第二章:我と等しき人に(結)
結
午前七時、北里研究室の掃除を済ませて、唯音は楽器ケースを開けた。
何も言わずに、キミックは手伝ってくれた。全自動掃除マシン(唯音の発明品)に乗り移って、隅々まできれいにした。水の性質を持つ「技」の祓で、落ちにくい汚れを簡単に拭き取っていた。
マウスピースのみで息を出し、唇が慣れてきたら本体に入れる。祖父が蒐集した金管楽器を、さわらせてもらったのが始まりだった。命を吹き込まねばならない、と使命感に駆られていた。子どものうちではないと湧き立たない熱情である。
「おはよーう」
北里教官が出勤された。もう九時前か。水曜は、大学一回生の必修科目を受け持っている。
「ラムネあるけど、いルシャトリエの原理?」
朝におやつを食べていくから、教室に五分以上遅れて着くのだ。唯音はもちろん遠慮した。
「スーッとするのニッカド電池」
教官は、緑がかった青のプラスチックボトルを傾けた。
「さっきの曲は、『アルセナール』ですよね」
「……です」
おそらく十粒のラムネを、教官は一気に口へ入れた。
「北里の娘達が皆吹奏楽部で、必ず演奏していたの。子どもが独り立ちするまでのドキュメンタリーを、音楽に表したみたい」
祖父も、そのように曲を語っていた。
「上の子だけが、パーカス。パートが決まった日、泣いて帰ってきたの。『負け組確定、人生終わった』と叫びながら。部活で人生決められたら、親のクレームどころでは済まないですよ」
教官は、遠い目をしていた。
「希望していたクラリネットを、後出しの進学祝いにあげて、習いに行かせました。今では、OBOGバンドでファースト吹いています。ついでに北里も魅入られてクラリネット屋を開けるぐらい集めているの」
ラムネの容器に日差しが当たり、机に小さな海を映していた。
「仁科先生とセッションしてみたかった。もしお元気だった頃に戻れても、先生は金属アレルギーで、北里はリードアレルギーなんだけど」
楽器を交換すれば、解決するのでは。
「コレクションは他人に使わせたくないじゃなーい」
「こだわる……ですね」
数秒後、唯音は自分も同類だと覚る。持ち帰らせてもらえなかったトロンボーンを独力で再現したのだから。
「上の子と気が合うかもしれない。野口俊子、ここの教務部で働いているから、話聞いてあげて。育児中だといろいろ言いたいことあるでしょうし」
等しくなくても、等しくても、思いを言葉にして、渡し合う。唯音を悩ましていたものが、ちょっとだけ減った。
「理屈では、解けない……ですね」
唯音は「アルセナール」のA部分を、再び吹き始めた。
―キミックが「スーパーヒロインズ!」に協力!
「皐月の障り」が来るまで、あと三日! ―
〈次回予告!〉
「大和とビブーリオは本の虫コンビ、わたいとおぬしは囲碁コンビやのう」
「私、囲碁は、下手……です」
「打っておるかやなうて、黒と白や。顔をよう見比べてみい」
「納得した……です」
―次回、第三章 「宇治殿嵐に憑かれ給ひて夏祭華火に挑むる事」
「お貴族様の翁と違うての、わたいは年がら年中外遊びして日焼けしておるんやわい」
「煮卵のよう……ですね」
「おぬしが煮卵言うから、らあめんが恋しうなったやないか」
「空満スタミナラーメン、食べに行く……?」
「決まっておるやろ、おぬしのおごりやで!」




