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第三章:宇治殿嵐(シュトルム)に憑かれ給ひて夏祭華火に挑むる事(四)


     四

 レッド達がシュトルムの猛攻をしのいでいた頃、グリーンと司令官は山道を走っていた。

「別に合わせる必要ねえんだぞ、あまでらまゆみっ」

 まゆみには、空を遊泳する、力車(ちからぐるま)に乗る、不思議な(むしろ)で浮く、など選択肢があるのだから。

「ふふっ、私はまだ俗世間とお別れしないわよ」

 年はグリーンの倍以上だが、余裕のよし子さんスマイルで並走していた。

「なんてったって、スーパーティーチャー! 私の名前は、安達(あだ)太良(たら)まゆみ!」

 今年度も、二人の掛け合いを何卒、応援のほどよろしくお願い致します。

「ひたすら美味しい物を楽しんでいては、肥える一方でしょ。適度な運動をして、健やかに! ね?」

「健康第一、ってか。あたしは、気持ちの問題なんだ」

 日本文学国語学科へ入学を機に、梳いてもらったポニーテールが、なびく。グリーンは、まゆみ達とつながって、着実に素敵なレディへと長じていっている。

「先祖代々っ、手入れしてる山だかんな、ちゃんと自分の足で登りたいんだ。羽衣はそりゃ簡易軽便かもしれねえけどよ、こっちが慣れてる。速さだって負けねえっ。あと」

 グリーンが鼻の下をこすった。

「……あたしは、夏祭(なつまつり)の末裔だから」

 まゆみは、しっかりと彼女の目を見ていた。生家に対する誇りに、年代など関係ない。

「そうね、お家の宝物だものね。いついかなる時も、畏れ敬うわ」

 夏祭家は、(そら)(みつ)の大地主にして、(いにしえ)より(まつりごと)を担ってきた。官僚、議員を輩出し、グリーンの祖父・御輿(みこし)は元国土交通省の幹部、父・(しゃ)(てき)は空満の市議会議員である。

 安達太良家は、弓取りの一族である。腕前は、空満一を超えて、本朝一、弓矢を持たずして的を射抜けると評されている。「(まじな)い」においても優れており、この地を幾度となく平らかにしてきた。

 空満の名家同士が手を携えている。いと頼もし。

「ここにやって来たからにゃ、つかまえられねえと末代までの恥だっ!」

 意気軒昂と進むグリーンへ、風の塊が迫る。

(しこ)()(たて)!」

 透けた藤色の板が、グリーンから風をさえぎった。

「あんがとなっ、まゆみ」


  今日(けふ)よりは (かへり)みなくて 大王(おほきみ)の 醜の御盾と ()()(われ)


 (じゅん)(えい)(まきの)(だい)二十・第四三七三番歌(ばんか)、アヅサユミが、家族や信仰する者を守る際に唱えていたそうだ。

「ふみかレッド達がシュトルムと対峙しているようね」

 まゆみの頭の両側に伸びた弓が、赤・緑に忙しなく光っていた。

「さっきの風は、シュトルムか……。焦りが出ていたわ」

「『あいつ』を探してるから、だよな」

宇治(うじ)先生とちぐはぐになっている。ゆゆしき事態よ」

 アカマツの枝に、駒鳥が止まる。

「おう、灼熱(しゃくねつ)じゃねえか」

 呼び名について、まゆみは「なるほど」と思った。一般的な駒鳥に比べて、赤の面積が広かった。

「二代にわたって、あたしを鍛えてくれてるんだ」

 灼熱が、焼けた鉄のような翼をはばたかせ、鳴く。

「よそ者がいるから、皆、気が立ってる? 悪いっ、テキトーに通したんじゃねえんだよ」

 まゆみが切れ長の目をさらに鋭くさせた。誰かがこちらの様子を観察している。お引き取り願いたいものだが、行動に移しては罠にかけられそうな予感がする。

「堅忍不抜っ、ちょいと我慢しててくれ。日が沈むまでには下りるっ! 明日早起きして、祠を清めっからっ!」

 遊び相手に誠意があると認めたのか、灼熱は彼女の頭上を周った。

「お供え物のおにぎり、多めに持ってく。和気藹々と分け合うんだぞっ」

「動いちゃダメ!!」

 グリーンは顔をこわばらせ、灼熱は落ち着き払って静止した。車輪が二輪、グリーン達の両脇を転がった。まさに間一髪、くしゃみなどでぶれていたら轢かれていたであろう。

「袋の鼠だぞオ、嵐炎ー!!!」

 シュトルムが片足を引きずって現れた。腐っている、が付け足せそうな黒緑(くろみどり)の気を全身にかぶっていた。

「おい、あれ『(はらえ)』なのかよっ」

 灼熱は忌まわしさを感じ、急いで飛び去った。

「ええ。いみじく焦げ付いているけれどね」

 さっきからうるさかったのは、グリーンの通信機とまゆみの弓が音を出していたからか。

「俺を生き地獄に堕としたな、親不孝!!!」

 黒緑の溶岩が、あちこちに撒き散らされる。グリーンを狙っているわけではなく、まゆみを倒そうとしているわけでもない。手足にしている紘子(ひろこ)が火傷を負ってゆくも、お構いなしだ。

