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20 彼女はハクメイ

20 彼女はハクメイ


 キッドの正体はなんと、プレダトリー王国の王子であった。


「俺は王位なんかにゃ興味はなかった。キッドとして海とともに生き、王家には関わらず、海で死ぬつもりだった……。だがそこにいる女が、俺を変えたんだ……!」


 イレヴンはハクメイを見据える。


「王子であったことを、こんなにも感謝したことはねぇ……! 好きな女が奪われるのを、指を咥えて見ずに済むんだからよぉ……!」


「ど……どうして……!? どうしてそこまでして、わたしを……!?」


「俺にはお前が必要なんだよ! ディンド大陸から胡椒を持って帰ったあの日……俺は初めて男になれた気がした! たったひとりの女のために何かをすることが、どれだけすげぇ事かってわかったんだ!」


「……まだ、そんなところだったんだ」


 冷や水を浴びせるような声が、トゥエルスからおこる。

 トゥエルスはタキシードのポケットから、虹色の液体が満たされた水晶の小瓶を取り出していた。


「これ、なんだかわかるかい? この世界に7つあるといわれる伝説の秘薬の、最後のひとつだよ。僕は世界を旅して6つの秘薬を見つけ、ハクメイに贈っていた」


 トゥエルスは懐かしむように、頬の古傷をさする。


「秘薬はそう簡単に手に入るものじゃない。秘薬を探し求める冒険の途中、僕は何度も死にかけたよ。時には挫けてしまいそうな時もあった。でもこの傷が……ハクメイがくれた傷が、僕に勇気をくれたんだ」


 トゥエルスは視線を落とし、ハクメイを見つめた。


「おかげで彼女は、こんなにも元気になってくれた」


 ハクメイはようやく気づく。

 自殺するまでに追い込まれていた自分が一転して元気になったのは、前世の記憶を取り戻したからではないと。

 トゥエルスからたまに送られてきていた伝説の秘薬を飲んでいたおかげだったのだと。


「これが最後の秘薬だ。これを飲めば、ハクメイは死の運命から逃れられる。普通の女の子と同じように生きられるんだ」


 トゥエルスは手にしていた小瓶のフタを、親指だけで開けてみせる。

 中にある虹色の液体を半分口に含んだあと、ハクメイに口づけした。


 その流れるような動作はそよ風のようにさりげなく、ハクメイの唇に触れていた。

 ハクメイはその甘い口づけに驚くこともせず、当たり前のように身を任せる。

 唾液とともに口の中に送り込まれてくる液体を、幼子のようにこく、こくと飲み干していた。

 ぷはっ、と口を離すと、トゥエルスも昔のように微笑む。


「ふふっ、よく飲めたね。ハクメイは苦い薬が苦手だったから、こうして僕が口移しして飲ませてあげてたんだよね」


 トゥエルスはいたずらっぽく笑いながら、残り半分となった薬瓶をハクメイの手に握らせる。


「次はハクメイの番だよ。ハクメイがその薬を口移しで僕に飲ませてくれれば、僕の顔の傷はキレイに治る。そしてふたりは永遠になれるんだ」


 トゥエルスの視線は、ハクメイの心の奥まで見透かしているかのようだった。


「でもその前に、最後の迷いを断たないとね」


 トゥエルスはハクメイの身体をやさしく離すと、イレヴンに向き直る。


「抜きなよ。イレヴンのことだから、力ずくでハクメイを奪いにきたんでしょ?」


「つべこべ抜かしてたと思ったら、話が早ぇじゃねぇか……!」


 睨み合うふたりは、同時に腰の剣を抜く。

 ハクメイが「やめて!」と止めようとするが、ふたりにとってそれは決闘開始の合図でしかなかった。


 銀色の刀身に陽光が滑り、ふたりの情熱が漏れ出したかのようにギラリ輝く。

 二色の剣閃が交錯し、やがて打ち重なった剣が、甲高い金属音と激しい火花をあたりに散らしはじめる。


 イレヴンとトゥエルスはどちらも剣の心得があるようで、その腕前は互角に見えた。

 しかし決定的な違いを、ハクメイはすぐに見出した。



 ――トゥエルスは片手で剣を振っているのに対し、イレヴンは両手で剣を振っている……。

 トゥエルスの剣は風のように(はや)いのに、重い……!

 イレヴンは受けるだけで精一杯で、反撃しても片手でいなされてる……!


 基礎は互角でも、経験が違いすぎるんだ……!

 イレヴンも戦い慣れしているみたいだけど、それは学生どうしのケンカの剣でしかない……!

 秘薬捜しの冒険で、幾多の修羅場をくぐってきたトゥエルスの剣は……完全に、人を斬るための太刀筋だ……!



