第二章:我と等しき人に(四)
四
日照りで乾いた地に、身を削って水を発生させた。
波を調節して、長年の不漁を終わらせた。
雲の動きから明日の空模様を予測して、実りを多く、犠牲を少なくした。
親元を去り、池を、湖を、川を、海を泳ぎまわった。京よりはるばる遠く、ものの数にも入らん海辺の村に落ち着き、わたいは人間と過ごしてきた。わたいは村の脳となり、人間はわたいの手足となり、支え合った。
わたいが編んだごっつう大きな網で、村の若い衆が鯨を獲った。三年かけても食べきれへんかったからのう、わたいが山のやうな氷をこしらえて、保存させてやった。あやつらは、皮、骨、どこも粗末にせんのや。それで、わたいに笠をかぶせてくれたで。雨をよう撥くんや。気遣いがありがたうてのう。
何がきっかけかは知らんが、わたいは宮中へ呼ばれた。時の帝が、国を栄えさせるためにわたいの才能を使いたい、と仰せやった。
わたいの暮らしが、豪奢になった。人がようけい世話してくれるのや。体を清める係、衣を着せる係、お供え係等々、だだっ広い屋敷にわざわざ来てくれての、毎日が宴やった。わたいが作った道具が、本朝を豊けくし、わたいが授けた自然を御する技術が、人間をたくましくした。
皆が、わたいを必要としておったのや。
その皆が、いつぞや、わたいを恐れた。
わたいは、世を混乱に陥れる魔とされた。わたいの才能が、技術が、自然のみならず人間をも領けると明らかにされたからや。あの帝は、民に逆転されることを危ぶんだ。わたいに感謝しておった者らは、わたいに踊らされていたんやないかとうち震えた。
わたいは、人を惑わすために、国を乱すために、才能を活用したのやない。
わたいは、皆が楽に生きられるやうに、働いたのや。
やが、やが、やが!!
人間はわたいを拒んだ、厭うた、斥けた!
わたいをこの地に追い返して、恨みを晴らさんと傷めつけ、封印した。
人間の血が流れども、わたいは神を母に持つ存在、あやつらにすれば、異様なもんやった。
あやつらには、「言葉を操る石」にしか見えんかったのや。
「時代は別々やが、わたいらは最後、人間の憎しみを受けて閉じられた」
キミックの双眸が、だんだん夜の海みたいに濃くなった。
「ビブーリオはな、おぬしらは二の次なのや。人よりも書物が大事やからのう。好かれようが嫌われようが、端から関心が無い」
「それは昔の話です。私は」
ビブーリオは、キミックにひねられ、ごみ箱に放り投げられた。
「いおんブルーよ、世界平和は諦めい。心なぞ失うても、惰性で息を吸うて吐いておるわ。さやうな熱いところが、お仲間には鬱陶しいてかなわんのやで」
舞遊ぶキミックを、「技」のスーパーヒロインは凝視する以外、できなかった。
お祖父さんは、なぜ、北里先生と研究をして疲れたのでしょうか。
「研究は関係ないよ。それが仕事さ」
では、何に対して疲れを感じるのですか。
「そうだな……お祖父ちゃんと北里先生は、同じ極なんだ」
N極とS極なら引きつけあい、N極同士またはS極同士なら反発しあう。仲について、よくお祖父さんは磁石にたとえて教えてくれました。
二人は性格が似ているのですか?
「筋が通っていないと納得いかない、こうと決めたらテコでも動かない頑固さ、すぐ堪忍袋の緒が切れる、まだあるぞ」
…………楽しそうに話しますね。
「共通点が多ければ多いほど、付き合いやすいわけではないんだ。人間はな、自分と中身が似たような人を、かえって嫌ってしまうんだよ」
出会う確率が少ない「我と等しき人」ですのに?
「わがままなのかもしれんな。自分の思いがうまく伝わらない、と悲しんでおきながら、同じ極の前では、自分が特別ではなくなるからいらないと拒絶するんだ。研究中は割り切っているが、心は正直だ」
お祖父さんは、はちみつをカップに半分入れて、お湯をかけました。
「それでも、関心を持ってしまう。なぜなら…………」
胸がざわめく理由が、分かりました。
「おぬしのみで、どんでん返しできるとでも思うたか? 鼻つまみ者よ」
手に取るように、とはこのことなのですね。
「『障り』なぞ、知ったこっちゃないわ。心は全部枯れてまえ!」
嘘です。
「ヒロインズよ、わたいを護衛せえ。あやつは偽りにまみれた塵芥をかばっておる!」
嘘。
「わたいの憎むものは、人、人、人!!」
嘘、嘘、嘘……。
「憎いなら、人間の体を、使う必要が、無い……です」
キミックが四人のスーパーヒロインをけしかける。しかし、いおんブルーにあっさり避けられた。
「あえて、や。寄りましで人間の汚き面を見せる、さすれば互いを疑い、憎み、仲間割れするやろ? 不憫な絵巻がほれできあがりや!」
「どこまで、自分に、嘘をつく……ですか」
いおんブルーは、三角形を組み合わせた武器を、前や横に回して、新たな形にした。
「あなたは、心を、操作できない……」
「いきがりよって」
扇で「攻めよ」と命令したが、誰もキミックに従わなかった。従えなかったのだ。
「目隠しをしたんか……!」
ふみかレッド達の顔に、不透明な物がかかっていた。
「ゼリー弾です、砂糖は、加えていない……」
キミックは、黒っぽい坊主頭を赤くさせた。
「あなたに、できることは、『技』の祓で、私をあなたに、あなたを私に、認識を作り変えるぐらい……です」
「おどろおどろしいわ! おぬしはわたいか!?」
先ほど組み立てなおした「沖つ青波・改」の砲門を、キミックに迷いなく向ける。
「我と等しき人は、あなた……」
新しいタンクと交換して、いおんブルーは「沖つ青波・改」を構えた。銃、剣ではなく、トロンボーンに見立てられていた。
「仕組みが分かれば、こちらのもの……です」
スライド管とする銃把を突き出し、薄い青の潤う球を飛ばした。
キミックは、なぜか波で打ち消す気になれなかった。ぼうっと立って、種も仕掛けもない空気と水を受けた。
「なんで……わたいは、娘に敗れてもうたんやろうな」
キミックは、大の字に倒れたまま動かなかった。
「彼女についていれば、答えに至れるわ」
まゆみの先には、唯音が背を丸めて床へ直に座っていた。気を失った隊員と野依を介抱しているようだ。
「『祓』を貸したらんとならんのか。いらんことをしゃべったツケが回ってきよったわい」
「あらー、再戦はしないわよ。一緒に祓ってもらうんだから。誇り高き『神代の戦士』でしょ」
ウインクしたまゆみに、キミックはほくそ笑んだ。
「さやうや」
それから、捨てた「アトムすけ」人形をつまみ上げたのだった。




