07 推しを陥落
07 推しを陥落
キッドは玄関ポーチに立っていたのだが、その周囲には大勢の不良少年たちがいる。
不良少年たちはバットみたいなのを持っていたので、ハクメイの目からは殴り込みにしか見えなかった。
――ええっ……!? まさかこれは、キッドに殺されるルートに入っちゃった!?
でも『GTH』には、そんなルートは無かったはず……!?
待たされて怒鳴る不良少年たち。
このままだと討ち入りされてしまいそうだったので、ハクメイはおっかなびっくりキッドを出迎える。
人数的に屋敷の応接間には入れそうになかったので、外のテラスに移ってもらうことにした。
ハクメイの屋敷の裏庭には、広々としたウッドデッキがある。
幅広のソファにどっかりと座るキッド、その後ろには大勢の不良少年たちが控え、睨みを効かせている。
対面のひとり用のソファに座ったハクメイは、平静を装いつつ切り出した。
「遠いところからわざわざご足労いただいて、ありがとうございますわ。それで、なんの御用ですの?」
「御用とやらがあるのは、テメェのほうじゃねぇのか」
「え?」
「裏庭で言ってたじゃねぇか、ビジネスなんとかって。テメェが話の途中で逃げやがったから、こうして聞きにきてやったんだよ」
まさか昼間の話の続きになるとは思わず、ハクメイは言葉を失いかけたが、なんとか言葉を繋ぐ。
「え……わざわざ……?」
「テメェは虚弱体質で有名みてぇだな。聞いた話だが、焚火の煙を少し吸っただけで息が出来なくなって保健室に運ばれたこともあるそうじゃねぇか」
キッドは立てた親指で、胸板を突く。
「そんな身体でタバコを吸おうだなんて、ムチャしやがって。だが、テメェのハートは感じたぜ」
ハクメイは豆鉄砲をくらったハトのような顔になっていた。
――え……? まさか、昼間のわたしの行動が、キッドのハートを掴んだ……?
わたしにとっては生き恥同然の、あの行動が……?
信じられない気持ちでいっぱいだったが、ようやく事情が飲み込めたハクメイ。
「そ……そうだったんですのね……」
しかしこれはまたとないチャンスだった。
リッパが出してくれた紅茶をひと口飲み、気持ちを落ち着かせてから話しはじめる。
「実を申しますと、わたしはこれから商船会社を始めようと思っておりますの。キッドさんには、そのお手伝いをしてほしいのですわ」
キッドは「へっ」と吐き捨てるように笑う。
「テメェは他のお嬢さまとちょっとは違うかなと思ってたけが、アテが外れたな。俺は誰の飼い犬にもならねぇよ」
「違いますわ。部下ではなく、船長になってほしいのですわ」
「……なんだと?」
「共同オーナーという形ですわね。わたしの出資で、あなたは船長となるのですわ。わたしの出資分が回収できた後は、交易で出た利益は折半いたしましょう。船もそのまま差し上げますわ」
交易には莫大な金が掛かる。商船の船長というのはその金を預かっているのも同然なので、世間的に船長というのは王国騎士に等しいほどの身分とされていた。
船長になるためには当然、しっかりとした身元と能力を要求される。
そのためこの提案は、一介の漁師の息子に出されたものとしては破格の待遇といえるだろう。
「へぇ、俺のことをずいぶん買ってくれてるじゃねぇか」
「当然ですわ」とハクメイ。
――グッズはフルコンプするくらい、あなたのことは買ってるんだから……!
