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残された手紙

ここからしばらくイルゼン視点になります。

「あの事故について、真相を知らないままの方が良いと思っていた」


 私の発言に、ラウラの濡れた金色の瞳が怯えたように揺れた。本当はこんな顔をさせたくない。


 今着ている地味な従者の服ではなく、きれいなドレスを着せて、華やかな装飾品を付け、毎日楽しく過ごしてもらいたい。


 だから早く手放さなければと思う。真相を知れば、ラウラは私への特別な眼差しをやめるだろう。


「馬車の事故についてですよね?あれはイルゼン様に責任はないと思います。その……犯人についても、大体予想はついていますが、仕方ないことです」

「誰だと思っているんだ?」


 ラウラが知る訳がないのに、私は意地悪く尋ねた。

 私はいくつもの事実を捻り潰し、欺瞞の上に今の関係を続けてきた。ただひたすら、ラウラと離れたくないからだ。


「マラデニア様ですよね?」


 私は感心した。何も質問されないと思っていたら、ラウラなりに結論を出していたようだ。


 狙いが父上だとしたら、犯人は母上。長年浮気を繰り返していた父上なので動機は十分だ。それに、父上の行動を熟知していて、手先になる人間もいるのだから、よくできた推理だった。


 ラウラは、実の母親を糾弾できない息子として私を見て、それでも責めないていてくれたという訳か。かわいらしくて、ますます愛しい気持ちがこみ上げる。だが、彼女を愛しているからこそ、私は彼女に愛されてはいけない。


 ラウラは私ではない誰かを、愛さなければならない。それがどんなにつらい道であってもだ。


「違うんだ。母上は口ばかり動かすが、それ程行動力のある人じゃない」

「そうなんですか?本当にごめんなさい、ずっとイルゼン様のお母様を疑っていました……」


 ラウラは迷子の子どものように頼りなげな声を出した。何もかも私に問題がある。


「気に病む必要はない。これも説明しなかった私のせいだ」

「犯人は誰なんですか?」

「おそらく、中央神殿にいるゴティエ司教だ」


 名前を告げたものの、全くピンと来ないようでラウラは首を傾げた。


 私もまた、父上が私に残した手紙を読まなければわからなかっただろう。


 手紙によると、ゴティエ司教はラウラの祖父だ。そして、ゴティエ司教のアデールという娘が、ラウラの母だと書かれていた。残念ながらラウラを産んですぐに亡くなってしまったそうだが、小さな細密画が同封されていた。彼女は驚くほどラウラに似た姿をしていた。


「すみません、私はゴティエ司教についてほとんど知りません。神殿にいる偉い方という認識しかありませんが、なぜそんな方が罪を犯すのですか?」


 ラウラの疑問は当然のものだ。新たな憎悪の対象に戸惑っているようでもある。憎むべき相手であるのに、情報を知らなくては気持ちの持って行きようがないだろう。


 だが、真に憎むべきは私の父だ。


 父上はアデールと無理に関係を持ち、その結果生まれたのがラウラかもしれないと手紙に書かれていた。


 ラウラが私の異母妹の可能性があると、私は告げなければならない。こんな、意味のない思いは互いに捨てなければならないのだ。


 そう言いかけたが、近づいてくる足音に口を噤む。秘書官か誰か来たようだ。今だけはどこか救われたような気になる。


「この件については、また改めて説明する」


 ラウラに小声で伝え、私はドミヌティア侯爵の仕事に戻ることにした。ラウラは納得していないようだったが、大人しく彼女の席についた。すぐに扉がノックされ、秘書官が新しい仕事の書類を見せてきた。




 義務感で仕事を片付けながらも、心は昔を思い出していた。


 ラウラは、乗馬の練習をする幼い私の視界にいつの間にかいた存在だった。馬場に行けば大体目にすることができ、私は当初から、麦わら帽子を被った小さな女の子を大いに気にしていた。


 ドミヌティア侯爵邸でほかに子どもを見ることはなく、珍しい存在だったからだ。誰に教えられるでもなく、かわいい女の子にいいところを見せたいという原始的な願望に目覚めたのだろう。


 願い通りにラウラは乗馬する私を柵の外から眺め、障害を乗り越えるなどの馬術を披露すると歓声をあげて喜んでくれた。


 息が詰まる邸内とは違い、青草が揺れる馬場は開放的であったし、無邪気なラウラはかわいかった。私は乗馬技術の習得に熱心になった。


 だがある日、完璧に馬術が行えたと柵の外を見たら、そこにラウラはいなかった。なぜ見ていてくれないんだと私は怒り、馬を下りてラウラを探した。


 広い敷地を走り回り、やっと見つけたラウラは、積み上げた干し草により掛かるようにして眠っていた。近付くと、ラウラの膝に乗っていた黒猫が逃げていく。


「何をしているんだ?」


 眠っているとわかっているのに、私は彼女に話しかけたかった。ラウラはびくりと震え、猫のような金色の瞳を見開いた。


 近くで見ると本当にかわいい、と私は気づいてしまった。ふっくらした薄紅色の頬、小さな唇。何よりも魅力的な大きな瞳は、私を見て逃げもせず微笑んだ。


「お昼寝、です」

「そうか」


 私の乗馬を見ていなきゃダメじゃないか、と怒る気持ちは吹き飛んでいた。幼心にも、それが理不尽だとうっすらわかっていた。まだ子どものラウラは、仕事など任されていないし、私の乗馬を見守る仕事なんてあるはずもない。


「お坊ちゃまはかっこいいですね」


 ラウラは私は見上げながら、照れたようにそう言った。聞き飽きた称賛なのに、短い人生の中で最も嬉しくなった。なぜなら、最大限の好意を示していると思ったからだ。私がずっとラウラを気にしていたように、ラウラも私を気にしてくれていたのだ。


「ありがとう。名前で呼んでいい」

「……イルゼン様?」

「そうだ。私も君の名前を知っている、ラウラ」


 ラウラはもっと照れて、頬に小さな手を当てた。私は彼女の赤毛の三つ編みを引っ張ってやりたいという衝動に襲われた。


 髪を引っ張るのはよくない行為だとわかっていた。結局のところ、私は駆け出して彼女から逃げた。



 邸内に戻り、勉強を教える家庭教師に相談をした。それも間違いの始まりだったのかもしれない。


「ベクターに聞きたいことがある」

「はい、何でしょう」


 私の家庭教師を務めるベクターは子爵家の次男で、芸術家肌の柔和な男だった。長い茶色の髪をリボンでまとめ、何を聞いてもすらすらと答えてくれる。だから私は兄のように慕っていた。ほとんど会話のない父よりも近しい存在だった。


「女の子の髪を引っ張りたいと思うのは、なぜなんだ?ベクターの髪には興味がないのに」

「おやおや、それは……」


 ベクターはお見通しといった顔で笑い、自分の髪に触れた。


「恋ですね。自分だけを見て欲しいという気持ちの表れです。お相手はどこの令嬢です?」

「離れに住む御者の娘だ」

「それは困りましたね。聞いたのが私で良かったですが、誰にも言ってはいけませんよ」


 ベクターは人差し指を立て、わざとらしく声をひそめた。


「なぜだ?」

「私はドミヌティア夫人に報告しませんが、もしこのことを夫人が知れば御者家族は追い出されてしまうでしょう」


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