第三章:宇治殿嵐(シュトルム)に憑かれ給ひて夏祭華火に挑むる事(二)
※本文に「女ながら不道明王の怒りを燃やしておる」とございます。言っているキミックは、かなり昔を生きてきたため、価値観が古いままです。しかし、蔑視の意図はございません。
二
あいつは、今度も人間の道に立っていやがる。
解脱できていなかったんだ、やはりな。
あれだけの罪を犯した報いだ。輪を廻って、積み重ねろ。
誰かに頼ってばかりの軟弱な己と別れるため、親の元を走り去った。
特に、母を煩わせてしまった。俺の熱病を治すために、穢れに触れる事までやったんだ。
人間の子よりもへばっていやがる俺は、この世に在るべきではなかった。上と下のきょうだいと並ぶのが、つらかった。父と末っ子のみてエな純粋な人間だったなら、さっさとくたばれたんだがな。
俺は、他の燈を分けてもらわねエと、尽きちまう。他に苦労をかけねエと、俺は救われねエんだ。
「嵐炎と共に、道を求めんか」
行くあてなく、苔に身を食わせていた俺に、あいつが誘ってきやがった。俺の正体を見破った、初めての人間だった。
「さびれておるが、雨風はしのげる」
俺は、はげ山にひっそり残った寺であいつと魂を磨いた。六つある輪の廻りを外れるには、を毎日問う。俺は「何もかも終わるための練習」だと思った。あいつと答えを探せば、俺だけで己を救える。本気で信じていた。
「らんでん、ではない。名は嵐炎だ」
呼び間違える度に、あいつは丁寧に正してくれた。他の弟子に対しても、目くじらを立てねエんだ。
麓の里に住む者達は、僧都と敬っていた。あいつはあまりその名を気に入っていねエようだった。
由来は、兄弟子が教えてくれた。俺が乞うたわけじゃねエが、先輩風を吹かしたかったんだろう。
昔、ある地方が嵐と大火事に襲われた。夥しい数の命が落とされ、立て直すために都の役人が遣わされた。生き残った者で、唯一、無傷だったのは、幼いあいつだった。両の親が覆い被さっていたからだそうだが、不可解な点が幾つかあったという。都のでかい寺に引き取られ、今の名に改められた。酷だな、そいつの親、友、国をつぶしたものの名を生涯抱えてゆくんだから。
「嵐炎は、五逆罪の内、二つ犯した」
あいつは、無間地獄は免れない、と笑っていた。天災で親を殺生しただと? おまえを守るために命を投げ出したんだろう? 自責の念があまりにも深いじゃねエか。
俺のどこかがピシリと鳴った。決めた。あいつの罪を肩代わりしてやらア。これから俺は、あいつの名を半分取って「嵐」だ。情けない面されたら、腹がむずがゆいんだよ。
あいつの足が萎え、腰が曲がり、顎が細り、目が濁り、道の半ばで倒れ、朽ちた後も、俺が願いを成就させてやる。
修行が足りんぞ、鬼よ。
あいつを先頭に、人間どもがこの地へ追い込んだ。聞かされたんだ、俺があいつらのふるさとをぶち壊したんだと。俺の走り過ぎた所が、無惨な事になっていたんだとはな。俺は、望まずに燈を消し回っていたんだ……!!!
鬼は、決して救われぬ。
封じる間際に、あいつは錫杖で俺を叩っ斬った。積もり積もった忿懣、重い一撃だった。
あいつは、俺を仇だと分かっていて、連れて行ったのか!?
これまでの温い情けは、欺くためだったのか!?
どオして初めに討ち取らなかったんだ!!!
「嵐炎、おまえの燈が傷にしみる、しみるぞオ…………」
炙られたように、五体が熱い。高速であいつに追いつかねばならねエ。
「今度は、俺の番だ!!!」
逸れやがったな、煩悩僧都!!! 招いた憎しみは、輪を外れねエんだよオ!!!