 劣勢であることはイレヴンも感じていたのか、つばぜり合いに持ち込んだ。

「力勝負なら勝てると思ったのかい?」とトゥエルス。

 しかしトゥエルスが軽く押し返しただけで、イレヴンの体勢は大きく崩れる。

 そして、信じられないことが起こる。


「愛の力の前には関係ないんだよ。柔も剛も……そして鋼ですらも、ね」


 甲高い音をたてて、イレヴンの剣がまっぷたつに折れる。

 その事態を飲み込むよりも早く、三日月のような剣撃がイレヴンの身体を捉えていた。


 肩から腰に掛けての袈裟斬りがサーコートを裂き、ハクメイの世界はスローモーションになった。


「ぐ……はっ……!」


 のけぞり、ゆっくりと倒れるイレヴン。

 薔薇の花びらが散るかのごとき鮮血、あたりを舞う剣の破片は星屑のように輝いていた。


 その悲しいほどに美しい光景を、ハクメイは茫洋とした瞳に映している。


「い……いやあぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?」


 次の瞬間、ハクメイは長い髪を振り乱し、ウエディングドレスの裾が乱れるのもかまわず走っていた。

 ドレスが血に染まってもおかまいなしにイレヴンの身体を抱き起こすと、手にしていた秘薬をあおり、イレヴンに口づけする。

 意識のない彼を、ハクメイは涙目でゆさぶっていた。


 天上のごとき高みから、呆れたような溜息が降ってくる。


「……ツバでも付けとけば治るくらいの浅傷(あさで)だよ。そんな傷に、伝説の秘薬を使っちゃうなんて……。でも、これでキミの気持ちがわかったよ」


 ハクメイが見やると、返り血ひとつどころか、息ひとつ乱していないトゥエルスが肩をすくめていた。


「ハクメイ、キミとの婚約を破棄する」


「えっ……」


 呆気に取られるハクメイをよそに、トゥエルスは口笛を吹いた。

 どこからともなく現われた白馬にまたがると、決然とした表情で言う。


「僕はもう、二度とキミを愛することはないだろう」


 ハクメイの答えを待たず、トゥエルスは丘の麓に向かって馬を走らせた。



 ――……僕はもう、二度とハクメイを愛したりなんかしない……。

 ハクメイの命を救うために、何度も命を失いかけたことで、僕は薄々感じていたんだ……。



「愛なんて、生ぬるい……! ハクメイにふさわしいのは、溺愛だと……!」


 太陽が雲に覆われていき、トゥエルスの顔にも翳りがさしていく。

 その顔が、月の裏側のように恐ろしく変貌していく。


「僕は、月になる……。月になって、キミを守るよ……。いつまでも、永遠に……!」


「さ……させませんわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 背後から甲高い蛮声、そして土煙を含んだ蹄の音がする。

 トゥエルスが振り返ると、巨大な黒馬にまたがったハクメイが怒濤の勢いで丘を駆け下りてきていた。


 小柄なハクメイが2メートル近い馬を駆っている。

 しかも背後には、おっかなびっくりのイレヴンがしがみついている。


 その姿は伝説の女傑かと思うほどの迫力があり、トゥエルスの心を覆いかけていた闇を跡形もなく消し飛ばすほどのインパクトがあった。


「は……ハクメイ……!? いったいなにを!?」


「わたし、決めたんですの! こうなったら徹底的に、運命に逆らってやろうって!」


 戸惑うばかりのトゥエルスに向かって、ハクメイは手を伸ばした。


「わたくしは、イレヴン様が大好きですわ! そして同じくらい、トゥエルス様も大好きなのですわ! だからもう少しだけ、わたしに付き合ってくださいませんか!? ……ぜったいに、不幸にはさせませんわよっ!」


 ハクメイの後ろにいたイレヴンは、ハクメイの身体をひょいと抱きかかえる。


「ハクメイの言うことを、俺は信じる。コイツはナリこそ小せぇが、やることすべてが爆弾みてぇにブッ飛んでるんだ。ふてくされるのはソイツを見てからでも遅くはねぇと思うぜ」


 イレヴンはハクメイを抱えたまま黒馬の背から飛び、トゥエルスの白馬に飛び移る。

 ふたりの王子に挟まれたハクメイは、天に向かって拳を突き上げた。


「病は気から! 闇堕ちは気から! わたしの目の黒いうちは、もう誰も不幸にはさせませんわよっ! えい、えい、おーっ!!」


 彼女の名前はハクメイ・ハードラック。

 ふたりの王子の子を公認で身ごもり、後にプレダトリー王国初の女王となる……いまは虚弱体質ぎみの少女である。

このお話はこれにて完結です! 最後までお読みくださりありがとうございました!

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