04 味方を増やそう
04 味方を増やそう
トゥエルス王子との婚約がある以上、ハクメイへのいじめは止むことはない。
ならばこちらも、それ相応の対抗措置を取る必要がある。
ハクメイは異性はおろか同性の友達もおらず、学園ではひとりぼっち。
こんな孤立無援の状態では、この先のいじめに立ち向かうのは不可能だろう。
そこでわたしは味方を増やすことにした。
普通に接してもハブられるのは目に見えているので、ある連絡手段を使って。
その連絡手段というのは、わたしのノート。
そう、わたしへの悪口を書いている子たちに、ここからメッセージを送るのだ。
ノートのイタズラ書きの筆跡からすると、4人くらいが書いているみたい。
わたしは授業の時間を使って、その4人あての返事をひたすらノートにしたためる。
『死ね』
『死ね、とはわたしが死ぬことを希望しているのですか? ではまず、その理由をお聞かせくださいませ。理由によっては善処いたしますので』
『ブス』
『ブス、というのはわたしの容姿が醜いと言っているのですよね? では、どのあたりが醜いのか教えてくださいませ。貴重な意見として承りますので』
この返事の仕方は、前世でコールセンターで働いている時に培ったもの。
クレームのプロのような老獪なお客様を相手にすることに比べたら、高校生をなだめるのなんて簡単だ。
悪口の対応をするなんてバカげているかもしれないけど、これは書き手の本心じゃない可能性がある。
これを書いているのはおそらく庶民の生徒たちで、令嬢に命令されてやっているはず。
先日、靴箱にオオクワガタを入れたのもプレッピー自身ではなく、取り巻きの子たちに命じてやらせているのは間違いない。
わたしが死ぬことで利益を得る令嬢には取りつく島もないけど、直接の利害関係のない取り巻きの子たちなら親しくなれると思ったんだ。
「だからこうやって、相手の言葉をさらに引き出すような質問をして、少しずつ心に入り込んでいくのですわ」
この作戦は功を奏し、最初は罵詈雑言だらけだった相手にも変化が訪れる。
『悪口ばかり言ってごめんなさい、ハクメイさん。私はハクメイさんのことは、別に嫌いじゃないの』
『プレッピーさんに命令されて、仕方なく……。私の父は船大工で、プレッピーさんの商船会社で働いているの。だから逆らえなくて……』
そういえばプレッピーの家は歴史ある商船会社のお嬢さまで、プレッピー自身も系列会社の社長をやっている。
ぜんぶ親の金なのに、『女子高生社長』なんて肩書きで新聞によく載っていた。
でもまさか、バックにいるのがプレッピーだったとは。
あれだけ痛めつけてやったのに、まだ懲りないなんて……。
取り巻きの子たちの情報によると、先日のことでプレッピーは怒り心頭、わたしを家ごと叩き潰すと息巻いているらしい。
どうやらわたしを自殺に追い込むだけでは飽き足らず、没落させようとしているようだ。
プレッピーが一介の女子高生であればそんなことは不可能だが、彼女は女子高生社長。
お金にもの言わせれば、あるいは……。
『気をつけて、ハクメイさん。プレッピーさんは大掛かりなことを考えているみたい。意地悪じゃすまないくらいの、本当にひどいことを』
プレッピーの取り巻きのひとり、船大工の娘だというミドリさん。
彼女はわたしのことを心配してくれていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日の放課後、家に帰ると庭に人だかりができていた。
「おい、聞いたか? この屋敷に女の幽霊が出るってよ!」
「ああ、だからこうして見に来たんだ!」
「ウワサによると、病気で死んだ女子高生の幽霊らしい!」
「すげー怖い幽霊で、目が合うと呪われるってよ!」
人だかりができるたびにリッパや庭師が追い払っていたけど、イタチごっこのようだった。
わたしは直感する。幽霊のウワサを流したのはプレッピーだと。
でも、なんでこんなことを……?
その、点のような疑問は翌朝の朝刊で線として繋がった。
新聞の一面にプレッピーと、ハクメイの父親であるドゥンケルハイドが写っていたんだ。
『プレッピー商船 嵐でも沈まない船「タイニック号」を開発 ディンド大陸との交易に挑む』
『出資者はハードラック家 成功すれば王国史上最大の取引に』
……思いだした……!
これは、ハクメイの没落ルートだ……!
プレッピーはドゥンケルハイドに大型の投資を持ちかけ、ドゥンケルハイドは資産をはたいてそれに応じる。
大規模な交易船団が組まれるが、その船はすべて沈没してしまい、ハートラック家は借金まみれになってしまう。
ドゥンケルハイドは借金返済のために屋敷を売り払おうとするが、ハクメイの屋敷は幽霊騒ぎで地価が下がっていた。
そのためハクメイの屋敷はタダ同然でプレッピーの手に渡り、プレッピーはハクメイの屋敷に引っ越してくる。
プレッピーは怯えるハクメイのドレスを引きちぎり、ボロ布同然のエプロンを投げつけてこう言う。
「ハクメイさん、あなたは今日から我が家の使用人となりました。たっぷり可愛がってさしあげますから、覚悟なさい。……オーッホッホッホッホーッ!」
その後、ハクメイは小公女ばりのいじめを受け、冬の夜の馬小屋の中で凍死する。
ドゥンケルハイドは暗黒卿をこじらせ魔王となり、史上最悪のテロリストとして処刑されるんだ。
……い、嫌すぎる……!
ドゥンケルハイドが投資の誘いに応じなければこのルートには入らないんだけど、この新聞を見るかぎりだともうプレッピーにそそのかされた後らしい。
わたしは次のいじめに備えて学園での地盤を固めるつもりだったんだけど、思いも寄らぬ速さ、そして思いも寄らぬ角度から次の攻撃がやってきたことに戦慄していた。
「たしか船団は半年後に完成して、ディンド大陸に旅立つはず……。それまでに、なにか手を考えなくては!」
破産のタイムリミットまで、わずか半年。
降って湧いた期限付きの災難に、わたしは自室で頭を抱えて唸っていた。
「どうすれば、破産を回避できるんですの……!?」
そうだ、ドゥンケルハイド……お父様に手紙を送って、いまからでも投資を中止してもらう?
いや、ダメだ。お父様とはもう何年も会ってないほどに不仲だ。
忌み嫌う娘が、破産するから投資を止めてなんて言ったところで聞く耳を持ってもらえるわけがない。
投資を止められないとなると破産は確定だから、そのあとでできることといえば、借金を返すためのお金をあらかじめ稼いでおくというのはどうだろうか。
でも、どうやって?
女子高生社長ならまだしも、虚弱女子高生が半年で稼げるお金なんて、たかが知れてる。
「……もしかしてこの状況……詰み、ですの……?」
絶望のあまり頭をかきむしっていると、窓の外からヤジ馬の声が聞こえてきた。
「騒々しいですわねぇ、こっちはすごく悩んでいるというのに……!」
苛立ちとともに窓を覗くと、庭先に集まったヤジ馬たちは絶叫。
「でっ……出たぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!」
「ゆ……幽霊だ! 本当に幽霊がいた!」
「に……逃げろ、逃げろぉぉぉぉーーーーーーーーっ!」
丘の上から転がり落ちるように逃げていくヤジ馬たち。
どうやらわたしのことを幽霊と勘違いしたみたい。
まあ無理もないか。いまのハクメイは井戸の中から出てきそうな見た目をしてるし。
窓に映ったうらめしい顔と目が合った瞬間、わたしの頭上に電球が灯った。
「こ……これですわ……! リッパ! いますぐわたしの言う準備をなさい!」