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06 推しが襲来

06 推しが襲来


「なんだ、テメェ……」


 その声は刃物みたいにドスが効いており、ギラリと(かがや)く眼光は獣みたいで恐ろしかったけど、わたしは一歩も退かない。


「タバコなんて、吸ってはいけませんわ!」


「なんでテメェが指図すんだよ」


 前世で、父を肺がんで亡くしていたわたしはタバコが大嫌いだった。

 未成年が吸っているのを見ると、赤の他人でも取り上げてトラブルになってしまうほどに。

 その相手が推しならなおさらだ。

 この時のわたしは頭に血が上っていて、自分がなにを言おうとしているのかわからなくなっていた。


「元気な赤ちゃんが産めなくなりますわよ!」


 すると、キッドのいまにも噛みついてきそうな顔が、虚を突かれたようになる。


「……それ、女に言う台詞だろうが」


 もっともな指摘に、わたしの顔がカアッと熱くなっていく。

 怒りと恥ずかしさがないまぜになって、わけもわからず涙があふれてくる。

 わたしは半泣きになりながら、無我夢中でタバコを咥えて叫んでいた。


「なら、わたしが吸いますわ! わたしが元気な赤ちゃんを産めなくなってもいいんですの!?」


 虚弱体質のハクメイは、タバコの匂いを嗅いだだけで咳が止まらなくなってしまう。

 涙目でむせるむせるわたしを見て、ついにキッドはポカーンとした顔になる。

 完全なる空回を自覚したわたしは、もういてもたってもいらない。


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」


 わたしはキッドに背を向け逃げ出す。

 ロクに走ったことのないハクメイの身体はすぐに息苦しくなったけど、悲しみを燃やすようにして走った。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ハクメイが涙の敗走を遂げたあと、入れ替わるようにして別の女生徒が不良少年たちの前に現われた。


「ごきげんよう、キッドさん」


 彼女の挨拶だけで、キッド以外の不良少年たちは「うおお」色めき立つ。ハクメイの時とは真逆の神対応であった。


「どうも、プレッピー姐さん! 例のもの、持ってきてくれたんすか!?」


 プレッピーと呼ばれた女生徒は携えていたポーチの中から高級そうな木箱を取り出す。


「ええ。あなたたちのような庶民が逆立ちしても吸うことができない、最高級のタバコですわ。プレッピーに感謝して吸うのですよ」


 ホームレスに小銭を投げつけるように木箱を放るプレッピー。

 地面に転がり散らばったタバコを、不良少年たちは「あざーっす!」に拾い集める。

 しかしキッドだけはピクリとも動こうとはしない。プレッピーはそれが気に入らなかった。


「……そういえばさきほど、ハクメイさんがこちらに見えられていたようですね。彼女はいったいなにをしていたんですか?」


 キッドの返答は「さぁな」とにべもない。

 プレッピーにこんな態度を取る庶民の男はいないので、彼女の頬は自然と引きつった。


「ま……まあ、いいでしょう。ハクメイさんがなにをしようとプレッピーには関係ありません。彼女はもう、プレッピーの手の内にあるのですから」


 プレッピーは話題を変えるように声のトーンを変える。


「そんなことより、いつになったらプレッピーの下で働いてくれるのかしら。キッドさん、あなたは家業を継ぐ気はないのでしょう? なら『プレッピー商船』に来るしかないですね」


「何度も言わせんな。テメェなんかの下で働く気はねぇよ」


 プレッピーは密かに奥歯を噛みしめた。



 ――どうしてこの男は、プレッピーにこんな態度を取るの?

 このプレッピーの美貌、そして権力と財力に掛かれば、どんな男でもシッポを振るというのに。

 でも、なんとしても手に入れてみせる。

 プレッピーの最初の愛玩は、この男と決めているのですから……!



 プレッピーはキッドのことを愛していた。

 しかし彼女は拝金主義、そして権威主義の両親から間違った価値観で育てられてきた。


 権力と財力がない男は人間ではないので、同じレベルで愛するに値しない。

 目下の男はペットと同じ。エサを与え、足元にかしずかせて愛でるのが一番である、と。


 プレッピーはキッドを落とすための準備をすでに済ませており、ついにその切り札を切った。


「プレッピーの堪忍袋の緒は黄金ですけど、限度というものがあるのですよ? プレッピーがちょっと手を回すだけで、キッドさんはどの商船会社にも就職できなくなるでしょうね」


 タバコを吸う不良少年たちを横目に、プレッピーはほくそ笑む。


「それだけではありません。ここでの出来事を先生方に報告したら、皆さんは就職どころか、学園にすらいられなくなるでしょうねぇ。貴族の家から盗んだタバコを吸うなんて……それも、常習犯なんて」


 キッドのまわりにいた不良少年たちはぎょっとなる。


「なんだって!? お前……まさか俺たちをハメるために、タバコをよこしてたのか!?」


「いや、慌てるな! 俺たちがタバコを盗んだ証拠なんてどこにもない!」


「おやおや、まだプレッピーと同列の立場だと勘違いしているようですね。証拠なんて必要ありませんよ。貴族であるプレッピーの証言と、実際に消えたタバコ。そのふたつがあれば、庶民のあなたたちの言い分なんて聞いてももらえないでしょう。即、退学ですよ」