嵐炎(らんえん)っつったよな、そいつはてめえに嫌なことをしたのかっ?」

 シュトルムは(まり)ぐらいの溶岩を、グリーンの顔に投げた。すかさずまゆみが「醜の御盾」を展開する。

「俺に説法か!!! あいつはもっと因果に報わねエとならねエんだア!!! 羊に転生(てんしょう)した女、鯰に転生した人の親のようにイ!!!」

 盾が溶岩に汚されて、相手が見えづらくなっても、グリーンは対話をやめなかった。

「そいつは、自分がそうしたくてやったのか? 昨日今日会ったばかりのやつじゃねえんだろっ? てめえを嫌ってるやつが、そいつの弱みを握って、やらせたとかよ」

「付き合いが長い分、余計に痛むんだよオ!!!」

 シュトルムは空へ()いた。「祓」が糸を引いて、シュトルムの足元を黒く染めてゆく。

「ひとまず離れなさい!」

 まゆみはグリーンを後ろから抱き、下がった。

「あんで止めたんだよっ!」

「態勢を立て直すのよ、うかつに近づくと干からびてしまうわ」

 怒りと痛みに大声をあげ続けるシュトルムを、グリーンは捨て置きたくなかった。

「来てくれたわね」

 四人のスーパーヒロインが、羽衣をひらめかせ降りてきた。

「赤、(あお)(ねえ)、黄色、桃色っ!」

 グリーンが駆け寄るも、仲間は元気が無さそうだった。

「シュトルムが絶体絶命なんだっ、垂頭(すいとう)喪気(そうき)してんじゃねえぞ」

 ビブーリオとキミックの様子がおかしい。まゆみはすぐに射貫(いぬ)いた。

「そうなの……。あなた達は既に知っているのね」

「何をだよっ?」

 まゆみは手短に、シュトルムの現状と、治し方をグリーンに教えた。

「……あたしにしか、やれないんだな」

 グリーンが、指抜きグローブをはめ直して言った。

「はなびグリーンが選んだ道を行きなさい。私達は最善を尽くすわ」

 ね? と司令官は隊員達に呼びかける。

「ビブーリオ、私とブルーの『祓』を分けられないの?」

「いけません。異なる色では、かえって崩壊を進めてしまいます」

 肩を落とすレッドを、イエローがなぐさめた。

「緑さん…………」

 ブルーは、口数が少ないながらも、親戚の身を案じていた。

「みどりんノ命ガ最優先デスよ!」

 幼稚園、小・中学校、高校、大学と、なぜか縁がある先輩(一応)。けんかをするけれど、嫌いな奴ではない。

「あたし、シュトルムを助けてくるっ!」

 常盤色の「祓」を盛んに噴き出し、グリーンは地面を踏み蹴った。

 「(そく)」を表す星形の羽衣がばらばらになり、グリーンの腰を覆ってゆく。気炎万丈の(せん)()が、大慈(だいじ)大悲(だいひ)の天女に進化する瞬間である。

三拝九拝(さんぱいきゅうはい)っ、独りにさせちまったなっ!」

 永久不変の若き風が、怒りで煮詰められた溶岩にスッと入り込む。

「嵐炎は、どこだア!!! おまえが()(めぐ)った嵐炎なのかア!!!」

 シュトルムが吠える。血が混じった声と、剣山のように上へ伸びた髪は羅刹(らせつ)を彷彿させた。

「あたしは嵐炎じゃない、夏祭(なつまつり)(はな)()っていうんだ」

 進むたびに、熱される。引っ込むな、シュトルムは焼かれてもっとつらいのだ。

「なぜだ、息の詰まる狭い部屋では、おまえにあいつの匂いはしなかった!!! あいつは幾つもの人間に転生(てんしょう)しているのかア!?」

 暖かい風が、溶岩を揉みほぐしはじめる。「速」は火の性質を持つ。火そのものを想像すれば燃え尽くし、火の揺らぎを想像すれば切り裂く。グリーンは、極端にさせず、誰も傷つかない熱風を選んだのだ。

「もし嵐炎に悪意があっても、仕返しはするなっ。そいつと金輪(こんりん)奈落(ならく)、関わらねえようにしとけ。受けた仕打ちは未来永劫っ、忘れられるわけねえけど、首を取るとかしたら、そいつとやってること変わらねえよ」

「綺麗事を!!!」

 灰色がかった(ほのお)が、グリーンの肩をかすめた。火の粉が彼女のヘアゴムを焼き、ポニーテールがほどけた。

「綺麗事に終わらせねえために、力をつけてやらあっ!!」

 常盤色の熱風が、荒ぶる焱を包む。小さな体のどこに、大量の気を生む所が隠れているのか。

 骨になる幻がちらつきながらも、グリーンはシュトルムの広い腰を抱き締めた。

「嵐炎との思い出を、熟思黙想して振り返ってみろよっ! そんでも不倶戴天なら、あたしがどうすりゃ許せるか考えるっ! あたしがシュトルムを救うからよっ!」

 本来の色を取り戻しつつある中、シュトルムの胸に、深緑の炎が語りかけた。


  私は、華火ちゃんに救われているのですよ。

  ですから、あなたも、誰の(ともしび)もいらない、と

  寂しいことを思わないで、寄りかかってみてください。


 シュトルムは、意識朦朧となりかけているスーパーヒロインに全てを預けた。








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