第三章:宇治殿嵐(シュトルム)に憑かれ給ひて夏祭華火に挑むる事(三)
三
通信が切れた後、レッドはレーダーの異変に気づいた。
「ねえ、イエロー。そっちは、きれいに点が映っている?」
イエローは、手首を上げた。シュトルムを示す、緑色の点が二重に見えていた。
「あらま、ぼやあてなっているわぁ。うち、乱視も入ってもろたんやろか」
「そ、それ私もなんだ」
壊れたのだろうか。レッドが腕を振ったり、通信機を叩いてみたりする。
「皆に聞こうかな……」
「私に『読ま』せてください」
辰砂のおはじき「敷島」が、ここにきてしゃべった。取り憑いているのは、第一の戦士・ビブーリオである。
緋色の真砂が、レッドの通信機に振りかけられる。「読」の祓が有する土の性質を、ビブーリオは細かくして使った。
「必要な分だけを出すんです。ふみかレッドさん達は、来たる戦いまで温存しておかなければなりませんので」
お手本をやってみせて、教える。昔取った杵柄、ビブーリオは若者の育て方がうまい。
「―大変なことに、なりました」
まゆみレーダーに起こった異状の正体とは。
「シュトルムと寄りましが、かみ合わなくなっています」
「どういうこと?」
イエローは一を聞いて十を知るのだろうが、十人並を認めるレッドはもう少し説明がほしかった。
「私達は、人間を寄りましとする時、心の波長が近い人を、自分から選びます。私は、時進の本に夢中なところと、成熟の度合いに関心を抱きました」
ちなみに、人間以外の場合は、好みの問題らしい。
「シュトルムは、寄りましとの相性は群を抜いていますが、自身のおかれている状況を分かっていないんです」
「シュトルムさんが、宇治先生の心にいらっしゃることに気づいてはらへんのですね」
「そうです、ゆうひイエローさん」
レッドが頬をかきながら、ビブーリオに訊ねる。
「先生に、というよりは、そもそも人間の体を借りようなんて、全然考えていなかったの?」
「はい……。教室で再会した時から、おかしいと思っていたんです。シュトルムは、独り立ちを強く望んでいました。医療・薬を司る神々さえお手上げの難病を、アヅサユミが危険を冒して治してくれたことを、負い目に感じていたためです。そんなシュトルムが、人とつながろうとするはずはありません」
レッドとイエローの胸が締め付けられた。
「また、シュトルムは、身軽であろうとします。言い方が悪いですが、わざわざ入れ物に収まりにいかないでしょう。寄りましは、この世に溶け込める反面、五感を鈍らせてしまいますので」
「じゃあ、このまま動き回っていても、確実に良くないよね」
ビブーリオの息づかいが、その通りだと示した。
「かみ合わない心は、いつかどちらも外れて、破綻します。その前に、寄りましの肉体が生きられないほど傷つきます。『祓』の行使は、何度目になるでしょうか―」
そろそろ慣れないといけないのだが、ふみかはまだビブーリオの感覚についていけずにいた。一人の命が危ういというのに、どこか他人事なのだ。神の血(あるのか怪しい。ここは慣用句みたいに)を引いているから、命の尊さが解せないのかもしれない。
「私とキミックは、自ら人間に入りましたので、肉体の限界を超えないよう『祓』を出していました。現在のシュトルムをたとえるなら、風船の中に閉じ込められているとは知らないで、常に大量の空気を送っているようなものです」
イエローはメガネのレンズ縁に指を当てた。
「いつ割れてもおかしぃない状態なんや! シュトルムさんと宇治先生を離されへんのですか?」
「―シュトルムが解く以外には、方法はありません。なお、乗り移っている間に寄りましが亡くなると―」
風が、いきなりきつくなった。
「その『神代の戦士』は道連れとなります」
自然のしわざか、空耳か。薄気味悪い笑い声が、レッドを通り抜けた。
「私達は、神と人間の子です。それぞれの長所を受け継いでいますが、命に関しては不安定なんですよ。本来の姿では神に傾き、形ある物に住みついた時は人間に傾きます。『敷島』が今、落石などで割れてしまえば、私は二度とここにいられなくなります」
レッドは髪に留めているビブーリオを押さえた。
「わ、私だって無事じゃすまないんですけど」
「起こってほしくないんやけど、ビブーリオさん達が一人でも欠けてしもうたら、うち達の『祓』の回復が遅れますよね」
最悪の状況も考慮に入れられるイエローに、レッドはただただ恐れ入るばかりであった。
「『障り』を見逃してやる結末となるでしょう」
それだけは、避けたい。レッドの頭の中で、さっきの笑い声がこだまする。
「レッド、お顔真っ青やで。休もか」
「大丈夫、別になんともないから。私たちもグリーンと合流しよう」