「包み隠さず申し上げますと、わたしの家はあと3ヶ月ほどで破産いたしますの。その破産を回避するために、莫大なお金が必要なのですわ」
「なるほど、それで商船で大博打ってわけか」
「大博打などではありません。わたしがオーナーで、キッドさんが船長になれば、必ず成功いたします。キッドさんには、ディンド大陸で胡椒を仕入れてきてほしいのですわ」
ハクメイのこの言葉には、キッドの背後に控えていた男たちがざわめく。
さすがのキッドも「胡椒、だと……?」と目つきをさらに鋭くしていた。
「胡椒っていやあ、つい先月この国に入ってきたばかりのシロモノだ。国王しか口にしたことがねぇ貴重品で、砂金以上に価値があるもんだ。ひと袋もありゃ、豪邸が建つだろうな。やっぱり、お嬢さまってのは現実を知らねぇようだな」
「いいえ。先ほども言いましたけれど、これは博打でも、夢物語でもありませんわ」
「そうかい。だが、帆船ってのは追い風がねぇと前に進まねぇんだ。仮に追い風があって調子よく進んだとしても、そのあとが向かい風になったら港に戻っちまうなんてのもザラだ。横風であさっての方向に行っちまうこともある。いまの時期なら調子よく航海できたとしても、ディンド大陸までは1年は掛かるだろうな」
キッドは立てた親指で、首を切る仕草をした。
「仮に最高の技術を持つ船乗りを集めたとしても、ソイツらが海の上を漂ってる間にテメェは首を吊るハメになるんだ」
「そのことなら心配ご無用ですわ。わたしのやり方でやれば、3ヶ月あればギリギリで往復できるでしょう」
「4分の1の期間でやれだと? おい、ふざけるのもいい加減にしろよ」
「ふざけてなんていませんわ。この交易に、わたしは命を賭けているのですから」
キッドはとうとうキレてしまった。
ハクメイの提案があまりにも現実離れしすぎているうえに、よりにもよって『命を賭けている』などと言ってしまったからだ。
「軽々しく言うんじゃねぇ! だったら、命を賭けてるってところを見せてみやがれ!」
キッドに対してこの無理難題を押し通すには、論理よりもさらなる情熱が必要であった。
もし事前準備ができていたなら、ハクメイはキッドのハートに訴えかけるようなプレゼンを用意したであろう。
しかし不意討ち気味の訪問であったため、ハクメイは無策であった。
「そ、それは……」
ついに言葉を失ってしまうハクメイ。それが決定打となってしまった。
「やっぱりテメェも他のお嬢さま連中と同じ、口先だけだったか」
キッドは失望を露わにした表情でソファから立ち上がる。
「ま、待って……!」と呼び止めるハクメイの言葉にはもう耳を貸さず、ウッドデッキから去ろうとしていた。
しかしその途中、庭先にはためく白いものが視界の隅に入る。
何気なく見やった瞬間、キッドの目は驚きで見開かれていた。
――あれは、ディンド大陸……!?
庭の物干し竿にはテーブルクロスが干されていた。
その純白のテーブルクロスを覆い尽くすように、ディンド大陸の地図が描かれていたのだ。
それも熱い情念を体現するかのような、真っ赤な色で。
――まさかあれは、血……!?
キッドはハッと振り返る。
そこには絶望に打ちひしがれたような表情のハクメイが立ち尽くしていた。
彼女は制服を着ていたのだが、よく見ると胸元に赤い染みが付いていた。
キッドは総毛立つ。
――こ……この女……! 吐血した血で、ディンド大陸を描いたのか……!?
それほどまでに、ディンド大陸を求めているなんて……!?
言うまでもないが、これは完全なる誤解である。
このテーブルクロスはリッパが干したもの。
先ほどハクメイがトマトジュースを作ろうとして、うっかりテーブルクロスにこぼしたシミが、ぐうぜんディンド大陸の形になっただけであった。
しかしキッドはその事を知る由もない。
さらに彼の中にはハクメイが虚弱体質であるという印象があったせいで、トマトを血だと完全に思い込ませていた。
――俺は……女なんてみんな同じだと思ってた……!
こんなにも熱いハートを持つ女が、この世にいるなんて……!
命賭けで俺のタバコを止めさせ、命懸けでこの俺を求めるなんて……!
熱い……熱すぎるぜ……!
キッドは踵を返すと、ハクメイの肩をガッと掴んだ。
「お前のハート、しかと受け取った! お前のために、俺も命を賭けてやる! 船長でもなんでもやってやるぜ!」