「吉詠・巻第一・第二十七番歌、良き人の 良しとよく見て 良しと言ひし 吉野よく見よ 良き人よく見」
華火の息が静かになり、夕陽の傷と服の汚れが取り除かれた。
「お待たせして、ごめんねー」
顧問・安達太良まゆみが、小さく息をついた。韻文を介して奇跡を実現させる呪い「詠唱」により、二人の状態を吉き方へ向かわせた。
「優先順位がありますよぉ。先生も講義中でしたし、うち達よりもえらいけがした人達がいましたから」
夕陽は、むしろこちらが「神代の戦士」を逃してしまったことをお詫びした。
「まさか宇治先生がね……。勘が鈍ったわ」
「……最近、意識朦朧だったからな」
華火の声は、乾いていた。
「窓ガラス割って、全力疾走してどっか行っちまった」
肩を落とす華火に、まゆみはグリーンアップルティーを供した。まゆみの研究室で出されるお茶は、種類に富んでいる。
「第三ノ戦士サン、怨恨ニ燃エテまシタね」
「あいつ、って言っていたけれど、いったい……」
明子とふみかに、キミックが鼻を鳴らした。
「そないなもんぐらい、祓で探ってみい」
唯音の膝で威張るキミックに、ビブーリオが戒めた。
「掘り起こしてはなりません。自ら話す機会をうかがうんです」
「口を割るより先に、わたいらが割られて溶かれてまうやろうな。はあ、こけこけ」
「ふざけないでください」
ビブーリオとキミックに火花が散りそうなところに、華火がテーブルへ拳を下ろした。
「あたし、『神代の戦士』の話を聞いてくる」
華火は小走りして、扉の取っ手をつかむ。
「そいつを憎んでるのかどーなのか、本人に確かめるんだっ」
まっすぐな言葉に、ふみか・唯音・夕陽・明子が腰を上げた。
「そうだよね、まずは会ってみなくちゃ」
「説得の、材料に、なりそう……です」
「戦いになった場合も、考えておこうなぁ」
「どのルートに転ガっテモ、どんとカモンっスよ☆」
彼女達は、しかと前を見ている。まゆみは、机の横にかけていた二〇三教室の鍵を、華火に渡した。
「第三の戦士は、シュトルムよ。言語は移り変われど、意味は嵐。あなた達、飛び込んでいらっしゃいな!」
顧問の真心、ヒロイン服、喜び勇みて、いざ変身、スカートやショートパンツを、はきませう、釦は留めたか、あな袖も、タイを結びて、麗しく、心のたるみと、ならぬやう、ソックスのたるみ、直しませう、帽子にヘアピン、ゴムにリボン、鈴にパッチン、飾りつけ、文学戦隊、ここにあり、文学戦隊、ここにあり。
「やまとは国のまほろば! スーパーヒロイン・ふみかレッド!」
「原子見ざる歌詠みは、スーパーヒロイン・いおんブルー……です」
「花は盛りだっ! スーパーヒロイン・はなびグリーン!」
「言草の すずろにたまる 玉勝間、 スーパーヒロイン・ゆうひイエロー!」
「こよい会う人みな美シキ☆ スーパーヒロイン・あきこピンク!」
『いざ子ども 心に宿せ 文学を! 五人合わせて……スーパーヒロインズ!』
まゆみがキミックの手をとり、銀の弓のペンダントにふれさせる。
「彊技・まゆみレーダー!!」
青みがかかった藤色の光が、まゆみの元へ降りてきた。「詠唱」で作った「神代の戦士」を探り当てる弓である。歌を口ずさんでいないのでは、と指摘するなかれ。まゆみの才と修練により、思い浮かべるだけでも効果を発揮できるのであった。
「皆に配るわね」
まゆみが極めて細い弦を弾き、分裂してヒロインズの腕へ飛ばされる。手首につけた通信機(技術担当いおんブルーの発明品)に入り込み、画面が弓の色に灯った。
「第三の戦士がありかを」
通信機に、チャルメラの短い旋律が流れた。
「キミックの、アイデア……ですか」
「昨夜のらあめんが名残惜しいてとちゃうで。なは、な、は、は」
仕様のあらましはさておき、一斉に文章が届く。
「おい、マジかよっ」
火元責任者はなびグリーンが驚くのは然るべきだった。
「あたしんとこの山に向かってんじゃねえか」
このまま夏祭邸へ爆走してくれるならば、話が早い。
「進路をそらさへんようにするナビゲート組と、追いかけるコンタクト組に分かれた方がえぇね」
参謀のゆうひイエローが、ふみかレッドに判断を仰いだ。隊長は、いかに出る?