飛ぶためにつま先立ちした途端、強い追い風に二人は転びそうになった。
「あなたですね、シュトルム―!」
彼女達の前に、血みどろの戦士が瞋り、立っていた。
「久方ぶりじゃねエか、陰湿隠遁きょうだい!!!」
シュトルムの唇が、動くたびに荒れて皮がめくれる。
「おまえに用はねエんだよ、鉢飛ばし!!!」
祓の風による鉢が、ビブーリオ達を蹴散らさんとする。津々浦々の高僧が肝心失せ給う、やんごとなき奇跡なり。
「ビブーリオ、隣にいって! 敷島!」
第一の戦士が、さっと赤いパッチン留めに移った。レッドは「敷島」を外し、円い面が第三の戦士に見えるように投げた。
「耐えるよ!」
レッドが斜線を描くように両手を広げて、「敷島」を、自陣の身の丈をゆうに越す大きさにした。由来は、タッチ式パネル携帯電話の某技法、文明の進歩よ、万歳。
辰砂のおはじき「敷島」が「鉢飛ばし」を空へ跳ね返す。シュトルムは歯ぎしりして、うなじをかきむしった。
「小賢しい手を打つな、畜生がア!!!」
火箸のように細長い風を、レッドは踏ん張り辰砂の盾で受け止めた。
「あなたは、誰に会いたいの!?」
「おまえらには、関係ねエ!!!」
「つらそうなんだもの、放っておけないでしょ!」
「偽りの善を、施すな、施すなア!!!」
常盤色の鎌鼬が、レッドの頬を切り、自身の耳と肩にも傷をつける。
「おまえは、善を施している己に酔いしれているにすぎねエんだ!!!」
違う、とレッドが言い返したら、そばにブルーとピンクが着地した。
「やせ我慢は、そこまでにせい、第三子よ」
ブルーの二の腕に抱きついていたキミックが、叱りつけた。
「おぬしの疑いが、ほんまもんの善行まで遠ざけておるのや」
「何を、悟った風にイ!!! 毒竜の巌砕き!!!」
合掌したシュトルムの指先より、竜巻が生じる。その名に恥じず、天高く昇り、さえずる雲を招いた。
たちまちに雷が落ちて、辺りの岩を叩き割った。かの静観僧正が、僧達を苛んだ「毒竜の巌」を七日七夜加持祈祷して、打ち砕いた説話にちなんでいる。
「私の、後ろへ、下がって……です」
ブルーが「技」の祓を流した。水のカーテンが、円柱状に展開される。飛び散る岩のかけらを、漏れなく防いだ。
「だアかアらア、小賢しいんだっつってんだよオ!!!」
胸を引っかき、シュトルムが大股でカーテンへ襲いかかる!
「な…………!?」
あと一歩でブルーにぶつかる所で、急停止した。
「俺……なのか……!?」
水が、鏡となりて、真実を詳らかにする。狼狽するは、紛れもなく人間。翡翠色の瞳が、己である揺るぎない証。
「こんなはずがねエ、そんなわけがねエ、あんな畜生に、どんな過ちがあって!!!」
足摺をして、シュトルムは吠えた。
「なぜだ、剥がれねエ!!!」
四人の通信機が、同時に鳴った。シュトルムを表す点が、地図を自由に動いていたのだ。
「センセ謹製レーダーが、バグっチャいマシたヨ!?」
「えらーが出ただけやで、ぴんくの」
キミックは、まんまるいあごをこする。最近まで憑いていた翁の癖が、うつったのだろう。
「長子よ、あやつは人間に宿っておったのを知らんかったんか?」
「そうです。再会した直後に教えてやるべきでした」
ぬいぐるみが、ぽふんと音を立てた。本人は鼻を鳴らしたつもりである。
「えらいこっちゃ、ぱにっくを起こしておるわ。『祓』が体内で乱れてしもうておる」
叫び続けるシュトルムより、粘っこい「祓」が噴き出していた。マグマに似ているが、黒みがきつい緑であった。
「地獄へは、あいつが先なんだア!!!」
漆黒のスーツに血を滴らせ、シュトルムは上へ突っ走っていった。
「正気じゃなかったから、解けなかったのか」
シュトルムの足跡を目で追って、レッドが言った。
「『祓』は心情に左右されます。寄りましについては、段階に沿ってゆきたかったんですが、予期しない結果となってしまいました」
「おぬしは先駆けを務めへんやろ。ちいと口利きするだけや」
揚げ足を取られ機嫌を損ねるビブーリオに、イエローが訊ねた。
「シュトルムさんと宇治先生をどないかできへんのですか?」
「あるには、あります。ただし―」
口ごもるビブーリオに代わって、キミックが答えた。
「命がけのわりには、成功率がごっつ低い」
四人のスーパーヒロインは、息を呑んだ。
「乱れた悪しき『祓』は、整った良き『祓』を外より流して和らげるのや。同じ色の『祓』でな」
シュトルムに対応するヒロインは、はなびグリーンだ。
「小娘のが尽きるまでに済まさへんといかん。性質が活かされへん今の具合では、三分までやのう。流す側の心が、恐れや憂いで僅かでも揺れてしもうたら、共にあの世行きや。おぬしらは、小娘に危うい賭けをさせるのか?」
その問いかけに、風すらも、黙り込んでしまった。




