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テオの告白

 

「ひあっ?!」

「ラウラ、何泣いてるの?」


 振り返ると、テオ様がそこにいた。すこしいたずらっぽく笑っているので、子どもの頃を彷彿とさせる。そうは言っても彼の身長は見上げるほど高くなったし、今も伸び続けているけれど。


「泣いていません」

「ラウラがそう言うならそれでいいけど、僕は一仕事終えて休憩するところなんだ」

「今、帰られたんですか?」


 テオ様は眠たそうに紫の瞳をしぱしぱさせる。紋章付きの第三騎士団の制服を着ていた。


「そう、夜中からずーっと魔獣狩りだよ」

「それはお疲れ様でございます。早くお休みになってください」


 魔獣狩りとは、首都の城壁の外で行われる私たちの生活を守る大事なお仕事だ。瘴気の影響を受けた凶悪な魔獣は、夜に活発になって首都に入ろうと暴れまわる。


 それらを討伐するのが第三騎士団で、貴族の名家から優秀な魔法使いが入団している。テオ様は16歳ながら筆頭魔法使いとなった。


 なぜなら黒屍病を克服したテオ様は、魔力がとてつもなく強くなったからだ。それはイルゼン様を凌ぐほどで、テオ様を取り巻く不思議な現象のひとつとされている。


「がんばったんだから、ちょっと付き合ってよ。一緒にココアでも飲もう?」

「ココアですか……」


 一気に惹きつけられ、私は甘い誘いに乗ることにした。テオ様は、彼の部屋で待ってるよう私に言い、しばらくして湯気の立つ2つのマグカップを持ってきた。


 紅茶に使うソーサー付きの上品なティーカップではなく、使用人が休憩時に使うようなものだ。把手が大きく、中身もたっぷり入るもので、テオ様はこちらを好んでいた。


 私が座っていたソファの横に、当然のようにテオ様は座る。


「はい、どうぞ。僕の最近のお気に入りのココアだよ。バター入り」

「ありがとうございます」


 寛いだ雰囲気で、私はマグカップを受け取った。彼は8歳でドミヌティア侯爵邸にやって来た頃から、何かと気さくに話しかけてくれる。私がテオ様を治したい、と強く思ったのも必然だろう。


 テオ様はココアを飲み、私もそれに倣った。バターとココアの甘い香りが私の喉と胸に染み入って、ふうと息を吐く。


「おいしいです」

「ラウラなら気に入ってくれると思ったんだよね」


 長い足を太ももの辺りで大胆に組み、テオ様は上目遣いになる。


「それで?イルゼンに泣かされたの?あいつが無神経なことでも言った?」

「イルゼン様は悪くないんです。ただ、エニシャ様とマラデニア様が、私を初対面の騎士と結婚させようとしたんです。でもすごく嫌な感じの人で、断りましたけど次が怖いです」


 本当はテオ様の推察する通りで、イルゼン様に拒絶されたことが最も悲しかった。だけど誤魔化して私は嘘を並べる。


「そっか、エニシャ嬢はついに気づいちゃったか。ラウラがほかの誰かと結婚したらしつこいイルゼンも諦めるかもしれないと」

「イルゼン様がいつまでもエニシャ様と結婚されないのは、ご病気のせいでしょう」

「まあ色んな意味で病気のせいだね」


 テオ様は妖しく目を細める。病気とは黒屍病のつもりだったが、それ以外に私の知らない事情があるんだろうか。仲が悪くともテオ様とイルゼン様は兄弟だし、何かしら通じ合っているのかもしれない。


「それはともかく。ラウラが未婚であることはエニシャ嬢に付け入れられる材料のひとつだ」

「そうですね」

「ねえ、僕と結婚しようか?」


 テオ様は冗談のように軽く言ったが、私はマグカップに口を付けようとしていた動きをぴたりと止めた。


「な、何を言ってるんですか?!」

「いいと思うけど。みんなを驚かせられるし、ラウラは楽になれるよ。結婚したら、僕がしっかり守ってあげる」

「私と結婚してもテオ様には何の得もないですよ。今のテオ様には、結婚して下さいって令嬢が列をなして待ってるじゃないですか」


 とにかくテオ様は、端正な顔立ちをしたドミヌティア侯爵家の次男だ。愛人の子という話は多少広まっているが、それを覆す最近の活躍ぶりである。

 経歴に傷がある平民の私より、貴族のご令嬢と結婚した方がずっといい。テオ様の後ろ盾にもなる。


「わかってないな、僕はラウラが好きなんだよ。ラウラが僕の気持ちを受け入れてくれるなら、どんなことよりも幸せだと感じるだろうね」

「……治療した恩を、いつまでも義理堅く返そうとしてくれなくていいですから」


 カップを置いたテオ様は、じりじりと距離を詰めてきた。傷ついているときに掠れた低い声で甘ったるく囁かれて、ほんの少し心がぐらついてしまう。


 でもきっとテオ様は、黒屍病を治療した私に恩を感じてくれているだけだ。本心からの恋心をこんなに流暢に話せるなんて、あるんだろうか。


 私は一度もこんな風に言えたことがないから、悪いけれど疑ってしまう。だって好きな人に好きというのは、すごく難しくて怖いことだ。


「頭を打って記憶喪失になったら信じてくれる?僕は治療がなくても、きっとラウラを好きになったよ」


 なのにテオ様は無謀としか言いようがない勢いで攻めてくる。ほかの女性にもこんなこと言ってるのと聞きたいけれど、彼の瞳はあまりにまっすぐで、澄んでいた。


「僕と一緒にいるのは楽でしょう?僕はね、目を見れば相手の気持ちが大体わかっちゃうんだ。ラウラが嫌なことはしないよ」


 テオ様の言葉は甘くて飲みやすい毒のようで、私の心をひどく揺さぶった。


 彼の少し垂れ目がちな紫の瞳は、瞬きすらしない。催眠術をかけられたみたいに、私は頷きそうになる。


「君がイルゼンを好きでもいいよ」


 それを聞いた瞬間、私は罪悪感に包まれた。テオ様は、本当に私の気持ちを何もかも知っているんだ。


「ごめんなさい」

「謝らないで。僕はそれでもいいんだよ」

「できません、自分が楽になるためにテオ様を利用するなんて」


 片思いのつらさを知っているのに、テオ様と結婚するなんて無理だった。よく考えたら泥沼化する気配しかしない。


「テオ様は本当に魅力的な人で、好きなところもいっぱいあります。きっとテオ様だけを好きな人が、いると思います」

「僕は追いかけたいタイプなんだよね」


 冗談めかして、傷ついていない風にテオ様は笑う。だけど、青ざめていた。私が傷つけてしまった。


「……もう行きますね」

「待って。やっぱり今のなし。気にしないで」

「わかっています。でも、もう戻らないと」

「うん。また今度」


 テオ様は軽い感じで手を振った。同じ邸宅に寝起きしているので、また顔を合わせることになる。何もなかったかのように、いつもの関係に戻ろうと示していた。


 私は静かに、テオ様の部屋をあとにした。分厚い扉を閉め、また歩き出そうとした。だけど予想だにしない人物の影に、ひっと声にならない悲鳴を上げる。


 部屋を出てすぐの曲がり角に、イルゼン様がしっかりと立っていた。背中に長い定規でも入っていそうな真っすぐな姿勢ながら、物々しい雰囲気を纏っている。


「どうしてここに……」

「ラウラに話がある」

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