「うーん、二人ずつで行動しよっか。誘導は私とイエロー、ブルーとピンクが、シュトルムに会いに行くのは、グリーンと先生、どうかな?」
まゆみ司令官が「良し!」と親指を立てた。
「いみじくめでたき考えね。『祓』の具合と『神代の戦士』のバランスがとれているわ。シュトルムには、はなびグリーンが適任よ。私がついているから盤面は全し!」
認めていただいたので、出陣だ。
はなびグリーンとまゆみは夏祭山に先回りし、後の四人は、屋敷の周辺に待機した。ふみかレッドとゆうひイエローは西側を、いおんブルーとあきこピンクは東側を見張る。
「へにょ!? イキなりピンチっス!」
ピンクがブルーの肩を揺さぶった。
「ターゲットがUターンを始めマシたヨ!」
あわてずブルーは、腕時計型通信機の選択ボタンを数回押す。空満の簡略化した地図に切り替わった。
「便りだけやったら、おぼつかなしやらう。わたいが具に居所を絵にしたのや。いはゆる『見える化』やのう」
褒めさせたくて声高に改善点を教えるキミック。ブルーは気持ちが分かるからか、さらりとなでてあげた。
「右折と左折を、繰り返している……です」
効率の悪い走り方だ、とブルーは標的の意図を汲むのに窮した。
「にゃにゃにゃにゃ、マズいデスよ教会本部にブツかっチャうコースじゃナイっスか」
猫のような目をきょろきょろさせるピンクに、キミックの発言がさらに焦らせる。
「第三子は嵐を巻き起こすからのう。喩えちゃうで、あやつが通った所はごっつ雑然となっておったわい」
「NOOOOO!! 壊さナイでくだサイ!!」
この地発祥の宗教、空満神道の篤い信者であるピンクは、半狂乱になっていた。
「脅したつもりちゃうかったのやがな。昔のこっちゃ、今は寺のおかげで角が丸うなっておるわ、おそらくな」
「トいうコトは、トガっタまんまノ場合もアルってコトっスよネ!?」
「それは忽ちに駆けてもらわんと、確かめられへんな、あなや、や、や!?」
黒髪を、前に垂らして、うらめしや。ピンクがキミックの首と胴をもぎ取ろうとした時、露草色の水が流れ落ちてきた。
「任務を、遂行する……です」
ブルーに文字通り、頭を冷やされた。
「フェルトは優シク洗ッテくだサイ!」
キミックの心配をするピンクであったが、全然濡れていなかった。すかさず毛先や衣装に手をやるも、乾いている。確かに冷たく湿った感覚がしたのに。
「な、は、は! 伸びたもんやのう、青のヒロインよ。水の性質をええところだけ用いたのやな」
ブルーがかけたのは「技」の祓、命に恵みをもたらし、方円の器に従う。五感に水だ、とはたらきかけるように調整して、その実、気を浴びせたのであった。
「ほんなら、いやましに理をくすぐらせてみい。そこに傘が捨てられておるやろ」
電信柱に、壊れたビニール傘が立てかけられていた。
「骨が折れておるやうやが、術には申し分無しや。ほれ、開いて『祓』を注ぐのや」
ブルーはテキパキと、キミックの言う通りにした。爽やかな気流が、傘をくまなく覆う。
「『技』は、ものづくりに長けておっての、望むがままの物を生み出す、ある物を別の物に作り変えられるのや! そら、青の、いまじねえしよんをはたらかせい!」