「こ……このアマぁ!」「まて、殴るな! 貴族の令嬢を殴ったら、退学どころじゃすまないぞ!」


 プレッピーは悔しがるワルたちを見下ろしながら、勝利宣言のように高らかに笑った。


「オホホホホ! あなたたちのような庶民は一生、貴族の手のひらで転がされる運命なのです! さぁ、頭を垂れなさい!」


 キッド以外の不良生徒たちは一斉に頭を下げて平伏する。

 プレッピーはキッドの頭に手を伸ばそうとしたが、寸前で乱暴に手首を掴まれてしまった。


「キャッ!?」


 驚きのあまり息を飲むプレッピー。キッドはプレッピーの手首を掴んだまま、ゆっくりと立ち上がる。

 キッドは身長が180センチ以上ある。立ち上がったその身体は、風を受ける帆のように大きい。

 手首を吊り下げられるように掴まれたプレッピーは、絞首刑に処される罪人のように青ざめていた。


「なっ……なにを……!? プレッピーになにかしたら、ただでは……!」


「テメェは弱みを握らねぇと話もできねぇのかよ」


「うっ……!」


「最低だな」


 キッドが冷たい言葉とともに手を離すと、プレッピーはへなへなとその場に座り込んでしまう。

 キッドはプレッピーにはもはや一瞥もくれず、たまり場をあとにする。


「俺になにかさせたけりゃ、ハートごとぶつかってくるんだな」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その日の放課後。

 逃げるように屋敷に戻ったハクメイ。自室のベッドに飛びこみ、声をかぎりに叫んでいた。


「し……失敗した! 失敗した失敗した失敗した、失敗しましたわぁぁぁぁーーーーーっ!!」


 キッドとのやりとりが頭から離れず、顔は火を噴かんばかりに真っ赤っかになっていた。


「か……完全に、頭のおかしい女だと思われてしまいましたわっ! うわぁぁぁぁぁーーーーんっ!」


 涙に濡れた顔を枕に埋め、両足をジタバタさせまくる。


「よ……よく考えたら、わたしは喪女……前世では、男の人と手を繋いだこともなかったんですわ……。それなのにあんな超絶イケメンと渡り合おうとするなんて……! レベル1の勇者が四天王に挑むようなものですわっ!」


 ゲームでは百戦錬磨であったぶん、現実の厳しさが重くのしかかってくる。

 このまま燃えて散ってしまいたいと本気で思うハクメイ。

 しかしじっとしていては心の病気になってしまいそうだったので、無理やりベッドから起き、部屋から飛びだした。


「や……病は気から! こういう時こそ、好きなものですわ! リッパ、トマトを用意なさい!」


「はぁ」と浮かない表情のリッパ。


「トマトなんてなにに使うんっす? 衛兵にでもぶつけるんすか?」


「トマトジュースを作るのですわ」


「トマト……ジュース……?」


 リッパは、とうとう来るべき時がきたか、みたいな表情をする。


「あの……トマトは食べられませんよ?」


 その一言に、ハクメイはあることを思い出した。



 ――あ、そっか、このゲームの世界観だとトマトは鑑賞用の植物で、食べ物じゃなかったんだ。



「食べ物なら持ってくるっすから、とりあえず部屋に戻ってくださいっす。ついでにお医者様も呼んでくるっすから」


「いや、わたしはどこもおかしくはありませんわ! トマトは食べられるんですのよ! いいから、庭のトマトをいくつか持ってくるのです!」


「はぁ……わかりました」


 リッパはボケた年寄りをなだめるような感じで、屋敷の台所にいくつかのトマトを用意してくれた。

 ハクメイはトマトを木のボウルに移すと、麺棒でトマト潰しはじめる。

 ボウルの中で音を立てて潰れていくトマトたち。リッパは内臓がすり潰されるのを見るように顔をしかめていた。


「トマトの中身というのは見た目こそグロテスクかもしれませんけど、味は良くて身体にもいいんですのよ! 特にジュースにして飲むと最高なんですのよ!」


「ジュース? そのグッチャグチャの血みたいなのを飲むんっすか? うわぁ……」


 ふと玄関の呼び鈴が鳴り、リッパは台所から出ていく。

 ハクメイはリッパにも飲ませてやろうとふたり分のトマトを潰していたのだが、手が滑ってしまう。

 調理台として使っていたテーブルの上に、できたてのトマトジュースをぜんぶぶちまけてしまった。


「ああっ、せっかく潰したのに、もったいない……!」


 ハクメイががっくりと肩を落としていると、リッパが血相を変えて戻ってくる。


「た……大変っす、ハクメイお嬢さま! 怖そうな人たちが大勢やって来たっす! ハクメイお嬢さまに会いたいって……!」


 リッパは言いながら調理場をわたわたと走り回り、鍋を頭に被って包丁とフライパンで武装していた。

 いったい誰なんだろうと、ハクメイは調理場の窓からこっそり玄関のほうを覗き見してみる。

 そこには思いも寄らぬ人物がいた。


「き……キッド!?」

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