鳴らした。羊毛製だからか、かわいげが加わる。
「あやつのそばにおった長子が、よう心得ておるんとちゃうか」
丸い手が、レッドの前髪あたりを指した。パッチン留めにした辰砂のおはじきから、長い息が聞こえる。
「はい―。私はナレッジを養っていましたので」
第一の戦士・ビブーリオが、穏やかに話した。
「ど、どうして面倒を見ていたの?」
レッドの問いに、ちょっとだけの間が空いた。
「それが、ナレッジの弱点かもしれません―」
ビブーリオの声が、砂利のようにざらざらしだした。
「ナレッジは、母親に捨てられたんです」
事実は小説よりも奇なり。ヒロインズは各々、母親の顔を思い浮かべた。
「……あたしんとこの母ちゃんは、豪放磊落っ、自由奔放っ、あたしの好きなようにさせてくれてるぞ」
「お母サン、ピンクをあーちゃん、あーちゃんッテ可愛ガッてクレてマス」
グリーンとピンクは、愛情をいっぱい受けて育った。
「お節介で、小言ばかりだけれど、心配性だからなんだよね」
レッドのお宅は、まあまあ仲良しらしい。
「臍の緒は、つながっていた……ですね」
幼い頃より苦い思いをしてきたブルーは、現在、別居している。
イエローはうつむいて、いつにもましてゆっくり言葉を紡いだ。
「離れて暮らせるか、スパッと切り捨ててくれたら、無関心でいられるんやけどね」
グリーン・ピンク・ブルーが、愕然とした。箱入り娘にそぐわない発言だったからだ。
「そっか、まだ……」
イエローが抱く複雑な思いを、レッドは何度か聞いている。不自由しない家庭にだって、悩みは多かれ少なかれある。完全な幸せは、未だこの世に存在しないのだ。
「アヅサユミが、我が子を……? 信じがたし、だわ」
先祖の非情さに揺らいで、まゆみの飛行速度が落ちた。
「親になっていないから、分かりかねるけど、子どもはひたすらかわいいんじゃないの? 銀・金・玉にもまさるのよ、なのにどうして」
まゆみは真弓家に嫁いでおり、仕事においては旧姓・安達太良を名乗っている。夫は実の親を事故で、育ての親を災害で亡くした。次の世代に失う悲しみを経験させまいと、真弓夫妻は固く誓ったのである。
「親子でも、本当の気持ちは伝わりにくいものなんです。アヅサユミは、最愛の人間―彦を侮蔑したことに対して、ナレッジを叱りました。しかし、アヅサユミにとって、子ども達も最愛だったんです」
「誤用、他と比較して一番です、同率で七人は、表現の、再検討が必要……」
ブルーの指摘に、ビブーリオは温かく笑った。
「そうです。しかし、いおんブルーさん、正しさは、必ずしも皆に共通するとは限らないんですよ。アヅサユミの『最愛』は、夫、子孫に付きます」
「第四子はの、母に嫌われておる、と受け取ってもうたのや。そこで母がほんまの気持ちを噛んで含めるように言い聞かせてやれば、こじれへんかったものを。意地張りおって」
キミックは丸い尾を振った。
「至極単純っ、アヅサユミを連れて来て仲直りさせりゃ解決だっ!」
「できへんよ」
イエローの垂れ目が上がっていた。
「謝られて、手ぇつなげるんやったら、ずっと悩んでへんわ」
「怒ってる……のかっ?」
「グリーンに怒っているんやないよ」
キャンパスに堂々と建つ希臘の神殿が、ヒロインズを迎えた。
「母でもないねん、うちに、なんや」