傘で、第三の戦士を誘う。発明に廃材を使ったことはあるけれど、イメージのみで作れるのか? 工具が欲しい……いけない、信じなければ奇跡がうたかたのごとく消える。
「年々暑くナッてまセンか? 『祓』デ織ッタ巫女風ドレス、通気性良クしタイっス」
手をうちわの代わりにするピンクに、ひらめきを得た。
「リサイクル発明、扇々台風……です」
いろんな方向に曲がっていた骨を羽に、穴だらけのビニールを後方ガードと台に改造させた。風を吸収する役割を持たせた、逆扇風機である。
「遠距離対象、強に、設定……」
「祓」をエネルギーとし、羽が回り始める。
「ターゲット、接近してマスよ。マークがハイスピードで、みどりん家ルートに乗リナおシテるっス」
新品の羽が、常盤色の風を絡め取ってゆく。「速」の祓だ。
「おでましやな、第三子よ!」
草木が、激しく踊り出す。低い叫びが、キミック達の周りを駆けていく。
「俺を誘き寄せやがったなア!!!」
戦車のようにシュトルムが突進してきた。ブルーは仲間を脇に抱えて避ける。
「ずっといけ好かねエ奴だと思っていたんだ、きょうだい!!! 小細工ばかりしさらしやがるウ!!!」
シュトルムが放出する祓が、当たった物に切り傷をつけてゆく。
「夏祭山に、向かって、逃げる……です」
木や灯籠に隠れながら、シュトルムをやり過ごし、グリーンの元へ導くのだ。
「あやつ、生意気にもわたいを嫌っておったのか」
「溺愛サレるノモ、ツラいデスよ」
ピンクには、双子の兄がいる。
「悪き寄りましに憑いたものよ。韋駄天の足、金剛力士に引けを取らぬ体躯、女ながら不道明王の怒りを燃やしておる。力の相乗効果や」
乗り移った心の主、宇治紘子は肉付きの良い体から想像がつかない瞬発力を持っていた。
「あやしいのう。誰も頼みにせえへんあやつが、人間にくっつくとは」
シュトルムの顔に刻まれた傷は、ところどころひび割れて、今にも血が流れ出しそうだった。
「七時の方向、攻撃、来る……です」
キミックを抱えたピンクを、ブルーが伏せさせた。上方にやすりのような風が吹く。
「べらべらくっちゃべってんじゃアねエ、鉢飛ばし!!!」
シュトルムが鬼をも縮みあがる形相を向けると、大きな鉢を形作った常盤色の風が、突っ込んできた。
「H2Oをく袖に 波もかけけり! いおんスラッシュ!!」
銃剣から伸びる青き刀が、風の鉢を両断する。「技」の祓だからこそなし得る斬撃であった。
「俺を止めるな!!! あいつの燈が、そこにちらついているんだよオ!!!」
両脚に渦巻く「速」の祓を、さらに激しく回して、シュトルムは夏祭山へ疾走していった。
シュトルムの道筋を確かめ、ブルーはレッド達に通信を始めた。
「標的は、現在、夏祭山へ接近中です、私達も、山側へ、移動する……です」
返事をもらい、ピンクとキミックにその旨を伝えた。
「昂った第三子は、あっちゅう間に頂へ着くで。飛んで追いかけい」
ブルーは小さくうなずき、羽衣をはばたかせた。「技」を象徴する三角を四枚並べた、蜻蛉のような羽衣が彼女を浮かせる。
「シュトぴノストッキング、破レテ、足ガいっパイ切レてマシたケド……痛くナイんデスかネ」
ピンクはつぶやき、ハート形の羽衣をはためかせた。




